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09 校長を倒したら授業料が無料になった

「行くぞ――」


 そして校長は突っ込んでくる。

 まるで壁が迫ってくるかのような威圧感があった。

 そのくせ決して遅くはない。

 大剣の大質量が、空気を震わせながら横一文字に加速した。


 俺の小さな剣で受け止めたら確実に折れてしまう。

 よって、回避するのが普通なのだが、それでは面白くない。


 これは客観的に見れば、入学試験の余興だ。

 しかし校長にとっては、長い人生の中で到達してしまった『強さのピーク』を全力でぶつける行為。戦士としての締めくくり。

 最早、儀式と称しても過言ではない。


 俺はそれに応えるため、あえて剣を剣で受け止めた。

 そして力を受け流し、斬撃の軌道をそらす。


「ほう! 力が強いだけではない。動きが速いだけでもない。ラグナ。お前は優れた剣士だな!」


「ありがとうございます」


 やはり剣技を褒められるのが一番嬉しい。俺は素直に礼を言いつつ、次々と繰り出される校長の斬撃を受け流し続けた。


 しかし、いくら力を受け流しているとはいっても、俺の剣にダメージが少しずつ蓄積されていく。

 程なくして折れる。

 この剣は入学試験のためにと父さんが買ってくれた大切な物だが、残念ながら俺の力に耐えるほどの強度はない。

 せっかく前世のパラメーターが復活したのに、それを託す武器がないのだ。

 奇妙な話だが、今の俺は剣で斬りかかるより素手で殴ったほうが強いくらいだった。


 だが、校長は剣士だ。俺の前世も剣士だ。

 ならば剣で語り合うのが当然だろう。


「くははっ! 素晴らしいな! 羨ましいな! どんな鍛錬をすればその歳でこれほどの技術を身につけられる? 今まで多くの戦士と出会ってきたが、これほどの才能に触れたのは初めてだ! 戦うことができて本当によかった……そして、勝たせてもらう!」


 校長は更に剣速を上げ、渾身の一撃を打ち込んできた。

 狙いは武器破壊。

 俺の剣が限界だと分かったゆえの作戦だ。

 もう俺がどんな技巧を懲らそうとも、運命は変えられない。

 刃が根元から折れる。


「勝った!」


 校長は声高らかに宣言する。


 そう。剣と剣の語らいでは校長の勝ちだ。


 しかし、勝負全体の勝ちまでは譲れない。


 ゆえに――次の瞬間。

 俺の回し蹴りが彼の手に襲いかかる。


「なっ!?」


 骨が折れるほどは強く蹴っていない。しかし剣を持ち続けられるほど弱くもない。

 結果、校長は剣を落としてしまう。

 俺はそれを奪い取り、校長の脳天に振り下ろし、寸止め。


「剣の勝負は校長の勝ち。しかし全体では俺の勝ち、でいいでしょうか?」


「あ、ああ……文句の付けようもない。お前の勝ちだ。剣でもワシの技が負けていた」


「ありがとうございます。楽しい戦いでした。これはお返しします」


 俺は大剣を校長に差し出す。


「くく、楽しい戦いか。ああ、まったく実に楽しかった。全力を絞り尽くして、相手の得物の弱さにつけ込んでかろうじて勝てた……と思いきやいきなり逆転されちまった。ワシは数え切れないほど対人戦闘をやってきたが、こんな奇妙な負け方は初めてだ」


「校長先生が勝ったと油断したタイミングを付いただけです。実力じゃありませんよ」


「油断? おいおいワシを馬鹿にするな。ワシは油断など一瞬もしていないぞ。単純にお前の蹴りが速すぎて見えなかったんだ。ワシは気持ちよく敗北できたのに、それを汚すようなことを勝者が言うな」


「……申し訳ありません。では、王立冒険者学校の校長に勝ったことがあると、自慢させて頂きます」


「おう! ラグナ、お前は絶対に偉大な冒険者になる。そのお前の口からワシの名前が出てくれば、ワシはますます有名になるというものだ。わははは」


 校長は豪快に笑った。

 子供に敗北した直後なのにこの明るさ。

 内心でどう思っているのかは知らないが、表面だけでも明るく振る舞えるのが凄い。

 俺が逆の立場だったら落ち込んでいただろう。

 同じ六十代でも、校長のほうが人間ができている。


「それで校長……ラグナくんのレベルはどのくらいだと思いますか?」


「レベルか……そんなものより剣技のすさまじさに注目しろよ」


「いやぁ……私ごときにはどっちも凄すぎて、何が何やら」


 試験官は恥ずかしそうに頭をかく。


「ふん。もっと精進しろ。だがラグナのレベルか……差がありすぎて正確なところは分からん。だが桁違いだろう」


「桁違い……それはつまり……」


「そのままの意味だ。ラグナ。お前、レベル10を超えているだろう?」


 校長はそう言って、自信ありげにニヤリと笑った。

 周囲から「まさか」という声が聞こえてくる。


「ええっと、俺はまだ――」


 レベル1だ、と正直に言おうと思ったが、誰がどう見たってレベル1の動きではないだろう。

 前世でレベル99まで上げて、その数値を保ったままレベル1からやり直していると言っても誰も信じないだろうし、頑張って信じてもらったら、それはそれで大騒ぎになるから避けたいところだ。


「ええ、まあ……そのくらいですね……」


 俺は適当に言葉を濁しておいた。


「レベル10だって!?」

「あの小さい子供が?」

「嘘だろ? まだ七歳くらいだろ、あの子」

「え、十歳の子供がレベル7だって?」

「逆だよ、七歳がレベル10だ」

「ぜってーありえねぇだろ」

「だって俺、あの子が校長を倒すところ見たぞ」

「え? 試験中に子供が校長を惨殺しただって!?」


 ザワザワと伝言ゲームが始まり、だんだん話がおかしくなっていった。

 校長がここでピンピンしているのに、どこから惨殺という話が出てきたのか。


「ところで校長。合格発表は明日ですし、そもそもペーパーテストもまだですが。俺は合格ということでいいんですか?」


「ああ、当然だろう? ワシより強いのに不合格とかありえんだろ」


「授業料が無料というのも本気ですか?」


「約束は守る!」


 校長は胸を張って断言した。

 が、横にいた試験官が困った顔になる。


「あの校長……授業料無料って……うちの学校にそういう制度ありませんけど」


「あれ? 特待生的なのってなかったか?」


「いえ。私の知る限りありませんけど」


「あっれー? なかったかなぁ? 言われてみれば聞いたことないぁ」


 校長は腕を組んで考え込む。

 おいおい。

 一番偉い人がそんな調子でどうする。この学校、本当に大丈夫なのだろうか。

 急に心配になってきた。


「よし。ないなら作ろう。特待生を作ろう。条件は、入学試験で校長を倒すこと。はい、決定」


「そんな、ここで決定はできませんよ。あとで会議です」


「ふん。細かい奴め。どうせ校長どころか教師に勝てる受験者すらもう出てこないだろうと言うのに。ところでラグナ。お前、そんなに強いのに何しにこの学校に入るんだ?」


 校長は今更のような疑問を口にした。


「さっきご覧に入れたとおり、剣技には自信ありますが、魔法は素人なので。魔法を学びに来ました」


「なるほどなぁ……って、そんなに剣が強いのに、魔法使いになるのか!? もったいない!」


「いえ。剣と魔法を両方極めて、魔法剣士を目指します。最終的には塔の最上階を目指します」


「剣と魔法を両方極めて、しかも塔の最上階だと! 何て欲張りな奴! ますます気に入った! 最上階がどこにあるのか知らないが、お前ならすぐにでも三層まで行きそうだな!」


「はあ……」


 そりゃ三層は行けるだろう。七層まで行ったんだから。

 校長はガハハと笑い、俺の頭をくしゃくしゃに撫でる。

 俺は前世と合わせると六十七歳だから、六十三歳の校長よりも年上なのだが。

 しかし、それを分かってもらうのは至難の業なので、俺は黙って撫でられるしかなかった。

 なにせ授業料を無料にしてもらったのだ。子供扱いくらい、我慢しよう。

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