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98 塔の真実

「ここは……」


 転送門に飛び込んだ先は、真っ白な世界だった。

 右も左も、上も下も、全て均一な純白。

 なのに浮遊感はなく、しっかり足で歩くことができた。

 俺はモンスターを強行突破してきた疲労で座り込み、クラリスを地面に寝かせる。


「……ここが八層なのか?」


 かつて前人未踏とされた七層の、更に先。

 それがこんな、なにもない空間なのか?


「はい。ここが八層。天墜の塔の最上層です」


 俺の疑問に答える声があった。

 まるで頭に直接語りかけてくるような、男とも女とも分からない声。


「誰だ!」


「私は、我々は――この塔に溶けた、神々の意思の集合体です。天墜の塔そのものと言い換えてもいいでしょう。よくここまで辿り着きました。人間の可能性にかけた甲斐がありました」


 神々を自称するそれは、淡々とした口調で語ってくる。

 それが妙に腹が立った。


 塔のてっぺんまで一緒に行こう。

 そう誓い合ったクラリスが眠ったままなのに、こいつはなぜ満足げに上から目線なんだ。


「神々の集合体だって……? そんなに凄い存在なら、クラリスさんの傷を治せ!」


「いいでしょう。ここまで辿り着いたあなたの願いならば」


 すると、本当にクラリスの胸元を貫いていた大穴が消えてしまった。


「クラリスさん!」


 俺は肩を揺すって呼びかける。

 だが、目を開けない。呼吸をしていない。


「無駄です。その者はすでに死んでいます」


「なにを、言っているんだ! だって、お前が傷を治してくれたんだろう!?」


「はい。死体の傷を治しました」


「ふざけた話を……なら生き返らせろ! 神様なんだろう!?」


「神は万能ではありません。その者の魂は、魔王に吸収されてしまいました。霊となって現われることもできません」


「そんな……」


 俺は否定したかった。

 けれど本当は分かっていた。

 心臓を潰されて生きているわけがない。

 そして魔王のカケラとは魔王の魂の一部であり、人間の魂と混じっている。

 つまり魔王のカケラを奪われたということは、それと混じっているクラリスの魂も。


「魔王がクラリスさんを殺したってことか……」


「はい」


「神々の集合体……あなたは……魔王を殺す手段を持っているんだな……?」


「はい」


「なら、それを俺にくれ! 俺が魔王を殺す!」


「はい。そのために八層まで来てもらったのですから」


 そして神々の集合体は語る。

 この天墜の塔は「神々の魂を材料にして作った、巨大な儀式装置である」と。


「この八層に最初に辿り着いた人間に、魔王を滅ぼす力を与える。そのための儀式です」


「なぜそんな回りくどいことを? 誰か適当に選んで、その力を与えたらいいじゃないか」


「言ったはずです。神々も万能ではないと。この塔に惹かれた人間たちが集まり、その中で新しい命が生まれ、死ぬ。執念や勇気、怒りや憎しみ、喜びや悲しみ……塔の中で生じる、人間たちの感情の力。それが儀式の燃料となります。そして、最初に八層に辿り着いた人間を生贄に、この儀式は完成します」


「生贄、だと? つまり……魔王を倒す力を得たら、俺は死ぬってことか……」


「はい。そして拒否権はありません。この八層に足を踏み入れた時点で、あなたはもう生贄です。その命を燃やし、魔王を倒してください」


 やはり勘に障る声だ。

 魔王を封印したり、倒す手段を用意してくれたのだから、神々は人類全体の運命を案じているのだろう。

 だが人間個人を見ていない。

 とはいえ、神々とはそういうものかもしれない。


 俺はもはや、魔王を殺せればそれでいい。

 塔の最上層に辿り着くという目的を達し、そしてクラリスを失った。

 なにも未練はない。

 あとは復讐を果たし、ついでに世界を救う。

 やれやれ。あれほど憧れた最上層にいるというのに、この虚しさはなんだろう。

 転生までして辿り着いたのに。

 喪失感しかない。


「分かった。さっさと力をくれ」


 俺は静かに呟く。


「駄目だよ……ラグナくん」


 ふと、俺の服が引っ張られた。

 聞き慣れた少女の声がした。


「クラリスさん……? クラリスさん!」


 俺が恋した少女が目を開けていた。

 ハッキリと俺を見つめていた。


「駄目だよラグナくん。魔王を倒せても、ラグナくんが死んだら駄目だよ」


「ああ……ああ、そうだね! クラリスさんが生きているんだ! なら俺も死ぬわけにいかない!」


 俺はクラリスの手を握る。その手に涙が落ちた。拭うのも面倒だ。この温もりを手放したくない。


「……生きている? まさか魔王のカケラだけを渡して、自分の魂を残したというのですか?」


 神々の声が、驚きに染まっている。


「うん。だって死んでもラグナくんから離れたくなかったんだもん……」


「それだけのことで……いえ、それこそが人間の可能性なのですね。やはり人間の感情の力は、我々さえ超えるのですね」


「ねえ、神様。私たちの命を半分ずつ使って儀式するのはできないの? 私たち、同時にここに辿り着いたんだから、どっちも生贄になれると思うの。半分でも命が残っていれば、すぐに死んだりしないでしょ?」


「半分ずつ……いいでしょう。試してみます。もしかしたら二人とも死んでしまうかもしれませんが」


 神々はまた淡々とした口調に戻って、そう警告してきた。

 しかし、俺たちの意思はもう決まっている。


「助かる可能性が少しでもあるなら、私はそれに賭ける」


「俺もだ。クラリスさんと一緒に死ねるならそれもいい。けれど……絶対に二人で生き残ってやる!」


        △


 俺とクラリスさんは七層に戻った。

 その瞬間、魔族に操られたモンスターたちが四方八方から襲い掛かってきた。

 だが避けるまでもない。

 俺たちが手をかざしただけで、何十匹というモンスターが消し飛ぶ。


 続いて、魔王が無数の触手を伸ばしてきた。

 アクビが出るほどゆっくりに見える。俺の剣は全てを容易く斬り裂いた。


「さあ、やろう、クラリスさん」


「うん! ちゃっちゃとやっつけて、塔の外に帰りましょ!」


 俺とクラリスは手を繋ぎ、力を合わせる。

 重なった拳から、一条の光が飛び出す。

 光は地面を焼き焦がしながら魔王に突き刺さり、闇を大きく抉り取った。


「亜……亜亜……亜亜亜亜亜亜っっっ!」


 苦悶と憤怒が混じった唸り声が上がる。

 そして魔王は触手で周囲のモンスターを吸収し、抉れた体を治す材料にした。


「これじゃキリがないな。なら塔の魔法と組み合わせるか……フリーズウェーブ!」


 猛吹雪のようだと形容するのも生やさしい、爆発的な冷気が魔王に襲い掛かる。

 おそらくただの冷気なら、闇の体を持つ魔王に通用しなかっただろう。しかし今のフリーズウェーブには、神々からもらった魔王を滅する力が宿っている。

 ゆえに魔王はその全身を氷に閉ざされ、身動きが取れなくなる。


「よーし、次は私ね! オーツーグラス!」


 クラリスが杖を回すと、氷漬けの魔王の周りに、巨大な草が何本も生えた。そして大量の気体を吐き出した。酸素である。


「ファイヤーボール!」


 破魔の力を宿した、大爆発。

 地面が抉れてクレーターになるほどの威力だ。魔王の体はもう半分も残っていない。


 次がトドメ。

 俺とクラリスは目を合わせ、頷き合う。

 剣と杖をそれぞれ構え、魔王へと走り、力の全てを解き放った。

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