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91 新たな敵

 俺たちはモンスターを倒しながら集落を進んでいく。

 すると瓦礫の山に腰かけている人間を見つけた。

 まだ二十歳になるかならないかという若い男だ。


 このモンスターだらけの状況で、怯える様子もなく平然と座っている。それだけで尋常な者ではない。

 そして男の放つ気配は、魔王のカケラ保有者そのものだった。


「……なんでまだ動いている人間がいるんだよ……全部殺したはずなのにさぁ」


 男は神経質な顔で俺たちを見下ろし、気だるそうに言う。


「この集落を破壊したのはあなたですか? 魔王のカケラ保有者が、こんな小さな集落をなぜ襲ったのです」


 フレイユが冷たい口調で尋ねる。


「魔王のカケラ? なんだそれは……ああ、もしかして、この力のことか」


 男は右腕を空に向かって上げる。

 その手の先から黒いモヤが現われた。


「こいつは便利な力だ……ボクをこき使っていた奴、馬鹿にしていた奴……みんな簡単に殺せた……おまけにモンスターを操ることもできる……あれ? けれどボクのモンスターたちはどこにいったんだ? 随分と静かだ……もしかしてお前たちが殺したのか? 酷いな……酷いな酷いな酷いな! お前らもここにいた連中と同じでボクを馬鹿にするんだろう……殺してやる!」


 男は突如として声を荒げ、黒いモヤを無数に分裂させて俺たちへ向かって撃ち出してきた。

 速い上に、攻撃範囲が広い。

 だが、俺たちを殺せるほどじゃない。

 俺とアンガスは剣に魔力をまとわせて攻撃を防ぐ。フレイユとカーリーは光の壁を作り、そしてクラリスは黒い翼で弾き落とした。


「へえ……そのガキ……ボクと同じ力を持っているのか……顔が綺麗だし……お前だけは殺さないでおいてやるよ!」


 黒い槍が地中から何本も生えてくる。

 俺たちはその気配を察知して跳躍したが、カーリーはわずかに間に合わず、脇腹を斬られてしまった。


「ああっ!」


「カーリーッ!」


 血を流して倒れる妻を見たアンガスは、着地と同時に再び地面を蹴り、男に突進していった。


「てめぇ! ぶっ殺す!」


「ぶっ殺す? お前は殺される役だろうがよ……」


 また地面から黒い槍が生える。

 アンガスは身を捻って回避。

 しかし避けた先に、黒いモヤの塊が飛来した。


「ぐわぁぁぁっ!」


 アンガスは剣で防ごうとするが、魔力をまとわせているのに刃が折れてしまった。吹っ飛ばされ、カーリーの隣に転がる。

 それでもギリギリで防御できたらしく、意識はあった。


「くそ……あばらが何本か折れちまった……力が入らねぇ……」


「馬鹿ね。私は致命傷でもなんでもないのに怒りで我を忘れるなんて……」


 カーリーが呆れた声で言う。


「お父さん、お母さん! 大丈夫なの!?」


「大丈夫よクラリス。でも、戦力にはなれないみたい……」


 カーリーは自分と夫に回復魔法をかけている。

 彼女の回復魔法はAランクなので、このくらいの傷は本来、たちどころに塞いでしまうはずだった。

 なのに塞がらない。

 魔王のカケラによる攻撃は、傷の治りを遅くするのだ。


「仕方ありません。私たち三人で彼を倒しましょう。そしてクラリスさん。クリスティアナから、他人の魔王のカケラを奪う方法は教わりましたね?」


「うん! ちゃんと殺さないようにできる……はず!」


「では、隙を見てお願いします」


 フレイユが方針を固めた。

 実際、油断さえしなければ、俺たち三人が負ける道理はない。

 ほどなくして男の両手両足をへし折り、行動不能にしてやった。


「ぐぅっ……お前ら、なんでそんなに強いんだ……ボクは特別な力をもった選ばれし者なのに……!」


「この力が選ばれし者なのかどうかは知らないけど、ろくに訓練もしてないのに私たちに勝てるわけないでしょ」


 クラリスは男の前で仁王立ちして言う。


「気をつけて。早く魔王のカケラをそいつから奪うんだ」


「ラグナくん、分かってる。油断はしないよ」


 クラリスは男に手をかざした。

 その瞬間。

 男が放っている魔王のカケラの気配が急激に膨れ上がった。


「ボクは、ボクは選ばれた者なんだぁぁぁぁっ!」


 男の全身が黒いモヤに覆い尽くされる。


「ヤバイ! 魔王のカケラに乗っ取られてる!」


「クラリスさん、危ない!」


 真っ黒になった男はクラリスに殴りかかる。

 だが俺のほうが速い。

 俺はクラリスを抱き寄せながら、男の頭部に剣の一撃を加えた。


 それでクラリスが攻撃されるのは防いだが、男を斬ることはできなかった。硬い棒で岩を殴ったような衝撃が手首に返ってきた。

 男は吹っ飛んでいくが、モヤの下にある頭は薄皮さえ斬れていないだろう。


「ア……アア……ボクは……選ばれた……」


 立ち上がった男は、輪郭のぼやけた影になっている。

 フラフラと力なく左右に揺れている。

 しかし、それは奴が弱っているのを意味しない。

 むしろ、内部で魔力が膨れ上がっているのを感じる。


「殺します。いいですね?」


 俺は静かに言う。


「う……ああなったら仕方ないけど……」


「お願いします、ラグナさん。さっきから浄化しようとしているのですが、モヤが濃くなる一方です。負傷したアンガスさんとカーリーさんもいますし、早急に」


 そう。こちらには怪我人もいるのだ。

 それを守りながら暴走した魔王のカケラと戦うのはリスクが大きすぎる。

 助けられるなら助けたいが、物事には優先順位がある。

 見ず知らずの男よりは、仲間の命。

 ゆえに俺は、男を殺すことにした。


「縮地! エアロアタック!」


 古代魔法と塔の魔法の同時使用による超加速。

 さっきは通らなかった刃が、今度は深々と男の腹を斬り裂いていく。


「はぁっ!」


 俺の気合いの声とともに、胴体が真っ二つになる。

 男の上半身は斬撃の勢いにより、遙か上空へと飛んで行った。

 よし。

 あとは死体から魔王のカケラを回収すれば終わる――。

 そう俺が油断したとき、圧倒的な密度の気配が遠くから迫ってきた。


「っ!?」


 俺は身構える。

 しかし、それの狙いは俺や仲間たちではなかった。

 一体どこから現われたのか、そいつは放り投げられた男の上半身から心臓をえぐり出し、黒い翼を広げ、空中に静止した。


 そいつもまた若い男だった。

 ただし、さっきまで俺たちが戦っていたのが特徴の薄い顔だったのに対し、新しく現われたのは、飢えた狼を思わせる凶暴な人相だった。

 決して醜悪な顔立ちではない。むしろ整っており、美形の類いだ。

 なのにギラついた瞳や、全身から放たれる闘気が、獣じみた印象を作っている。

 そして狼のような犬歯で、心臓を貪り食う。

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