79 神聖祓魔教団
フレイユは俺の剣に素手で触れ、押し返してきた。
そのせいで彼女の手から血が流れる。
「そんなことをしなくても剣を納めるつもりだったのに……」
俺は慌てて剣を引き、フレイユから離れた。
するとフレイユは立ち上がり、傷ついた手のひらを広げ、俺たちに突き出してきた。
そこには確かに切り傷があった。
しかし、見る見るうちに塞がっていく。
「回復魔法です。このくらい塔由来の魔法でもできますよね? そう驚くことはないでしょう」
フレイユはからかうような口調だ。
驚くことはないと言いつつ、俺たちの反応を楽しんでいる。
「だってあなた、ステータスが見えないわ。回復魔法だけじゃなく魔法を一つも覚えてないはず……それともステータス隠匿ってやつ? でもラグナくんのステータスは全然見えなかったけど、あなたは名前だけは見えるし……」
クラリスは訳が分からないという顔で疑問を並べる。
「ステータス隠匿ではありません。私は無印。この塔のシステムに繋がることができなかった運の悪い女です。ですからモンスターを倒してもレベルは上がらないし、魔導書に触れても魔法を覚えることができません」
「できませんって……回復魔法だって自分で言ったじゃないの」
クラリスが指摘するようにフレイユの言葉は矛盾だらけのように聞こえる。
だが、フレイユが無印なのは確かだ。そして魔法を使ったのも事実。
その矛盾を埋める何かがあるのだ。
「シスター・フレイユ。あなたはさっき古代魔法と言いましたよね。その口ぶりからして『天墜の塔』とは関係のない魔法と言いたげですが」
「さすがは剣聖ラグナさん。察しがいいんですね。その通り。私が使った魔法は古代魔法。『天墜の塔』が世界に出現した千年前より遙か昔から受け継がれてきた、本来の魔法なのです」
塔が出現するより遙か昔。彼女は気軽な口調で言い放った。
しかし俺にとってはかなりショックな言葉だった。
前世の俺は『天墜の塔』の中で生まれた。塔があるというのは当然すぎるほど当然なのだ。
無論、塔のなかった時代があるのは知っている。
あくまで知識として。
まったく想像できない。
「そんな古い時代の技術をどうしてあなたは知っている? そもそも、なぜ俺の前世を知っている? 俺の知りたい全てとは何なんです?」
「ええ、ええ。答えましょうとも。けれど、場所を変えましょう。こんな砂漠の真ん中にいつまでもいたら干からびてしまいますよ」
そう言ってフレイユは袖口から一枚の紙を取り出した。
細長い長方形。表面にビッシリと文字らしきものが書かれているが、読むことはできなかった。
その紙は発光し、そして俺たちの足下に魔法陣が広がっていく。
転送門の魔法陣とそっくりだった。
「これは――」
何だ、と尋ねようとしたが、それより早く景色が変わってしまった。
クラリスは変わらず隣にいる。フレイユも正面で微笑んでいる。
しかし場所だけが違う。
砂漠にいたはずなのに、今は白い壁に取り囲まれた室内だ。
ソファーやテーブルなどの家具がある。どうやらリビングらしい。
窓の外には町が広がっている。見たことのない町だ。
「ここは私の秘密の隠れ家です。ちなみに三層の中というのは変わってません。古代魔法をいくら駆使しても、階層を跨いだ転送にはまだ成功していませんから」
フレイユは澄まし顔でそう語るが……すぐにニヤけた。
「うふふ。お二人のその驚いた顔、たまりませんね。やっぱり塔の魔法しか知らない人に古代魔法を披露するのは快感です」
口元を押さえ笑っているのを隠そうとするが、目だけで十分に分かってしまう。
神聖祓魔教団の人たちは禁欲的な性格だと勝手に思っていたが、少なくともフレイユは違うらしい。
「さて、椅子に座ってください。本当はお茶など出したいところですが、それどころではありませんからね」
「ええ、全くそれどころではありません。あなたは俺たちに説明しなきゃいけないことが山ほどある」
「そう急がずに。順を追って話しましょう。そうですね……まずお二人を監視していた理由ですが、それはラグナさんとクラリスさんがどんな人間なのか知りたかったからです。ちなみに監視を始めたのは今日からです。メルティゴの街の伝言所で見つけたので、こっそりつけさせていただきました」
「見つけた、ということは以前から探していたということですか」
「はい。ちなみにお二人のことは、クリスティアナから聞きました」
その名前が出た瞬間、俺は剣に手をかけた。
「ああ、誤解なさらず。私は彼女と知り合いですが仲間ではありません。そもそもクリスティアナだって今更、お二人に何かしようとは思わないはずです。二層ではエルブランテの葉を巡って争いになったのでしょう? 彼女は目的の邪魔になる相手には苛烈な反応をしますが、そうでない相手は、まぁまぁ穏やかなものです」
「まぁまぁ、か。あいつは俺たちにいきなり攻撃を仕掛けてきた。まるで信用できませんね。第一、あなたからして何者なのか分からない。俺たちにこうして接触しているのは神聖祓魔教団の総意なんですか?」
「総意ではありません。極一部の独断です。私の名前はステータス鑑定でもう見ましたね?」
俺とクラリスは頷く。
フレイユ・アーンフェ。それが彼女の名前だ。
「では神聖祓魔教団の教主の名前は? ご存じないでしょうね。フレイユ・アーンフェ。それが教主の名前です」
ん?
それはつまり?
「あなたが教団の教主?」
「え、なに? この人って偉い人なの?」
「はい。教団で一番偉い人です」
フレイユは自慢げに言う。
「へぇ……そうなんだぁ」
クラリスはそれがどれほど凄いことか分からないらしく、気のない返事をする。
そして俺は……実のところクラリスと似たような反応だ。
神聖祓魔教団なんて、その辺の街角でよく分からない説教をしている人たちという認識しかなかった。
そのトップと言われても「へぇ……」としか言えない。
「ラグナさん。もしかして『神聖祓魔教団なんて変な説教をしているだけの組織じゃん』とか思ってません?」
「……違うんですか?」
「はあ……酷い人ですね。まあ信者の方々もほとんどは、教団の本当の姿を知りませんけど。神聖祓魔教団は『天墜の塔』が出現するよりも前から、魔法を用いて戦ってきた武装集団です。神の教えを説くのも仕事の一つではありますけどね」




