07 試験官を倒してしまっても構わんのだろう?
ヴァルティア王国は『天墜の塔』を中心に広がる円形の都市国家だ。
その直径は約二十キロメートレほど。
王立冒険者学校があるのは、実家の反対側の外縁部だった。
ちなみにヴァルティア王国の商業施設は、塔の周りに集中しているらしい。
冒険者が塔から持ち帰ったアイテムの売買がしやすいからだろう。
その外側に住宅地がある。
そして外縁部に行くほど牧場や農地が多くなっていく。
実家があるのは当然、住宅地だ。
散歩をしているうちに知ったのだが、俺の実家はかなり裕福なほうらしい。
庭がない家がある一方で、実家は剣の修行ができるくらいの広さがあったのだから。
「ところで父さん。冒険者学校が外縁部にあるのはどうして?」
「まず土地が安いだろ。あと冒険者学校は敷地で剣や槍を振り回したり、魔法をぶっ放したりするからな。近所に人がいない場所のほうがいい」
「なるほど。でも外縁部だと塔まで遠いな。授業で塔に入ったりしないの?」
「そういう授業もある。距離があるから朝早く出発するんだ」
「朝早くかぁ。流石に猛スピードで町中を走ったりはしないか」
「そんな迷惑なことするわけないだろ」
たとえ一層であっても、塔に挑もうという者なら、片道十キロ程度は走れるはず。
だが生徒が何十人も走ってきたら一般人はビックリするだろうし、ぶつかりでもしたら大惨事だ。
無印の人はレベル1に体当たりされただけで病院送りになる。
俺は七歳の誕生日を迎え、いよいよレベル99の強さを取り戻した。
夜中にこっそり家を抜け出し、外縁部にある大岩にデコピンをしてみたら木っ端微塵になってしまった。
七年ぶりに扱う本来の力に懐かしさを覚えつつ、一般人に怪我をさせないよう慎重に生きていこうと決意した。
さて。
一月になり、俺は入学試験のため、王立冒険者学園に向かった。
父さんと母さんが心配し、一緒に行こうとしていたが、丁重にお断りした。
「冒険者になろうって人間が、一人で学校に行けなくてどうするのさ。大丈夫だよ」
「でもラグナはまだ七歳だし……」
「うむ。いくら強くても、道に迷うことはあるからな」
母さんだけでなく、父さんも子離れできていなかった。
俺は「大丈夫、大丈夫」と言って、足早に実家をあとにする。
ちなみに俺に対抗したデールも入学試験を受けようとしていたが、父さんに「お前は三年早い」と止められていた。かわいそうに。
そして無事に王立冒険者学校に到着する。
試験場は校庭で行われる。
受験者はざっと二百人ほど。合格枠は四十人だ。
倍率だけで考えると、結構難易度が高い。
しかし、試験内容はシンプルだ。
試験官と一対一で戦い、善戦する。
これだけである。
それが終わったあとペーパーテストもあるにはあるが、文字の読み書きができれば合格できるようなものらしい。
ゆえに、試験官との戦いさえ何とかすれば入学することができる。
現われた試験官は十人。そして二百人の受験者は十組に分けられた。
どうやら一人が二十人を相手にするらしい。
それにしても、年齢一桁に見えるのは俺だけだ。
他の受験生は十代半ばから後半くらいだろう。少し場違いな感じになっている。
「名前を呼ばれた者からかかってこい。剣でも槍でも斧でも魔法でも、使える技はなんでも使ってみろ!」
俺の組の試験官は父さんと同年代の男性だった。
ステータス鑑定を使い、能力を調べてみよう。
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名前:アラン・アルバーン
レベル:2
・基礎パラメーター
HP:24
MP:21
筋力:13
耐久力:10
俊敏性:11
持久力:11
・習得スキルランク
氷魔法:F
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レベル2だけあって、父さんと同じくらいの強さだ。
高レベルだとそれまでの戦い方でパラメーターの伸びかたに大きな差が生まれるが、このレベルだと、どういう戦い方をするのか推測するのは難しい。
もっとも今日の場合、試験官は受験者と次々と戦うので、それを見れば戦闘スタイルが分かる。
「まず一人目は……クラリス・アダムス!」
「はい」
返事をして試験官の前に出たのは、銀色の髪を長く伸ばした、十三歳くらいの少女。
身長と同じくらいの長さの杖を持っている。
前世と合わせて六十七歳のジジイである俺がこんなことを思うのも何だが、かなりの美少女だった。
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名前:クラリス・アダムス
レベル:1
・基礎パラメーター
HP:20
MP:18(+20)
筋力:6
耐久力:7
俊敏性:7
持久力:7
・習得スキルランク
炎魔法:G 風魔法:G 回復魔法:G
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どうやらこのクラリスという少女、魔法を主体に戦うスタイルのようだ。
三系統も魔法を覚えているとは大したものである。
杖の効果だろうか。MPを20も増やしているから、連発もできる。
魔法に関しては俺よりも圧倒的に上だ。
ちょっと悔しい。
家に帰ったら父さんにねだって、魔導書を買ってもらおう。入学前から練習しておくのだ。
「始め!」
試験官が叫ぶと同時に、クラリスは炎魔法を発動させた。
「ファイヤーボール!」
拳大の火球が試験官へまっすぐ飛んでいく。
しかし試験官はあっさりと回避。
ファイヤーボールはその後ろにあった壁にぶつかり、軽い爆発を起こした。
「いいぞ。狙いが正確だ。しかし正面からただ撃っても、そうそう当たるものじゃないぞ」
クラリスは試験官の指摘に答えず、代わりに走り出した。
「エアロアタック!」
そして風魔法を使う。
ただし、試験官に向かってではなく、自分の背中にぶつける。
その衝撃で急加速。
試験官は驚き、目を見開く――が、流石にそのままやられてしまうということはなく、クラリスが振り下ろした杖を、剣でしっかりと受け止める。
「やるじゃぁないか。威力の低い風魔法とはいえ、今のは痛かっただろう? いい度胸をしている。しかし!」
試験官はクラリスに当て身を喰らわせた。
上手い。
やはりレベルの差以上に、戦闘経験の差が出ている。
吹っ飛ばされたクラリスは地面を転がって咳き込む。
しかし、すぐに立ち上がった。
「立てるのか!? みぞおちに肘を入れたんだが……大したものだ。よし。君の試験はここまで――」
試験官は終了を宣言しようとした。
だがクラリスは新たな攻撃魔法を撃ち出す。
「ファイヤーボール! エアロアタック!」
二つの魔法は試験官の足下に着弾した。
爆発によって土が飛び散り、風によってそれが激しく吹き上げられる。
目に土が入ってしまったのだろうか。試験官は手で顔を押さえた。
そして――。
「ファイヤーボール!」
クラリスは再び火球を放つ。一発や二発ではない。連射だ。
確かファイヤーボールもエアロアタックも消費MPは2。
彼女はこれまでの戦いで四発の魔法を使った。
残りのMPは30。
それを十五発のファイヤーボールに変えて、試験官へと叩き込む。
「すげぇ!」
他の受験生が叫ぶ。
かなり離れているのに、焼けるような熱波が伝わってくる。
試験官は大丈夫なのだろうか。
「いやぁ、凄い。君が一人目でよかった。後半の疲れているときに当たっていたら、俺はヤケドをしていたかもしれん」
ファイヤーボールの爆発の奥から、試験官の声がした。
彼は自分の前に氷の壁をつくり、爆発から身を守っていたのだ。
完全に無傷。服に焦げ目すらない。
一方、クラリスはMPを使い切った疲労からか、地面に座り込んでしまった。
どう見ても、これ以上の戦闘続行は不可能だ。
「ま、負けました……」
「うん。そうガッカリするな……君、もしかして俺に勝つつもりだった……?」
「……はい」
「はは。すげぇ受験生が来たもんだ」
試験官は苦笑を浮かべる。
クラリスは本気で悔しそうに唇を噛みながら、ヨロヨロと立ち上がり、受験生の列に戻ってきた。
そのあとの受験生たちの戦いは、さほど見応えがあるものではなかった。
どうやらクラリスの強さは受験生の中で突出していたらしい。
だんだん眠くなってきた。
「さて。次が最後か。ラグナ・シンフィールド!」
「はい」
やっと呼ばれた。
俺が最後ということは……試験官を倒してしまっても大丈夫だな。