72 放置した紙切れの行方
「ファイヤーボール! ファイヤーボールッ! ファイヤァァボォゥル!」
クラリスはマジックブックを見つけ次第、杖を向けて魔法を放つ。
別に杖の先端から出す必要はないのだが、そのほうが恰好いいらしい。
その感覚は……よく分かる。
俺も魔法を撃つ用の杖が欲しいところだが、剣と杖を両方持ち歩くのはいくらなんでも邪魔なので断念している。
剣を振り抜くと同時に魔法を撃つというのはどうだろうか。
……なかなか格好良さそうだ。
今度、練習してみよう。
「はぁ……はぁ……疲れた……」
図書館を走り回っていたクラリスは、立ち止まって肩で息をする。
「そりゃ、走り回った上、いちいち杖を振り回してファイヤーボールって叫ぶんだもん。疲れるに決まってるでしょ」
「だ、だって走り回らないとマジックブックが見つからないし……杖を向けて叫んだほうが、威力が上がる気がするじゃない?」
「分かるけどさ。だからって毎回大声出さなくても……」
「次からは控えるわ。というかラグナくんも手伝ってよ」
「手伝いたいのに、クラリスさんがもの凄い早撃ちでマジックブックを倒すのが悪いんだよ」
「ラグナくんでも間に合わないほどのスピードで魔法を撃つ私ってもしかして天才……?」
「あ、そういうふうに考えるんだ」
当たり前だが、俺が本気を出せば、クラリスが魔法を撃つ前に敵を倒せる。
だが、クラリスがせっかく頑張っているので、後ろから生暖かい目で見守っていただけだ。
「もう。ラグナくんが本気出したら私より速いって分かってるわよ。ちょっと言ってみただけなのに、そんな『凄いバカを見つけた』みたいな顔しないでよ!」
「そんな顔してないよ」
「してましたー。ラグナくん悪い子」
クラリスはそう言って俺のほっぺをムニムニと引っ張る。
痛くはない。むしろ気持ちいい。
近頃、クラリスは俺のほっぺを引っ張るのが上手くなってきた。
「むぅ。ラグナくん、気持ちよさそうな顔。これじゃお仕置きにならないじゃない」
「クラリスさんがいい感じにムニムニするから」
「だって痛くしたらかわいそうだし……」
「それじゃお仕置きにならないでしょ」
「……え、ラグナくん、痛くされるほうが好きなの?」
クラリスは頬を赤らめて聞いてきた。
どういう想像してるんだろうか。
「痛くされるほうって? クラリスさん、何の話してるの?」
俺はあえて年相応の無邪気な顔で聞いてみた。
するとクラリスはますます赤くなり、目をそらす。
「そ、それは……あれよ! 何でもないわよ!」
「えー、何でもないってことはないと思うなー。知りたいなー。ぼく子供だから分からないよー」
「もう! ラグナくんの頭の中には前世の知識が詰まってるんでしょ! 前世のラグナさんに聞きなさいよ!」
クラリスは涙目で叫び、俺の頭を掴んだかと思うと激しくシェイクしてきた。
ちょっとからかいすぎたかな。
「ごめん。謝るからストップ……それ以上揺らしたら前世の記憶が消えそう……」
「あ、私こそごめん……」
クラリスは素直に謝ってきた。
こんな素直な十三歳の女の子をからかっていたのかと思うと、我ながら情けなくなってくる。
前世の俺には考えにくい行動だ。
やはり精神的にも七歳らしい。
「それにしても、魔導書出てこないわねぇ」
「そうだね。そろそろ三十匹になるから、出てきてもいいと思うんだけど」
「ねえラグナくん。マジックブックって何匹って数え方でいいの? 本なんだから何冊じゃない?」
「え……でもモンスターだし……うーん……匹でいいと思う……」
俺は自信なく答えた。
するとクラリスは「そっかー」と軽い返事をする。
どうやら、さほど興味がなかったらしい。
俺は一生懸命考えて答えたというのに。
「あ、マジックブックだ! ファイヤーボール!」
クラリスはまた叫んで魔法を撃つ。
さっきまでと同じように燃えカスが光になり、そして紙切れがドロップする。
「うぅ……またこれかぁ……」
「でないときはこんなものだよ」
「ねえ、ラグナくん。この紙切れって放っておくとどうなるの? こんなの拾って帰る冒険者なんていないでしょ。だったらこの図書館、床が紙切れだらけになると思うんだけど……」
「言われてみれば」
クラリスの疑問を聞き、俺も考え込む。
この図書館を守るゴーレムは強いが、攻略法が分かれば簡単に倒せる。だから、魔導書目当ての冒険者たちが、ちょくちょく訪れているはずだ。
『天墜の塔』に生息するモンスターは、倒してもいつか復活し、一定数を保つようになっている。増えすぎるということもない。
しかしドロップしたアイテムは、勝手に消えたり増えたりはしない。
だから冒険者が放置していった紙切れは、残っていないとおかしいのだ。
「紙を食べるモンスターがいるとか?」
「いや、ここにはマジックブックしかいないはず……もしかしてマジックブックが食べるのか?」
突飛な発想だが、紙切れが残っていない理由を他に思いつかない。
そこで俺たちは紙切れを床に置いたまま、本棚の影から監視することにした。
すると数分もしないうちに、マジックブックがやってきたではないか。
「あ、本が開いたわ!」
クラリスが言うとおり、マジックブックが真ん中あたりのページから開いた。まるで口を広げるように。
そして紙切れを挟み込み、モシャモシャと咀嚼し始めた。
耳を澄ましていると、ゴックン――という音が聞こえた。
「食べた……」
「食べたわね……」
俺とクラリスが見守る中、マジックブックは満足そうにどこかへ飛んでいった。
そのとき、俺の中でアイデアが閃いた。
紙切れを集めよう。
いちいち走り回らなくても、マジックブックを誘導できるぞ。




