58 妹の孫
「ねえ、二人はどこから旅をしてきたの? 私、生まれてからこの街を出たことがないから、外の話を聞きたいわ」
「いいですよ! 私とラグナくんは、塔の外から来たんです!」
クラリスは、塔のどこかにいるはずの両親を探すために冒険者になったと語る。
そして冒険者学校の入学試験で俺を初めて見たこと。
入学したら寮が隣の部屋だったこと。
俺に誘われて学校を退学し、塔を登り始めたことなどを説明する。
「二人ともまだ小さいのに、とても強いのね。私には想像もできない世界だわ」
「えへへ、それほどでも……」
クラリスは照れくさそうに頭をかいた。
「ま、クラリスさんはまだまだだけどね」
「ちょ、ラグナくん、ひどーい。私だってちょっとずつ強くなってるでしょ!」
「確かに。クラリスさんは頑張り屋さんだよ」
「でっしょ~~」
クラリスは満足げに胸を反らした。
するとロミーはクスリと笑った。
「あなたたち、とっても仲がいいのね……」
「まあ、悪くはないですね」
「ええー、もの凄く仲良いでしょ。ラグナくん、照れ隠しなの?」
「別に」
「えいえい、このこの」
クラリスは俺の頬をつついてくる。
何なんだよ……俺が緊張してるからって、ここぞとばかりに。
あとで足の裏をくすぐってやろうっと。
それはそれとして。
場が和んできたので、今度はこちらから話を振ってみよう。
「ロミーさんは一人暮らしなんですか?」
「いいえ。孫娘と二人暮らしよ。そう、丁度ラグナさんと同じくらいの歳の」
孫。
子供じゃなくて、孫。
そうだよな。もうそういうのがいて当然の歳だよな。
しかし、二人暮らし?
その子の両親はどうしたんだろう。
俺は疑問を顔に出していたらしく、ロミーがそれに答え始めた。
「私の息子とその妻は冒険者でね。一度街を出たら、何ヶ月も帰ってこないの。それでもたまに帰ってくるからまだマシなんだけど……私の兄なんか、塔の最上層に行くんだって家を出て……そのあと一度だけ帰ってきたけど、それっきり。今頃、どこで何をしているのかしらね」
そのろくでもない兄貴は七層で死んだあと転生して、目の前でハーブティーを飲んでいるよ、と言ってやりたかった。
「……それでお孫さんは?」
俺は話をそらすことにした。
それに実際、ロミーの孫に会ってみたい。
だが俺が質問すると、ロミーは表情を曇らせた。
「あの子は……エマっていうんだけど。あの子はね。病気なのよ」
「病気?」
「ええ。原因は分からないんだけど、生まれつき体が弱くて。ちょっとしたことで体調を崩して熱を出しちゃって……今も二階で寝ているわ。かわいそうに。いつも窓から外を眺めて、走り回っている同年代の子たちを羨ましそうに見ているの。調子がいいときは少し歩くくらいならできるんだけど……」
なんと。
そんなことになっていたのか。
「あの子の両親は、高い薬を買うために冒険者をしているの。危険だけど、稼ぎはいいから……でも、苦労して買った薬も効いてるのか効いてないのか……庭のハーブも、エマの体に少しでも効けばいいと思って育ててるの」
病気か……俺は回復魔法を多少使えるが、病気を治すような魔法は覚えていない。
医術の心得もない。
一つだけ心当たりがあるとすれば……。
「おばあちゃん……その人たち、お客さん……?」
扉を開けて、パジャマを着た少女が入ってきた。
不安そうにウサギのぬいぐるみを抱きしめている。
俺と同じくらいの年齢だ。
顔立ちは、どことなく昔のロミーに似ている。ただし、比べものにならないほど痩せ細っていた。
「まあ、エマったら。寝ていなきゃ駄目じゃない」
「ごめんなさい。でも、窓からその人たちが見えたから……」
エマはちらりと俺とクラリスに視線を向ける。
同年代の子供が家にやって来たので、気になるのだろうか。
ロミーから聞いた話だと、エマはろくに外で遊ぶこともできないようだ。
もしかしたら友達がいないのかもしれない。
「この人たちは、おばあちゃんのお客さんよ。エマも遊びたい気持ちは分かるけど、ほら、熱があるじゃない。元気になったら、おばあちゃんが遊んであげるから」
「うん……」
ロミーに抱き上げられたエマは、大人しく頷いた。
実際、立っているのも辛そうだった。
寝てばかりでつまらないというのは分かるが、ベッドで横になってもらうしかない。
とはいえ――。
「二人とも、ごめんなさい。この子を寝かせてくるから、少し待っていて」
「あの。もしよろしければ、俺たちも一緒に行っていいですか? それでエマさんと少しお話ができれば……」
「あ、そうね。私もエマちゃんとお話ししたいわ」
「私とお話ししてくれるの!?」
ロミーに抱かれたままエマは、ぱっと笑顔を作った。
それだけで彼女がどれだけ退屈しているのか分かる。
「それは、ええ、ぜひ! 私からもお願いします」
と、ロミーが言う。
そして俺たちはエマの部屋に移動した。
ベッドに寝かせられたエマは、わくわくした顔で俺とクラリスを見る。
「ねえねえ。あなたたちってこの街の人? 外から来たの? 冒険者? 強いの? なんて名前? 何歳?」
「そんないっぺんに質問されたら困っちゃうなぁ」
ロミーに勧められ、俺とクラリスは椅子に座る。
まずは名前と年齢の自己紹介。
そして、塔の外から来たこと。最上層を目指す冒険者であることを話す。
一層のグリーン・サーペントでレベル上げをした話。
転送門に辿り着いたとき、校長が追いかけてきた話。
二層のアディールシティで代官の息子を救出した話。
などなど。
俺とクラリスが語る物語を、エマは目を輝かせて聞いた。
「いいなぁ……私もお外に行きたいなぁ……街の外じゃなくていいから、せめて家の外を思いっきり走ってみたいなぁ」
エマは一言一言に想いを込めて、祈るように呟いた。
とてもとても、ささやかな祈り。
けれど、切実な祈り。
きっと俺やクラリスが最上層を目指しているのに匹敵するくらいに。
「ねえ、ラグナ。クラリス。また遊びに来てくれる? また冒険の話、してくれる?」
エマは懇願するように言った。
断るなんてできるわけがない。
「……うん。いつかまた来るよ。必ず」
「お姉さんたちが、いーっぱい面白い話を聞かせてあげるからね!」
そう約束して、俺とクラリスは、その家をあとにした。




