08 校長とも戦うことになった
「試験を始める前に一つ聞いておきたい。君はマリーさんの息子だな?」
「ええ、そうですけど。母を知っているんですか?」
「やはりそうだったか。シンフィールドという名字で、もしやと思い、そして顔を見て確信したよ。ああ、俺はマリーさんのことをよく知っている……昔、一緒にパーティーを組んでいた仲だからな」
なんと。
この試験官は母さんの戦友だったのか。
それにしても、どうして辛そうに語るのだろう。
「けれど! ブライアンという奴が俺からマリーさんを奪っていったんだ! 教えてくれ。姓がシンフィールドということは……君の父はブライアンか!?」
「……はい」
「うぉぉぉぉくそぉぉぉぉブライアンめぇぇぇぇ! あれから毎日、破局しろ破局しろと呪いを送り続けたのに、そのままゴールインしてやがったかッ!」
試験官は目を血走らせて吠える。
父さんは略奪愛だったのか……何というか、申し訳ない。でも試験中に感情をむき出しにするのはどうかと思うぞ。
「はっ! 済まない……つい取り乱してしまった。俺たちの過去と試験は関係ないからな……私情を挟まず、公平に審査するぞ!」
「そうしてください」
憎きブライアンの息子だから不合格だ、なんて言われなくて助かった。
まあ、そんなことを言い出したらこの試験官はクビだろうけど。
「ところで俺からも質問いいですか?」
「何だ?」
「善戦したら合格という話でしたが。俺が勝っても合格になるんですよね?」
「それはもちろんだ。しかし、さっきのクラリスくんに引き続き、今年の受験者は血の気が多いな。俺たち試験官は教師だぞ。まだ入学もしていない子供が教師に勝てると思っているのか? 言っておくが、君がブライアン本人だとしても俺は負けん!」
私情を挟まないと言っていたのに、早くも父さんの名前が出てきた。
昔の恋愛を引きずりすぎでは?
「俺のほうが父さんより強かったらどうします?」
「ほう。ブライアンは二層から生還できる強者だぞ。七歳の君がそれより強いと? 面白い。見せてみろ。試験、始め!」
試験官は開始の宣言と同時に突っ込んできた。
かなりのスピードだ。
他の受験生なら反応できないだろう。
言うだけあって父さんに匹敵する剣術だ。
しかし、俺には通用しない。
「なっ!?」
試験官は目を丸くして固まった。
見ていた受験生たちも同じ表情になっている。
その理由は、俺が自分の剣で試験官の剣を真っ二つにしたからだ。
別に目立ちたくてやったのではない。
俺にとっては試験官相手に善戦するよりも、一撃で勝つほうが簡単なのだ。
だからといって試験官を真っ二つにするわけにもいかないので、剣のほうを斬ったというわけだ。
「勝負あり、ですね。それとも続行しますか?」
「い、いや……君は、本当にブライアンよりも強かったのか……」
「そう言ったはずです」
「なんてこった……あいつ、どんな英才教育をしたんだ?」
試験官は呆れたように呟く。
だが、俺は父さんに英才教育されたのではなく、前世の記憶と強さを引き継いでいるだけだ。
誰も信じないだろうし、信じてもらうメリットもないから説明はしないけれど。
さて。これで合格は確実だな……と油断した、そのとき。
「少年。剣を斬るとは面白い。どうかワシとも戦ってくれないかな?」
突如、大男が乱入してきた。
父さんや試験官もかなり大柄だが、この男は更に大きい。二メートレを超えているかもしれない。
白く染まった髪や顔の皺を見る限り、少なくとも六十歳にはなっているだろう。つまり俺と同年代だ。
だが、全身からほとばしる生気は、若者と遜色がない。
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名前:ビリー・コルボーン
レベル:4
・基礎パラメーター
HP:38
MP:16
筋力:26
耐久力:24
俊敏性:21
持久力:23
・習得スキルランク
ステータス鑑定:F
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ほう。レベル4か。
父さんは学校にレベル3の教師がいると言っていたが、更に一つ上だ。
「こ、校長! 急に出てきて何を言い出すんですか! 実技の試験はもう終わったんですよ!」
試験官が血相を変えて言う。
どうもこの老人は校長先生らしい。
「そう言うな。この少年の動きを見て血がたぎってしまった。ワシはもう六十二。ようやくレベル4になったのに、いつ『状態異常:老化』が始まってもおかしくないのだ。今が強さのピーク……そんなとき、見たこともない速さで剣を振るこの少年が現われてくれた。戦わずにいられないだろう?」
校長は笑いながら軽い口調で語った。
しかし俺は、校長がどれほどの想いで言っているのか、痛いほど分かってしまった。
まだまだ戦いたい。もっと強くなりたい。
けれど人間は寿命には敵わない。
老化が始まれば、勝負の土俵にさえ上がれなくなってしまうのだ。
「分かりました。戦いましょう」
「おお、ありがたいぞ少年! 名は何という?」
「ラグナ・シンフィールドです」
「シンフィールド……ああ、ブライアンの息子! 奴め、ここの教師に誘っても『人を育てるのはガラじゃない』と言って断ったくせに、こんな怪物を育てていたのか!」
いや。俺は確かに両親に育ててもらったが、剣術は教わっていない。
「さあ、時間が惜しい。始めようか、ラグナよ。ワシに勝てたら授業料はタダにしてやる!」
おお。それはありがたい!
「校長。そんな無茶な。いくらラグナくんが強くても、校長には勝てませんよ」
俺に負けた試験官が呆れたように言う。
「それはどうかな。ワシにはラグナのレベルがどれほどなのか、それすら見当も付かないぞ」
「え!? しかし校長はステータス鑑定のスキルを覚えているはずでは?」
「ああ。ステータス鑑定:Fだ。だからステータス隠匿がFランク以上の相手のを盗み見ることはできない」
「じゃあラグナくんはステータス隠匿を使えるってことですか!? 凄い!」
試験官は大げさに驚く。
ステータス隠匿がそんなに珍しいのだろうか。
俺の常識では使えて当然なのだが……いや、二層だと確かに、ステータス鑑定やステータス隠匿を覚えるのに必要な『スキルの魔石』を落とすモンスターとほとんど出会えない。
このヴァルティア王国は、その二層に辿り着く冒険者自体が少ないのだ。ステータス鑑定とステータス隠匿がレアスキル扱いされるのも無理からぬ話だ。
「まあ、実際に戦ってみれば、おおよそのレベルは分かるだろう。たとえ格上だとしてもな。さて、ラグナ。ワシから斬りかかってもいいかな」
「ええ、どうぞ。お好きなタイミングで」
「ワシの目を正面から見ておきながらその余裕……憎たらしいほど落ち着いているな」
校長は顔の深い皺をますます深くして笑った。
そして背負っていた剣を抜き放った。
周りで見ていた受験生から「でけぇ……」と呟きが漏れる。
実際、でかい。
二メートレ近い校長とほぼ同じ長さ。
ステータス鑑定とは関係なく、この光景だけで校長が怪力の持ち主だと分かってしまう。
ラグナが塔に行かないのは不自然という指摘があったので、今後のエピソードのザックリした予定を書きます。
この入学試験は一月で入学が四月なので、その間にラグナが一人で魔法の練習をしたり塔に入ってレベル上げするエピソードがあります。
具体的には15話で塔に入ります。
また学校編はサクッと終わらせてスカウトした仲間と共に本格的に塔に潜る予定です。