96 ついに異変は塔の外へと
俺もクラリスも、久しぶりに塔の外を満喫していた。
家族と団らんしたり、二人だけで散歩したり。
冒険者学校に行って、アラン先生と校長にも挨拶した。
そうやって三日過ごした。
そろそろ教団本部に戻り、フレイユと合流すべきだろう。
俺とクラリスが街で一番高い丘の上に寝そべって話し合っていると、異変が起きた。
街のあちこちの地中から、魔族が何百、何千と現われ、天墜の塔を目指して進み始めたのだ。
魔族は街を破壊するのが目的ではないようだが、いちいち道路を使うような行儀のよさを持ち合わせておらず、家々を貫きながら塔に向かっていく。
それを止めようと立ち向かった冒険者が殺されてしまったらしい、と噂で聞こえてくる。
「いけない。みんなパニックになってバラバラの方向に逃げている。これじゃ被害が増すばかりだ!」
「でも、街の人たちは魔族を初めて見るんだし、塔を目指してるって知らないから……なんとか効率的に避難誘導できないものかしら! 私たちが叫んでもどうにもならない!」
「……そうだ! 校長なら!」
冒険者学校は王立だ。
そこの代表者である校長なら、横にも縦にも人脈があるだろう。
期待して学校に走ると、校長やアラン先生たちが近隣の住民を校庭に避難させ、魔族から守ろうと陣形を固めていた。
「校長!」
「おお、ラグナにクラリス! こりゃ、どうなっている!? あの黒いモヤモヤども、一層でラグナが倒した魔族って奴だろう!? なぜこんなに……しかも塔の外に出てくるんだ!」
「落ち着いてください。簡単に説明します。塔の中で仕入れた情報によると、魔族たちは地中に眠っていて、天墜の塔はそれを封印するために神々が用意してくれたもの。そして今、その封印が弱まり、魔族の王が復活しつつあります。この現象も、その一環でしょう。丘の上から見ていましたが、魔族は天墜の塔を真っ直ぐ目指しています。こちらから手を出したり、前に立ち塞がらない限り、人間を襲うつもりはないようです」
「立ち塞がるなと言われても、こんだけワラワラ湧いてきたら無理な話だぞ……いや、待て。魔族どもは街の外からも来てるのか? それともこの街の地中からだけか?」
「街の地中だけです」
「よし! それなら外側に逃げりゃなんとかなるかもしれん! アラン、ここの指揮を頼む。ワシは王宮に行ってくる!」
「ええ、そんな! ラグナとクラリスも手伝ってくれるよな……?」
と、アラン先生は相変わらずの情けない口調で言う。
「手伝いたいのは山々ですが、俺たちは自分の家の様子を見に行ってきます!」
「ごめんなさい! でもアラン先生なら大丈夫! きっと! 多分!」
「うぉい、クラリス! 励ますなら断言してくれぇ!」
アラン先生をかわいそうに思いつつも、俺とクラリスは家に向かう。
とはいえ、アラン先生たちに魔族を倒せと言っているのではない。
こちらから手を出さないよう、避難民たちを統率すればいいだけだ。
それならアラン先生にもできるはず。きっと。多分。
まずクラリスの叔父の家に行く。アンガスとカーリーが家を守っていた。彼らと情報を共有し、避難してもらう。
それから俺の実家に行き、同じように説明して街の外へと移動を始める。
「ま、街の外は汚染されていて、人間が住めないんじゃないのか……?」
俺の兄デールが不安そうに呟く。
それは事実だが、即死するほどの汚染ではない。ただ長時間の滞在が無理なだけだ。
逆に言えば、早く街に戻れるようにしないと、取り返しのつかないことになる。
いつの間にか、俺たち以外の住民たちも、冒険者や兵士に誘導されて街の外に向かい始めた。
校長の報告を聞いた王宮が動いてくれたのだろう。
俺の父さんとクラリスの父が、避難誘導に加わるため街に戻った。
そして街の外では、俺の母さんとクラリスの母が人々を励ましている。
うーむ、お互いの親が一緒にいるというのは、なんとも照れくさい。
「母さん。俺とクラリスさんは塔の様子を見に行ってくる。塔をなんとかしないと、この状況は収まらないと思うから」
「ラグナ……危ないことをしちゃ駄目、なんて冒険者に言っても仕方ないけど。絶対に生きて帰ってきてね」
「分かってる。絶対に帰ってくるよ。兄さん、母さんたちをよろしく頼む」
「……ああ! 任せろ!」
デールは自分の胸を叩き、力強く言った。
俺が塔にこもっている間に、少し頼もしくなった気がする。
△
俺とクラリスは屋根から屋根へと飛び移り、一気に塔まで辿り着く。
入口に殺到している魔物を倒しながら内部に侵入。
一層にはすでに魔族が大勢いた。どうやら二層へ向かっているらしい。
それを追い越して二層に行く。
そこもすでに魔族が侵入していた。だが外の街と違って塔内部は広いため、人間と魔族が遭遇する確率は低い。
まだ大騒ぎにはなっていなかった。
俺は前世の妹ロミーと、その孫エマの無事を確認する。
「声をかけていかないの?」
「今はいい。町から出なければ魔族と鉢合わせることもないだろう。ロミーとエマを守るには、とにかく最上層を目指すべきだ」
そして四層の教団本部に急ぐ。
しかし、本部があるはずの場所は、瓦礫の山だった。
「なぜ……こんなことになっているんだ……?」
俺は半年過ごした教団本部の変わり果てた姿を見て、唖然と立ち尽くす。
三層までは魔族の被害がほとんどなかった。ただ転送門までの進路上にある物だけを破壊していた。
この教団本部は、人目につかないよう転送門ともアイテム採集地との関係のない場所に建てられている。なのになぜ?
「フレイユさん!」
クラリスの悲鳴が聞こえた。
俺が慌てて駆け寄ると、クラリスはへたり込んで肩を震わせていた。
その理由はすぐに分かった。
フレイユが腹に大きな穴を開け、倒れていたのだ。
どうみても死体だった。
俺とクラリスが外で過ごした時間と、そして塔に戻りここに来るまでの時間。合わせても五日足らず。
たったそれだけの時間で巨大だった本部が崩れ、フレイユが死んだ。
信じられない。
無論、天墜の塔では、さっきまで笑っていた奴がいつの間にか死んでいるのも珍しくない。そんなのは前世で何度も経験した。
とはいえ、教団本部は古代魔法の使い手が集まる場所だ。六層に匹敵するほど戦力が集中していると言っても過言ではない。
魔族の群れの襲撃を受けたとしても、全滅するなどあり得るのか?
「……ラグナさん、クラリスさん。お二人は無事だったのですね」
フレイユの声がした。
しかし死体が喋ったのではない。
死体から光が浮かび上がり、半透明なフレイユを空中に描き出したのだ。
「ゆ、幽霊!?」
クラリスは目を丸くして叫ぶと、
「はい。私は今、古代魔法を使って魂だけの存在となり、なんとかお二人と会話しています。肉体を失った以上、長くとどまることはできませんが……なにがあったのかをお伝えします」
フレイユの幽霊は、ここで起きたことを語り始める。
いわく。
教団本部に、大量の魔族が雪崩のように押し寄せてきたらしい。
それを率いていたのは、ファングの声を放つ『蠢く闇』だった。
おそらくはファングの魂を核にして復活した魔王。
「魔族の群れだけでも厄介なのに、魔王の力は私たちを遙かに超えていました。そこで私は……信者たちの命を生贄に捧げ『神降ろしの術』を使いました」
フレイユは声を震わせながら言う。
神降ろしの術とは、その名の通り、神々の力の一部を人間に宿らせる術。
古代から神聖祓魔教団に伝わってきた、最後の手段だという。
「私は自分に神々の力を宿らせ、魔王と戦いました。けれど、それでも勝てませんでした……信者たちを犠牲にしたのに……」
俺とクラリスはなんと声をかけていいのか分からず、黙ってしまう。
フレイユは泣きそうな表情で俯くが、教主としての矜持なのか、涙を見せずに顔を上げた。
「私たちは敗北しました。ですが、神降ろしを行ったおかげで、神々の意思にわずかに触れました。やはり天墜の塔の最上層には、魔王を滅するなにかが眠っているようです。一刻も早く、辿り着かねばなりません。私もお供します。この状態でどこまで戦えるか……そもそも、いつまで自我を保っていられるか分かりませんが……」




