88 娘さんを俺にください?
「さて。私たちも出発しましょうか。先ほども言いましたが、教団の本部は四層にあります。古代魔法を使っても、階層を跨ぐことはできないので、少し歩くことになりますが」
フレイユは椅子から立ち上がる。
だが、それに異を唱える者がいた。
クラリスの父親アンガスである。
「ちょっと待ってください、フレイユ様。出発する前に、一つハッキリさせておきたいことがあります」
「はて? それは何でしょうか?」
「それは! このラグナが俺の娘の何なのかってことですよ!」
そう叫んでアンガスは俺を指さした。
ああ、なるほど……父親としては気になるところだろうな。
しかし『何なのか』と改めて問われると……困る。
「一緒に塔を上ってきた、冒険者の仲間ですが……」
「ほう。冒険者の仲間、か。それだけなんだな? それ以上の関係は全くないんだな?」
アンガスは顔を近づけ、凄んできた。
いかつい顔だ……本当にクラリスの父親には見えない。
「えっと……」
昨日の昼間だったら『ただの仲間』だと胸を張って言えた。
俺は恋心を自覚しつつあったが、まだ口にしていなかったので、関係は進展していなかった。
だが……今は違う。
昨夜、ベッドの中で互いの気持ちを伝え合い、口づけをした。肌を合わせた。
もちろん、したのはそこまで。男女の行為を最後までするほどの度胸は、俺にもクラリスにもない。
それでも、もはや『ただの仲間』とは到底いえないだろう。
「クラリスさんと俺は……その……恋人です」
嘘をつくのも不誠実なので、俺は正直に告げた。
恋人だよな?
お互い「好き」と告白し合ったんだから恋人でいいんだよな?
何せ俺は前世でも、娼館や行きずりの女との経験しかなく、まともな恋愛などまるで知らない。
そう。クラリスが初恋なのだ。
「ああっ!? 恋人だとォ!」
アンガスは案の定、目を血走らせて怒鳴った。
この人、相当クラリスを大切にしてるんだな……というか親バカだ。
そして――。
「え!? 恋人なんですかっ?」
なぜかフレイユまで大声を上げた。
そして嬉しそうな顔で俺に近づき「どういうことなんですか」とニヤニヤしながら質問してくる。
「昨日までは態度がハッキリしなかったのに、どうして今日になって急に『クラリスは俺の女だ。娘さんを俺にください、お父さん』みたいなノリになってるんです!?」
「いや、誰もそこまで言ってませんよ!」
俺の発言を捏造しないでくれ。
「俺は! お前に! お父さんと呼ばれる筋合いはない!」
「だから呼んでませんって!」
けれども、父親の前で「あなたの娘と付き合っています」という話をしたのだから、似たようなものかもしれない。
どうしてこうなったのだろう。
クラリスに告白した。そのこと自体に後悔はまるでない。
しかし、その翌日にいきなり父親と対面することになるとは想像もしていなかった。
「お前、剣聖ラグナの生まれ変わりなんだろう!? 中身はジジイじゃねーか! それがクラリスの恋人だと……ふざけるな!」
アンガスは俺の胸ぐらを掴んだ。
そうなる、よな。
それは俺自身も悩んだことだったから。
「俺には確かに前世の記憶があります。けど、だからといって、前世と同じ人間というわけでもないんです。前世で六十年間生きた俺と、子供の俺の価値観が混ざっているんです。だから……俺は剣聖ラグナであると同時に、ラグナ・シンフィールドなんです。ラグナ・シンフィールドとしてクラリスさんを好きになりました。ふざけてなんていません」
俺は正面からアンガスを見つめ返し、一言一言を真剣に語った。
アンガスは息を呑んだように見えた。
おちゃらけた恋バナのつもりでいたフレイユは、オロオロしている。
「前世の記憶があっても、同一人物じゃない、だと? ちっ」
アンガスは俺の説明に納得したわけではなさそうだが、胸ぐらを離してくれた。
するとフレイユが俺とアンガスの間に割り込み、冷や汗を流しながら作り笑いを浮かべた。
「や、やめましょうよ、アンガスさん。ラグナさんはほら、こんなに可愛い男の子なんですよ。前世のことは知りませんが、話してみた感じ、老人という印象はまるでありませんし……ラグナさんは本当に子供なんですよ。昨日なんて、クラリスさんと離ればなれになりたくなくて必死って感じでしたから。若いを通り越して幼い! 可愛い! お姉ちゃんっ子!」
フレイユはアンガスを鎮めるため、俺を掩護してくれているはずだ。
なのに聞いていると貶されている気分になってくる。
昨日の俺、そんなに子供っぽかったかな……?
「まあ、フレイユ様がそう仰るなら……」
さすがは教主様だ。
怒る父親を宥めてくれた。
が。
「言っておくがラグナ! 俺はお前がクラリスの恋人だなんて認めたわけじゃないからな! とりあえずこの問題は保留だ、保留!」
先送りになっただけで、解決はしなかった。
結婚とかそういう話ではなく、それどころか昨日やっと「好き」と伝えたばかりなのに……なぜこんな大げさに。
いや、待てよ。
俺とクラリスは、生涯をかけてともに『天墜の塔』を上ろうと誓い合った仲だ。
それが更に恋人同士になったら……それは結婚とほとんど同じじゃないか……?
な、何てこった……。
「……あれ? ラグナさん、どうしたんですか。顔、赤いですよ」
「いや、別に。何でもないです」
不思議そうな顔をするフレイユに、俺は適当な答えを返して誤魔化した。




