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97 七層

 五層も六層も、酷い有様だった。

 どこに行っても廃墟。死体の山。

 数少ない生き残りに話を聞くと、やはり魔族の群れに襲われたらしい。

 ところが、六層に魔族の姿は見当たらない。


 七層へ通じる転送門はマグマオオガメというカメの甲羅の上にある。

 甲羅の標高が二百メートルほどもある、超巨大なカメだ。

 ステータス鑑定を使うと『このカメは倒す対象ではない』と表示される。

 実際、前世の俺を含めた大勢の冒険者たちが何度も攻撃を試みたが、倒せたという話を聞いたことがない。


 ところが、そのマグマオオガメは、住処であるマグマの湖の中で死んでいた。

 甲羅に大きな亀裂がいくつも走り、手足はズタズタになり、頭をマグマにツッコんだまま、ピクリとも動かない。

 つねに歩き続けるマグマオオガメは、六層の特徴的な景色だった。

 それが停止している。

 まるで、知っている世界が壊れてしまったような気分になった。


「転送門は無事のようです。行きましょう」


 先行し様子を見てきたフレイユが、ふわふわと漂って戻って来た。

 前世でマグマオオガメの甲羅に登るときは、このマグマの湖に大岩をいくつも投げて足場を作って近づいた。

 今回はそんな時間をかけていられないので、クラリスにしがみつき、黒い翼で連れて行ってもらう。

 不格好だが、仕方ない。


 そして俺たちは転送門に飛び込む。

 七層に出る前に、まず『中間の部屋』という場所に出る。そこにいる門番を倒さないと七層には行けない。門番は、一対一なら七層のモンスターを凌駕するほど強い。

 前世の俺は門番を一人で倒したが、フレイユは教団員十人がかりで倒したと前に言っていた。

 今の俺とクラリスなら苦戦する相手ではないが、それでも気を引き締めよう――。


 そう思っていたのに、中間の部屋を飛ばして、いきなり七層に出てしまった。やはり塔がおかしくなっているようだ。

 七層は、灰色の岩だけがどこまでも続き、空は雲で被われ、雷鳴が断続的に響き渡る。生命の息吹を感じない不気味な場所……そう感じるのは、前世の俺がここで死んだからだろうか。


「ラグナくん、見て! あのモンスター……魔族に取り憑かれてる!」


 クラリスが指さした方向にいたのは、ダーク・ハウンドという犬型のモンスターだ。七層で最も遭遇率が高い。

 門番を倒せるほどの冒険者なら、囲まれるのに注意すれば倒せる相手だ。

 もともと黒かったダーク・ハウンドは、更に黒いモヤを身に纏っている。

 そんな奴らが岩山の上から何匹も現われる。


「やばいな、すでに囲まれている。一点突破しよう。俺が先陣を切る。クラリスさんとフレイユさんは後ろから援護してくれ!」


 俺は縮地を使い、包囲網に一気に穴を開ける。

 その後ろから、二人が攻撃魔法で穴を広げながら追いかけてくる。

 しかし、いくら進んでも包囲網を突破できなかった。


「何匹いるんだ、こいつら!?」


 俺は高台に登って見渡す。そして絶句した。

 見える範囲全てが黒いモヤで埋め尽くされていた。


 一度、六層に撤退するべきか?

 そんな考えがよぎる。


「ラグナさん、あっちです! あの柱のように突き出した岩山の上に、八層への転送門があるはずです!」


「フレイユさん、分かるんですか!?」


「私の中に残る、神々の残滓がそう告げています」


「行こうよ、ラグナくん! ほかに手がかりがないんだし!」


「……分かった!」


 フレイユが指し示した岩山へと走る。

 ダーク・ハウンド一匹一匹は、今となっては雑魚だ。しかし数が多すぎる。じわじわとこちらの体力と魔力が削られていく。


 そして追い打ちをかけるように……否、トドメを刺すように、巨大な闇が俺たちの前に降臨した。


 三階建ての家よりも大きな、真っ黒な球体。

 その輪郭線はあやふやで、そのくせ表面に無数にある眼球は、おぞましいまでの存在感を持っている。


 説明してもらわなくても、見ただけで分かる。

 これだ。これが魔王だ。

 生きとし生けるものを全て殺し尽くす存在だ。


 今だって奴は、ダーク・ハウンドを魔族ごと貪り食っている。

 同族だろうと関係ない。

 ただ喰らい続けて巨大化し続け、全てを滅ぼしたあとに自分も消える。

 こいつはそういう存在だ。


 決して近づいてはならない。

 接近されたら、その時点で、終わる。


「はぁっ!」


 俺は剣を振り下ろし、その先端から光の波動を放った。古代魔法の一つだ。魔力消費が激しいが、威力もそれだけ大きい。

 それと同時に、フレイユが光のシャワーを魔王に浴びせ、クラリスも黒い弾丸を無数に発射した。

 それら全て命中した。なのに魔王は無傷。


「――ラグナさん、クラリスさん! ここは私が時間を稼ぎます。八層に急いでください!」


「フレイユさん!? 一人じゃ無茶だ!」


「いいえ。私はすでに死んだ人間。まだ神々の力の残滓が残っている間に、役に立たせてください」


 そう言って彼女は笑った。

 その体は、幽霊になりたての頃より透明度が上がっている気がした。


「……行こう、クラリスさん」


「フレイユさん! あとでまた会いましょう!」


 俺とクラリスは岩山に向かって走る。

 背後から眩い光が広がった。フレイユが最後の力を使ったのだ。

 戦慄するほどの魔力の奔流。

 しかし、魔王の気配は少しも弱まっていない。


「くそっ! 八層に行けば、本当に魔王を倒せるのか……?」


 俺は不安にかられ、集中力を失っていた。

 そのとき。


「ラグナくん、危ない!」


 クラリスが俺を突き飛ばした。

 次の瞬間、黒い触手が伸び、彼女は背中から心臓を抉り取られた。


「クラ、リス……さん?」


 彼女はうつ伏せに倒れる。大きな穴が貫通していた。

 真っ赤な血が地面に広がっていく。

 いつも元気だったクラリスが。無理してお姉さんぶって、そして時には本当に俺を導いてくれたクラリスが。

 今はもう、動かない。一言も呟きもしない。


「うわああああああああっ!」


 俺は魔王に向かって光の波動を撃つ。

 これまでで最大の威力だった。

 それでも奴をわずかに後退させることしかできなかった。


 俺はクラリスを背負って走る。

 立ち塞がろうとするモンスターたちを片手の剣で薙ぎ払い、そして転送門に辿り着く。

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