78 俺が知りたい全て
俺とクラリスはここまで塔を上ってくる間、黒いモヤをまとったモンスターを何度か目撃した。
なぜそうなっているのか原因は全く分からないが、それらのモンスターは通常時より遙かに強く、現地にいた冒険者では太刀打ちできなかった。
しかし黒いモヤの大本と思わしきものを俺は二度見た。
ステータス鑑定で分かったのは『魔族』という二文字のみ。
そして今。
神聖祓魔教団のシスターは、光のシャワーをモンスターに浴びせ、白いモヤでその体を包み込んだではないか。
「ねえラグナくん! あの人、ステータス鑑定を使っても何にも表示されないのに魔法を使ってるわ! どうなってるの!?」
「どうなってるかは俺も知らないよ。とにかく俺の後ろに隠れて。それで一瞬たりとも油断しないで。これから何が起きるのか俺も分からない!」
俺はシスターやモンスターたちだけでなく全方位を警戒し、あらゆる異変からクラリスを守ろうとする。
「勇ましいですね、ラグナさん。ではまずは小手調べ。モンスターたち、お征きなさい」
シスターの合図で二十匹近いモンスターたちは隊列を作って砂丘を上ってきた。
まさかモンスターを人間が操っているとでもいうのか。
信じられない……が、現にシスターはモンスターに命じた。
モンスターはそれに応じた。
なら俺はそれを斬る。
悔しいことに、俺はいまだに剣だけに集中して戦ったほうが強い。魔法剣士になるという目標は遙か先だ。
だが、今は全力を尽くすしかない。
前世で培った剣技で、今世で出会ったクラリスを守る。
と、俺は決意したのだが。
「オーツーグラス!」
クラリスが俺たちの前方に酸素を吐き出す草を出現させた。
「ラグナくん、私を抱きかかえて後ろに飛んで!」
俺は彼女の言葉の意味を察し、即座に言われた通りにする。
次の瞬間、オーツーグラスに向かってファイヤーボールが放たれた。
激しい爆発が起き、砂丘を上ってきたモンスターを炎で包む。
「私だって戦えるんだから!」
クラリスは上空のシスターを睨み、勇ましい声で叫ぶ。
その声はむしろ、俺に効いた。
そうだ。クラリスだって、これまで努力してきた冒険者だ。
ただ守られるためだけに塔に入ったのではない。
「フレアファランクス!」
クラリスはシスターに向かって十本の炎の槍を放った。
しかしシスターが杖をくるりと回すと、フレアファランクスは全て消えてしまう。
どうやら今の俺たちが使える攻撃魔法では、彼女にダメージを与えることはできないらしい。
「クラリスさんはシスターよりもモンスターに攻撃して。オーツーグラスとファイヤーボールのコンボでミニドラゴン一匹を倒せたし、他に五匹ほどにダメージを与えた。どうやらあのシスターは直接攻撃してくる気がないみたいだから、まず二人でモンスターを全滅させよう」
「そうこなくっちゃ! ラグナくんばかりに苦労はさせられないわ」
シスターからの直接攻撃はない。
それは口から出任せではなく、かなり根拠があって言ったことだ。
だから俺は安心してモンスターに集中できる。
「よし。じゃあクラリスさん、俺の背中におぶさって」
「はえ!?」
「早く。そのほうが強い」
「……もう、格好悪いわね!」
そう言いつつクラリスは俺の背中に飛び乗った。
同時に俺は斜面を下ってモンスターの群れに突っ込んだ。
目の前にいた猛毒サソリの頭を真っ二つにし、更に別の猛毒サソリの尻尾を切断する。
横から突っ込んできたミニドラゴンを踏み潰し、その反動を利用して群れの更に奥に入っていく。
その間、クラリスは俺の背中からオーツーグラスを、モンスターとモンスターの間に植えていく。
群れを突破したとき、三本のオーツーグラスが設置されていた。
「今だクラリスさん!」
「フレアファランクス!」
炎の槍がオーツーグラスたちが吐き出す酸素に触れ、火力を一気に増大させる。
その炎はモンスターの群れを包み込み、広範囲にダメージを与えていく。
あまりにも威力がありすぎて、俺たちのところにも炎が迫ってきた。
「「エアロアタック」」
俺たちは同時に風魔法を放ち、爆発を押し返す。
それは炎の風となって、モンスターたちに追い打ちを掛けた。
シスターが光のシャワーを浴びせたモンスターは、正確には十八匹だった。
そのうち九匹が死んだ。
クラリスがレベルアップする。
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名前:クラリス・アダムス
レベル:6
・基礎パラメーター
HP:71
MP:108(+20)
筋力:52
耐久力:56
俊敏性:64
持久力:60
・習得スキルランク
炎魔法:D 風魔法:E 回復魔法:G 草魔法:G
ステータス鑑定:G
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残る半分も重度のヤケドで動きが鈍り……いや、三匹足りない。
三匹いたはずのレッド・コブラがどこにもいないのだ。
「上にはいない。なら下だ! アイシクルファランクス!」
俺はジャンプすると同時に、地面に向かって氷魔法を放った。
同時に三匹のレッド・コブラが地中から飛び出してきた。
巨大な口を開き、俺とクラリスをまとめて飲み込もうと迫ってくる。
その口の中に氷の槍が突き刺さっていった。
刺さるといっても皮膚を貫いたわけではなく、単に口の奥に入っていっただけである。
だが十分。
「スタンバースト」
俺は雷魔法を放つ。
本来ならレッド・コブラの厚そうなウロコに阻まれるであろう電撃は、氷の槍を伝わって体内に入っていく。
三匹のレッド・コブラは痙攣して動きを止めた。
「今だ!」
着地した俺は、剣の一閃で三匹まとめて屠り去った。
そしてクラリスを背中から降ろし、再度ジャンプ。
「クラリスさん、エアロアタックをお願い!」
一言で狙いを察してくれたクラリスは、俺の足の裏に風魔法を当て、ジャンプを加速させる。
向かう先にいるのはシスターだ。
「ラグナさんは予想どおり強いですね。クラリスさんは予想以上にやるじゃないですか。斬られたくないので、上空に退避させていただきます」
シスターは高度を上げていく。
しかし逃がさない。
「エアロアタック!」
今度は俺が俺自身に風魔法を当てて再加速。
「な!?」
ずっと微笑みを絶やさなかったシスターは、ここにきて目を見開いた。
エアロアタックによる加速は、姿勢制御がかなり難しい。
それを横ではなく縦方向に二連続で使うというのが、彼女には離れ業に見えたのかもしれない。
だが、俺なら二連続でも三連続でもMPが尽きるまで可能だ。
ゆえに逃げるシスターの足を掴んで、引き寄せることだってできる。
そして今度は真下に向かって加速。
砂の地面に彼女を叩きつけ、俺はその腹の上に膝蹴りするとともに着地する。
「がっ!」
シスターの口から胃液が出た。
かわいそうだが、力の差を見せつけてやる必要がある。
俺は彼女に馬乗りになったまま、その首筋に刃をそえる。
わずかに血が滲んだ。
「……トドメを刺さないのですか?」
シスターは息を荒くし、瞳に恐怖の色を浮かべながらも、作り笑いとともに尋ねてきた。
「トドメは無用だと思った。今日ずっと、誰かの視線を感じていた。でもどこから見られているのか分からなかった。それは視線の主であるあなたに、敵意も闘気も殺気もなかったからだ。シスター・フレイユ。あなたには初めから俺たちを害する気がない。違いますか?」
「そこまで分かってしまうものなんですね。そして、こうして私を完全にねじ伏せてしまえる。噂には聞いていましたが、凄いものですね。剣聖ラグナさん。世界で最初に七層に到達したのも、マグレではないということですね」
シスターは観念したように目をつむり、俺の強さを称えた。
剣聖ラグナの強さを。
七層に到達したという前世の出来事を。
「聞かせてもらいましょうか。なぜ俺たちを監視していたか。なぜ俺の前世を知っているのか」
「ええ、答えましょう。そのために来たのですから。あなたの質問だけでなく、私が伝えたい全てをお話ししましょう。私はあなたが知りたい全てを知っています」
シスター・フレイユは刃が首筋に当たっているというのに、もう平常心を取り戻していた。
俺がその首を斬らないと確信しているのだろうか。
そして現に、俺は何もできない。
俺が知りたい全て。
それはクラリスに起きた異変についても知っているということなのか――。




