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55 メヤームシティ

「クラリスさん。あれがベルナー公国の首都『メヤームシティ』だよ」


「わぁ、凄い! 湖の中に街がある!」


 丘の上からそれを見たクラリスは、目を輝かせ、興奮した様子になる。

 俺も前世の故郷に来るのは久しぶりだけど……こうして改めて見ると凄い光景だ。

 ちなみに、もともと湖があった場所に街を作ったのではない。


 周辺の川から水を引き込み、水路をいくつも作ったら、街の面積の大半が水路になってしまったのだ。更に外周をぐるりと幅広い堀で囲んでいる。

 クラリスのような何も知らない人が見たら、小さなブロックに分かれた街が湖に浮かんでいるようにしか見えないだろう。

 水が豊富な二層でなければ成立しない街だ。


 モンスターが侵入してこないよう、水路と川の境目に、丈夫な鉄格子が沈められている。

 万が一、それを突破するモンスターがいても、水路のあちこちにある水門を降ろして、モンスターの移動を止めてしまう。そして陸に上がる前に、冒険者が仕留めるのだ。


 そこまでやってもごく稀にモンスターが街に侵入してくることがある。

 だが、この街の人々は、巨大な水路がある景色を愛していた。

 今更、少々の危険があるからといって水の流れを止めたりはしない。


「ラグナくん、ラグナくん! 早く行きましょう!」


「今行くよ。そんなにはしゃぐと転んじゃうよ」


「転ばないわよ……あたっ」


 俺を振り返りながら丘を下っていたクラリスは、石につまずいて転んだ。

 期待を裏切らない人だなぁ。


「ふぇぇん……」


「ちゃんと前を見なきゃ駄目でしょ」


 俺はクラリスに腕を伸ばす。


「はーい……でも、盛大に転んだ割に、服は少しも破けてない! 強度上昇を付与したおかげね!」


 クラリスは俺の腕を掴んで立ち上がる。


「なるほど。つまりクラリスさんは、服の耐久テストのために転んだんであって、別にドジをしたわけじゃない、と」


「そ、そうなのよ! 私って気が利くでしょ!?」


「はいはい。そんな嘘ついてると置いてくよ」


「むむ! ラグナくん、そんな意地悪言うと、耳をはむはむするわよ!」


「なっ!」


 俺はクラリスから遠ざかり、手で両耳を押さえた。

 耳は……耳はヤバイ!


「そっちがそう来るなら……俺はクラリスさんの足をくすぐるしかないな……!」


「あ、足をくすぐられながらでも、耳はむはむできるんだから!」


 俺とクラリスは睨み合う。

 お互いが持っているのは必殺のカード。

 それを使うということは、同じ威力の報復が帰ってくるということだ。

 かつてない緊張感!


「もうやめましょうラグナくん……争いは何も生まないわ……」


「そうだねクラリスさん……俺たちは仲間なんだ。さあ、街に行こう。食べ歩きが待ってるよ」


「食べ歩き! わーい」


 その一言で笑顔に戻ったクラリスは俺の手を取ってピョンピョン跳びはねる。

 ふぅ、やれやれ。危ないところだった。

 なにせ彼女はただ俺の耳を甘噛みすればいいだけだが、俺はブーツを脱がせてからくすぐらなきゃいけないというハンデを背負っている。戦いになったら俺が不利だった。

 これからはクラリスをからかうのも命がけだ。

 まあ、それでもやめないんだけど。楽しいから。


「ビスケット~~チョコレート~~イチゴパフェにスライムパフェ~~♪」


 クラリスは俺の手を握ったまま、謎の歌を歌いながら歩いて行く。

 特別上手なわけじゃないけど、聞いていて楽しくなってくる歌声だ。


 そして橋を渡って堀を越え、メヤームシティに入る。

 あらゆる方向から水の音が聞こえてくる街。

 遠くから見てもその水量は分かるが、こうして中に入ると、また一味違う。


 最初に目に飛び込んでくるのは、水面が映し出す空の青色。

 そこを行き交うゴンドラ。

 沢山のアーチ状の橋。

 まさに『水の都』という言葉がふさわしい。


 しかし、それら幻想的な景色だけが、この街の姿ではない。

 水路沿いの道路には露店が並び、客足が絶えない。レンガ造りのパブでは昼間から酒を飲んでいる人々がいる。

 休憩中のゴンドラ漕ぎたちが談笑しながら食事をとっている。

 露天で武器を値切ろうとしている冒険者がいれば、両手一杯の食料を買って歩いているおばさんもいる。


「すごい……すごい、すごーい! こんなに綺麗で活気のある街を見たの初めて!」


「人口は塔の外のほうが多いと思うけど。こっちのほうが賑やかな気がするよね」


「うん! ねえ、ラグナくん。あの船に乗りたい!」


「ゴンドラだね。じゃあ、それに乗って宿まで移動しようか」


 俺は手を挙げて空いているゴンドラを止める。

 そして値段が手頃な宿まで乗せてくれと頼んだ。


 ゴンドラは静かに水路を進み始めた。

 クラリスは嬉しそうに景色を眺める。

 俺も懐かしくて、つい見入ってしまった。

 何というか、ここにクラリスを連れてくることができたというのが嬉しい。

 なぜだか分からないけど、一人で来るよりも嬉しい気がする。


 街の様子は、変わったところもあるけど、ほとんど同じだ。

 前世の実家も残っているだろう。両親が生きているということはないだろうが……そのうち外観だけでも見に行こうかな。


「着きましたぜ」


「ありがとうございます」


 俺はゴンドラ漕ぎに船賃を払い、クラリスの手を引いて陸に上がる。

 小さいが小綺麗な宿が目の前にあった。

 中に入って、部屋を二つ借りたいと申し出る。

 すると――。


「ごめんなさい。二人部屋なら空いてるんだけど、そっちでいいかしら?」


 宿のおばちゃんにそう言われてしまった。


「ラ、ラグナくん……どうしよう……」


「うーん……今から他の宿を探すの面倒だし、二人部屋でいいかな。安いし」


 というわけで、俺たちは同じ部屋に泊まることになった。

 案内された部屋は、掃除が行き届いていて文句なし。ダブルベッドが一つしかない……というオチもなく、ちゃんとベッドが二つあった。


「あの値段でこの部屋ならお得だね。案内してくれたゴンドラの人に感謝しなきゃ。それでクラリスさん、どうしてそんなモジモジしてるの?」


「だ、だって……ラグナくんと同じ部屋……」


「今まで何度も一緒に野宿してるじゃん」


「野宿と一緒の部屋は違うでしょ!」


「違うかなぁ?」


「違うの!」


「だとしても、別にいいじゃん。ほら、クラリスさんは大人のお姉さんなんだから、年下の男の子と同じ部屋でも問題ないでしょ」


 俺は挑むようにニヤリと笑ってみた。

 クラリスは「ぐぬっ」と唸る。


「そうね! 照れくさくなんかないんだから! ラグナくんこそ、照れくさくても我慢するのよ!?」


「俺は全然照れてないから平気だよ」


「少しくらい照れなさいよ!」


 クラリスは頬を膨らませながら、枕をぼふぼふ叩いた。

 そんなに照れて欲しいのか。

 じゃあ、ちょっとやってみよう。


「あー、どうしよう。憧れのクラリスお姉さんと一緒の部屋なんて恥ずかしいなぁ。緊張しちゃうなぁ」


「棒読み! 棒読み過ぎる!」


「注文が多いなぁ。そんなことより、ほら。ちょっと早いけど晩ご飯食べに行こう。食べ歩きだよ」


「食べ歩き! わーい」


 どうやら『食べ歩き』という言葉は、どんなときでもクラリスの機嫌をたちどころに直してしまうらしい。

 凄いぞ。

 この最強の言葉があれば、俺はもう耳をはむはむされずに済むかもしれない。

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