その2
「というわけで今回のプロジェクトのおおよそは説明した通りだ。まずはシミュレーションに適した土地探しからだが…何か良い案はないかな。」
ルスは手元の資料から顔を上げ会議室に集まったメンバーの顔を見回す。
メンバー3人の表情は一様に暗い。ここにいる誰しもが貧乏くじを引かされたのである。
しかし誰しもがこの仕事を断ることはできなかった。メンバーの人選も所長が直々に行ったからだ。
ルスの問いにチームはしばらく無言を貫いていたが、重苦しい空気に耐えきれなくなったのかベルズブが口を開いた。
「そうですね…。本プロジェクトの趣旨を勘案すれば大気に覆われかつ液状の水が豊富に存在する場所が適当だと思いますが…。なかなか適当なシミュレーション区画が無いようで…。」
学生時代からのルスの後輩で気が弱い男である。
何事にも積極性に欠け、口癖は「疲れました。帰りましょう。」である。
早速会議を終えて帰りたくなったようである。
「そんな条件の良い土地そうそうあるわけないでしょ。なければ作るのよ。」
この歯切れの良い物言いをする女はイナンナ。所長の愛人である。いや、正確には愛人だった。
最近ケンカ別れしたとのことである。
愛人時代は所長夫人よろしく研究所で研究もせず好き勝手やっていたために所長の後ろ盾がなくなった今、所内での立場がない。
転職するにも特に実績がないため受け入れ先もない。
今回は所長からの寵愛を取り戻すべくやる気に満ちあふれているようだ。
「作ると言ってもね、さすがにシミュレーション区画規模の環境操作は難しいぜ。」
コアトルがあきれ顔で言う。研究所で唯一の外国人でルスの同期である。
ラプト人らしい慈愛に溢れたこの男はルスの数少ない心の許せる友人なのだ。
今回のプロジェクトについてもルスの補佐となり何かと役に立ってくれよう。
「ソラ系第4区画はどう?あそこ水が大量にあるでしょ?」
「ああ…ソラ4ですか…。でもあそこは…熱源から遠すぎて水が全て固まってますよ。」
「そんなことはわかってるわ。あそこの水を熱源に近い第3区画に移せば良いのよ。そのうちとけるわ。」
女というのは突拍子もないことを言い出すものだ。男3人は顔を見合わせる。
「付近に大きめの彗星を飛ばすの。地表の水を引きはがしてくれるわ。それを第3区画付近でパージする。どう?割と簡単でしょ?大気もきっとなんとかなるわ。」
他に良い案がなかったためとりあえずイナンナ案を採用することにした。
男達はそんなに上手くいくものかと思っていたが、業者に相談したところ3日あればできるという返事をもらったため見積もりをとったうえで作業を依頼した。
諸事情もあり予算はふんだんに確保されているため費用に関しては気にしていなかったが、思いの外安い金額が提示され、ルスは逆にそれが引っかかった。
結果、数個の彗星は第4区画の水をおおむね第3地区に輸送しおおせた。
しかし業者が費用を安く上げようと精密誘導彗星を使用しなかったため、最後の彗星が第3区画に激突し、区画は真っ二つに裂けた。数週間で第3区画はもとの惑星の形を取り戻したが、すぐ脇にそれまでなかった衛星ができてしまった。
「いくらシミュレーション区画だっていってもさ、自然に手を加えるのはなぁ。世界を修正するべきじゃあ無いと思うよ。自然に任せるべきさ。」
コアトルがモニターに青白く浮かんでいる衛星を見ながらこぼした。
自然に対する畏怖の念を持ち合わせるラプト人ならではの発想だろう。
その横顔は悲しげに見えた。