その4
次に台頭してきたのは身体の中心に骨格を持つ種であった。
それは海中に溶け込んだ大気成分で呼吸した。
数日は海から出てこなかったがイナンナが中心区画の熱量を上げたところ海中の温度が上がり、溶け込んだ大気成分が減少したせいで住みづらくなったのか大気が豊富な陸上に顔を出すようになり、ついには陸に住むものも出現した。
イナンナの気まぐれで2,3回質量弾を落とすうちに体内に中心骨格を持った一種が次第に巨大化し、他の生物を圧倒するようになった。
それは全身がうろこ状の皮膚で覆われ視覚器官、聴覚器官、嗅覚器官、知性保持器官、摂取口を備えた頭部と4本の脚、および姿勢保持器官たる尾を備えた胴体部によって構成されていた。
当初は陸上に生息する固定生物を食料とする種のみであったが、次第に他の同種を食料とするものも出現した。
形も大きさも様々で頭部と中心部の距離が離れているもの、その距離が短いもの、捕食者から身を守るため全身を装甲で覆うもの、海中に住むために歩行器官を変形させたものなど実に多様なものが存在した。
次第に割合小柄な種のなかで歩行器官を器用に使いこなし、ものを持つ、ものを投げる等複雑な動作をするものが現れた。その種は群れで生活し、同じ種族同士で音を使ったコミュニケーションをとり、互いに連携して自らより大型の鈍重な種に襲いかかりこれを捕食した。
より大型の捕食種に襲われることもあったため、これをふせぐため同種で集まり生活し、共同で食料を集めて身を守った。
当初は食料となる大型種の多い固定生物群生地内に居住していたが、たびたび大型捕食種に奇襲されたため、より見通しのきく平野部へと住処を変えた。
平野部での視野を高めるためか2足歩行をして周囲を警戒することが多くなり、直に常時2足歩行をするようになり地面に対して垂直に立つようになった。
うろこ状の皮膚といい、4足あるうちの2足で直立する姿といい実にラプト人そっくりな生物となってしまった。
ラプト人のコアトルは複雑そうな面持ちではあったが「自分に似てて実験がやりにくいからリセットして欲しい」などというわがままは言わなかった。
たとえ実験生物であっても生命である。
ラプト人は生命の神秘を尊重する。
我々人類がいかに生物を自由自在に作り変えられるとしても、その技能は創造主には遠く及ばないし、生命への軽率な干渉は創造主を冒涜する行為だと考えていたからだ。
モニターで地表の様子を観察していたイナンナが、そんなコアトルをからかうかのように
「あなたに似て賢そうな生物だこと。チョロチョロと口から舌をのぞかせる仕草もラプト人そっくりよ。」
と言った。
外国人を意味も無く軽蔑するものがいるが、どうやらイナンナもそういった人種なのかもしれない。ただ単に嫌味なだけかもしれないが。
コアトルは今回のプロジェクト前からイナンナの悪行は知っていた。
所長の寵愛を受けているのをいいことに身勝手な仕事の仕方をするイナンナを陰で悪くいう者は多かったが、コアトルは決して彼女のことを悪くは言わなかった。
余り仕事上で絡む機会が無かったのもあるが陰口をたたくのを好まないのだ。
コアトルに限らずラプト人は大体そういうものであった。
争いを好まず穏やかに暮らす。平和な民族なのである。
しかし、今回のプロジェクトで直接彼女と接し、すでに色々と迷惑を被っていた彼はさすがに鬱憤がたまっていたのだろう。
「知性の素を摂取させればラプト人の出来損ないの誕生ね。でも馬鹿正直に私の言うことに従う分、ラプト人より使いやすいでしょうけど。」
というとびきりの嫌味を聞かされて
「どんな生物でも知性の素さえ使えば、少なくとも君よりは所長に愛される生物になるんじゃないかな。」
と返した。