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54 武器と衣服の強化

 ジョージたちを救出した次の日。

 俺とクラリスはアディールシティを出発した。


 次の目的地は、ベルナー公国の首都『メヤームシティ』。

 前世の俺の生まれ故郷。

 アディールシティからは、歩いて三日くらいの距離だ。


「ねえ、ラグナくん。そのメヤームシティに行くと何があるの?」


 道を歩きながらクラリスが質問してきた。

 ちなみにクラリスは出発前に地図帳を処分し、代わりに二層全体の地図を購入していた。

 どうやらクラリスは地図を眺めるのが好きなようだ。

 塔を冒険するのに地図は重要なので、いい趣味である。


 俺はこの二層を早々に通過する予定だったし、おおむね頭に入ってはいるが、それでも地図はあったほうがいい。

 地図があるせいで、寄り道したくなる危険があるけど……それもまた冒険の醍醐味だ。


「二層で一番大きな街だから、色んなものがあるよ。武器も防具も魔導書も、その他のアイテムも、情報も。まあ、何を手に入れるにしてもお金がかかるけどね」


「ふーん。逆に言えば、私たちが何かレアなアイテムを見つけたら、買い手を探しやすいってことね」


「そうそう。クラリスさん、頭いいね」


「むむ? ラグナくん、やっぱり私のことバカだと思ってるでしょ!」


「えー……今のは本当に感心してたのに……」


「わわっ、ごめん! 落ち込まないで!」


 クラリスは俺をむぎゅーっと抱きしめてきた。

 俺の顔が丁度、彼女の胸のところに当たる。

 なのに柔らかくない……うーん……。


「落ち込んでないよ。大丈夫」


「よかったぁ……それで、メヤームシティに行ったら何をするの?」


「アディールシティと同じくレベル上げだよ。ずっと同じ場所にいると飽きるから移動するんだ。そのほうが結果的に効率がよくなる。色んなモンスターと戦ったほうが経験になるしね」


「なるほど」


「あとメヤームシティは大きな街だから、観光もできる」


「観光……食べ歩きしたい!」


 食べ歩きかぁ……確かに栄養をとるのは大切だ。

 クラリスだけでなく、俺も。

 早く大きくなりたい。


「懐に余裕があるからいいよ。でも遊んでばっかりは駄目だよ。ちゃんとレベル上げしなきゃ。それでまだ先の話だけど、クラリスさんがレベル5になったら、三層に行くための『資格』を入手しに行く」


「資格?」


「うん。前に言ったでしょ。一層から二層への転送門は、ただ辿り着くだけで使えるけど、そこから先の転送門を使うには条件があるって」


「覚えてるわ」


「二層から三層に行く転送門を使うには、とあるモンスターを倒さなきゃいけないんだ。そのモンスターにトドメを刺した人だけが、転送門を使える」


「へえ……そのモンスターって強いの?」


「そりゃ、普通のよりはね。でもドラゴンなんかと比べたら弱いよ。俺がそのモンスターの体力を削ってクラリスさんにトドメだけ任せてもいいんだけど……どうせなら、一人一匹ずつ自力で倒そうよ」


「そうね! いつまでもラグナくんに頼ってばかりいられないし!」


「その意気だよ。俺の理想は、クラリスさんが戦闘中に俺を助けてくれるようになることだから」


「私がラグナくんを助ける!? でも、そうね。仲間なんだから当然だわ。よーし、頑張るわよぉ!」


 クラリスは歩きながら大声を上げる。

 やる気たっぷりな彼女を見ていると、こっちまで元気になってくる。

 ここで「ラグナくんみたいに強い人を助けるなんて無理ぃ」なんて言われたら失望してしまうが、クラリスはそんなことを言わないのだ。

 俺はそう信じていたし、彼女は信頼に応えた。

 この子は何年か先、本当に俺を助けてくれるようになる。

 二人なら七層のモンスターたちとも戦える。

 そんな予感がするのだ。


「流石はクラリスさん。頼りがいのあるお姉さんだね」


「そ、そうでしょ! うふふ、もっと甘えてもいいのよ」


「そうやってすぐ調子に乗るところがまだまだだね」


「ラグナくんのいじわる!」


 クラリスは俺の肩をポカポカ叩いてきた。

 俺は小走りで逃げる。

 そうやって遊んでいると、あっという間に暗くなってきた。

 やはり一人旅より二人のほうが、時間が進むのが早い。


「今日はここで野宿だ」


「じゃあ、まずは晩ご飯ね。ビスケット~~ビスケット~~♪」


 道ばたに丁度いい石があったので、それを椅子の代わりにする。

 相変わらず二層は水辺だらけなので、飲み水には困らない。

 晩ご飯を食べ終わった俺は、ジョージにもらった剣に魔法属性を付与することにした。


 なぜこのタイミングかと言うと、魔法効果付与はかなりMPを使うからだ。

 日中にやって、そのあとMP不足になったりしたら困る。

 しかし今日はもう寝るだけだから問題ない。

 寝て起きればMPは完全回復している。

 というわけで、鋼の剣に『強度上昇』と『切れ味上昇』を付与する。



――――――――――――――――――――――――――――――――――

このアイテムに名前を付けることができます。

――――――――――――――――――――――――――――――――――



 おっと、そうだった。

 魔法効果を付与すると、名前を決めなきゃいけないんだった。

 鋼の剣のままでもいいけど……せっかくだから変えたい。

 とはいえ、ラグナの剣は嫌だ。別にこれを恒久的に使うんじゃないんだから。



――――――――――――――――――――――――――――――――――

名前:鋼の剣・改


・魔法効果

強度上昇:F

切れ味上昇:F

――――――――――――――――――――――――――――――――――



 よし。無難にこれでいいだろう。

 MPを20消費した。

 今日はモンスターとほとんど遭遇しなかったので、まだ余裕がある。

 その辺の石ころに魔法効果付与して、MPを使い切っちゃおうかな。

 何度もスキルを使わないと、レベルアップしたときにスキルランクが上がらないし。


「あ、そうだ。クラリスさんの服に『強度上昇』を付与しよう」


「え、私の服?」


「うん。MPが余ってるから。俺の所持品はもう片っ端から付与してあるけど、クラリスさんのはまだだった」


「つまり私の服が頑丈になるってことね。そういうことができるなら、もっと早くやってよ、もう」


「ごめんごめん。でも毎日こんなにMPに余裕があるわけじゃないし」


 それに金属製の武器防具ならともかく、布の服に『強度上昇:F』を使っても、敵の攻撃を防ぐ役にはたたない。

 破れにくくはなるけど、それだけだ。


 もちろん、服が破れにくいというのは素晴らしいことである。

 町中ならともかく、今みたいな野原の真ん中で服に穴が空いたりしたら大変だ。新しいのを買うのは無理だし、直すにしたって限度がある。

 だから強度を上昇させた服や靴は、冒険するとき重宝する。

 なのに俺がクラリスに強度上昇を使ってやらなかったのは……単純に忘れていたからだ。


「あ! もしかしてラグナくん、私の服が破れたらいいなぁ……とか考えてたでしょ! えっち!」


「いや、全く。どうしてそういう方向に考えるの? クラリスさんがえっちだからって、他の人もえっちなこと考えるなんて思わないほうがいいよ」


「うにゅ! わ、私はえっちじゃないもん!」


 クラリスは腕をバタバタと振って否定する。

 しかし、助かった。

 クラリスがえっちなおかげで、強度上昇のことをすっかり忘れていたのを追及されずにすんだ。


「とりあえず、ブーツから始めようか。足をこっちに向けて」


「こう?」


 クラリスは岩に座ったまま、両足をこっちに伸ばしてきた。

 魔法効果付与は対象に直接触れないとできないので、俺はブーツを手で押さえ、片方ずつ強度上昇を付与した。

 名前は『頑丈なブーツ』だ。分かりやすい。


「はい、オッケー」


「ありがとう。でも、どうしてブーツからなの?」


「そりゃ靴が一番壊れやすいからね。俺が前に履いてた靴なんか、強度上昇付与してたのに一層を通過しただけでガタがきちゃったよ」


「それはラグナくんがもの凄いスピードで動くからでしょ」


「まあ、そうなんだけど。クラリスさんもレベルが上がると、靴が傷むの早くなるよ。そうなる前に強度上昇を付与しておけば、まぁまぁ長持ちするはず」


「なるほど……じゃあ次は服をお願い」


「了解」


 服は『丈夫な服』という名前にした。分かりやすい。分かりやすいのは大切だ。断じて名前を考えるのが面倒くさいわけじゃない。


「まだまだMPが余ってるなぁ。スカートにも付与しようか」


「うん、お願い……って、触らなきゃ駄目なんでしょ?」


「そうだけど」


「……めくっちゃ駄目だからね?」


「めくらない、めくらない」


 俺がそう答えると、クラリスはホッとした顔になる。


「クラリスさん、そんなに俺がスカートめくりしないか不安だったの? ショックだなぁ……」


 割と本気で傷ついた。


「べ、別にラグナくんだから特別不安とかじゃなくて……! だって、小さい男の子ってスカートめくり好きじゃない。私も近所の子にやられたことあるし……ラグナくんもそうなのかなぁって」


「ああ、うん。確かにそういう奴もいるね。俺は違うから大丈夫」


「よかったぁ。ごめんね、疑ったりして」


 と、クラリスの信頼を勝ち取ったところでスカートをめくるというギャグをかましてみようかと思ったが、今後の関係が本気でこじれるかも知れないのでやめておいた。別にめくりたいわけじゃないし。

 俺は真面目に『丈夫なスカート』を完成させる。


 それでもMPが余っているので、カチューシャや胸のリボン、リュックサック、毛布など、思いつく限りの物に付与していく。


「あとは何があるかなぁ」


「うーん……靴下くらいかしら?」


「ああ、それがあったか。じゃあクラリスさん、ブーツ脱いで」


「……」


「あれ、どうしたのクラリスさん。黙り込んじゃって。もしかしてブーツの中が蒸れてるとか? 俺、そういうの気にしないから大丈夫だよ」


「そ、そんなんじゃないし! ラグナくん、デリカシーないのね!」


「えー」


 デリカシーとか言われても、よく分からないな。集団行動が苦手なのは自覚あるけど。


「……そーっと触ってね?」


 ブーツを脱いだクラリスは、恐る恐るといった様子でつま先を俺に向ける。

 何をそんなに怖がっているんだろうか。

 俺は不思議に思いながら、その足に触れた。

 瞬間。


「ひゃぁんっ! ラグナくん、くすぐったい!」


「ご、ごめん……え、そんなに?」


 クラリスがあまりにも大きな声を出すものだから、俺も驚いてしまった。


「うぅ……私、足を触られると駄目なのよね……」


「そりゃ俺だって足の裏を触られたらくすぐったいけど……俺は足首を触ったんだよ。どこならくすぐったくないの?」


「ぜ、全部くすぐったい……」


「あっそう。それならどこを触っても一緒だね。すぐに終わるから我慢して」


「え、ラグナくん、そんな、待って、ひゃぁぁぁんっ!」


 俺は逃げようとするクラリスを捕まえ、強引にそのつま先を触った。

 そして靴下に強度上昇を付与。


「ふぇぇ……ラグナくん酷いよぉ……」


 クラリスは草むらにぐったりと横たわったまま半べそになる。

 悲惨な格好だ。

 だが、彼女の試練は、まだ半分終わったばかりだ!


「ほら。もう片方の靴下もやるよ」


 俺がそう呟いた瞬間、クラリスは青ざめた。


「も、もういいから! 靴下なんか丈夫にしなくてもいいから! 穴が空いたって別に……あひゃぁぁぁぁぁんっ!」


 よし。これで両方の靴下が『丈夫な靴下』になった。


「クラリスさん、お疲れ様。これでちょっとやそっとじゃ靴下に穴あかないよ」


「ふぇぇん……靴下なんて新しいの買えばいいだけなのにぃ……」


「駄目だよ。お金は節約しなきゃ。ところでクラリスさん。靴下を脱いで俺に渡せば、そんなにくすぐったい思いをしなくて済んだんじゃないの?」


「……え?」


 クラリスの目が点になった。


「……ラグナくん。それ、さっきから気づいてたの?」


「うん。クラリスさんの反応が面白いから黙ってたけど。いやぁ、まさかそんな腰が抜けるほどくすぐったがるとは思わなかったよ。ごめんね」


 俺は素直に謝った。

 謝ったというのに、どうしてかクラリスは目をすーっと細めて俺を睨んでくる。


「ゆ、許さない……今度ばかりは、いくらラグナくんでも許さないもん!」


「わっ、クラリスさん!?」


 クラリスはいきなり飛び上がったかと思うと、俺にのしかかってきた。

 そして――。


「ラグナくんも同じ目にあわせてやるんだから! えい、こしょこしょ」


 俺の脇腹をくすぐり始める。

 ……やばい。これはくすぐったい。

 怪我をするほどの攻撃がきた場合、自動的に障壁がそれをガードしてくれる。その障壁の残量がHPだ。

 しかし、くすぐられても障壁は働かない。だからいくらHPや耐久力が高くても、防ぐことができないのだ。

 こうなったら気合いで耐えるしかない。


「こ、このくらいじゃ全然平気だなぁ……」


 俺は強がってみせる。

 これでクラリスが諦めてくれたらいいんだけど。


「むー、じゃあこれはどう!?」


 クラリスは俺に顔を近づけてきた。

 な、何をするつもりなんだ!?


「はむはむ……」


「うわっ!」


 クラリスは俺の耳を甘噛みしてきた!

 なんてことのない攻撃のはずなのに、俺の体はビクンと痙攣するように跳ねる。

 え、え、ちょっと待って。

 なんで俺、こんなに反応してるんだ……?


「うひひ……ラグナくんの弱点、みーつけた」


「クラリスさん、ストップ。待って。耳は、駄目みたいだ……」


「待たないもん。私が待ってって言っても、ラグナくん待たなかったでしょ。だから……ふぅぅ……」


「っっっ!」


 クラリスの吐息が耳を包み込んだ。

 くすぐったいくすぐったい!


「甘噛みするのと、ふーってするの、どっちがくすぐったい?」


「どっちも、やめて……」


「じゃあ、両方を交互にやるわね。はむはむ……ふー」


「クラリスさん! 謝るから! 謝るから許して! あっ、クラリスさん、あ、あああ!」


 こうして俺はクラリスに初めて敗北を喫したのであった。

 ……くそ、悔しい。

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