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47 近づいてはいけない場所

 そして俺たちは靴屋にやってきた。

 冒険者が集まる店は色々あるが、どうして靴屋かと言えば、丁度、俺の靴がボロボロになってきたので買い換えるためだ。


 何せ、冒険者はとにかく歩く。モンスターと戦っている時間より、歩いている時間のほうが遙かに長い。

 当然、靴はすぐ駄目になってしまう。

 冒険者にとって靴は、武器防具と同じくらい大切なものなのだ。


「クラリスさんのブーツはまだ大丈夫?」


「私のはまだまだ平気よ。あ、でもこの靴、可愛いから買おうかしら」


 と、彼女は店の商品を見て楽しそうに言った。


「無駄遣いしないで。今日は俺の靴だけ買う」


「はーい」


 俺は、サイズがぴったりで似たようなデザインの靴があったから、それを買うことにした。

 店内に冒険者っぽい客がいたら話しかけようと思ったが、見当たらないので、靴を買うついでに店員に聞くことにする。


「あの。この店って冒険者がよく来ます?」


「おう。俺が作る靴は丈夫だからな。この町を拠点にしている冒険者は、この店で靴を買うぞ。お嬢ちゃんも冒険者か?」


 と、店のおじさんが答える。


「俺は男ですよ……それで、冒険者から、この辺でメタル系モンスターが出やすい場所って聞いたことありますか?」


「なんだ、男の子だったか。沢山食べて早く大きくならんと、見分けがつかないぞ。それで何を隠そう、おじさんも昔は冒険者だったんだ。だからメタル系が出やすいと噂されてる場所なら知っている。地図はあるか? 書き込んでやろう」


 しまった。

 この辺の地理はだいたい頭に入っているから、地図をまだ買っていなかった。


「……クラリスさん。地図帳ってもう捨てちゃった?」


「捨ててないけど、宿屋に置いてきたわ。ラグナくんが荷物は置いて行けって言ったんじゃない」


「だよね」


 仮に地図帳がここにあったとしても、転送門から町までの道筋しか書いていないから、役に立たない可能性が高い。


「おいおい。冒険するなら地図がなきゃ駄目だろ。しかし、安心しな。お前らみたいな初心者のために、この辺の地図は用意してある。安くしとくぞ」


 ちゃっかりしてるなぁ。

 とはいえ、本当に安かったので、靴と一緒に買うことにした。

 情報料も込みと考えると、初心者冒険者のために地図を用意しているというのは本当のようだ。

 俺は初心者じゃないけどね。


「こことここと……そしてここだ」


 おじさんは二カ所に○を、一カ所に×を書いた。


「三カ所もあるんですね。ところでどうしてマルとバツで分けたんですか?」


「マルのところは、ま、何というか普通の場所だ。メタル系がよく出るって噂があるだけのな。だが、バツの所は近づくな」


 靴屋のおじさんは真剣な顔になって言う。


「バツ印には何があるんですか?」


「俺も実際に行って確かめたわけじゃないが、この山には滝があってな。その滝壺の中にメチャクチャ強いドラゴンが住んでいるらしい。この辺にいる冒険者じゃ誰も勝てないから、近づく者もいない。たまに命知らずが踏み込んで、そのまま帰ってこないって話だ。だが、その滝壺の周りにはメタル系モンスターが現われやすいんだそうだ」


「その滝壺、踏み込んだ人は帰ってこないんですよね。じゃあ、どうしてメタル系モンスターが出やすいって分かるんです?」


「誰が確かめたかなんて俺は知らない。ただ、昔からそういう噂があるってだけだよ」


「……ま、噂ってそういうものですからね」


 俺とクラリスは、おじさんに礼を言ってから、バツ印には近づかないと約束し、靴屋をあとにした。


「さて。バツ印の所に向かうか」


「え! ラグナくん、おじさんと約束したばかりなのに!?」


 クラリスはすっとんきょうな声を出す。


「だって。マル印の所は、他の冒険者がもう探してるだろ? それでも見つからないってことは、ジョージたちはそこにいないんだよ」


「その理屈は分かるけど……破る前提で約束するなんて、ラグナくん、悪い子!」


「だって、約束しないと帰してくれない雰囲気だったし。今はジョージたちを見つけるのが優先でしょ」


「そうだけど……ラグナくん、詐欺師になっちゃ駄目よ……?」


 クラリスは本気で心配している顔をしている。

 酷いなぁ。冒険者を長くやっていると人に騙されることも多いから、それに対抗して演技力がつくというだけのことなのに。

 ……いや、待てよ。それは詐欺師に片足をつっこんでいるということじゃないか?


「気をつけるよ……」


「ほんとにね」


        ※


 そして俺たちは、靴屋のおじさんが「決して近づくな」と忠告してくれたバツ印の場所へ向かう。


「地図を見る限り、この川沿いに進んでいけばいいみたいだ」


「川って沢山あるけど、本当にこれ? 間違ってない?」


「ちょっと自信ないけど……向かってるのはあの山だから。もし間違っててもすぐに分かるでしょ」


 俺が選んだ川は、途中で目指す山と別方向に伸び始めた。


「……あっちの川だったみたい」


「うふふ、ラグナくんでも間違えることがあるのね」


 クラリスは何やら嬉しそうに俺の脇腹をツンツンしてくる。

 俺は無言で橋を渡る。

 今度こそ正しい川についた。

 進んでいくと、山の麓が近づいてくる。


「今度は間違えなかったわね」


「間違えて欲しかったの?」


「そうじゃないけど。ラグナくん、小さいのに何でもできるから。たまに失敗してくれると、安心するわ」


「そういうものかな」


 しかし言われてみると、俺は七歳の子供としては、かなりおかしい。

 十三歳のクラリスとしては不安にもなるだろう。

 彼女を安心させてやるため、たまにわざと失敗してみようか。

 ……まあ、さっきは本気で間違えたんだけど。


「この川が、バツ印の滝壺に繋がってるはず。このまま進もう」


「でもラグナくん。日が暮れてきたわよ。夜に山に入るのは危険じゃない? 森になってるし……」


 クラリスが言うとおり、その山は木で覆われていた。

 ただでさえ夜に町の外を歩くのは危険なのに、森の中となればなおさらだ。

 俺一人なら何とかなるが、クラリスがいる以上、夜明けを待ってから山に入るべきだ。

 そもそも、今回の目的は人捜し。

 暗闇の中を手探りで進んでも、意味がない。


「今日はここで休むことにしよう。それにしてもクラリスさん。偉いね」


「ん? 何が?」


「夜に山に入るのは危険だって気づけて」


「ラグナくん、私のこと、馬鹿だと思ってるでしょ!?」


「……そんなことないよ」


 本当に。

 ちょっとしか思ってない。


 俺は鞄から『ゼンマイ式魔法のランタン』を取り出し、ゼンマイを回す。

 名前の通り、火を使わなくてもゼンマイを回すと明かりが灯る便利なアイテムだ。

 これは塔の外で買った物だが、塔内部のあちこちにあるダンジョンに潜るとその辺に落ちているので、壊れてもすぐに新しいのが手に入る。

 冒険の必需品だ。


「ビスケット~~ビスケット~~♪」


 クラリスは自分のリュックサックから取り出したビスケットを楽しそうに食べる。

 歌うほど美味しいのだろうか、と俺も同じように鞄からビスケットを出す。

 アディールシティの同じ店で買ったビスケットだ。

 もぐもぐ。

 なるほど、美味しい。歌い出すほどではないけれど。


「さてと。もう寝ちゃおうか」


「そうね。おやすみなさい、ラグナくん」


「おやすみ、クラリスさん」


 俺は鞄からタオルケットを取り出し体にかけ、木の根元に寝転がった。

 クラリスはリュックから毛布を出して、それを被って俺の隣に寝転がる。


「ねえ、ラグナくんは寒くないの?」


「別に。クラリスさんこそ暑くないの?」


「私はちょっと寒がりなところがあるから……」


 そう言ってから数秒後。


「やっぱりあっつい!」


 クラリスは毛布をバサッとさせながら起き上がった。


「だろうね」


「一層の夜だと丁度よかったのに……」


「一層は塔の外と気候が同じだからね。二層はもっと温暖なんだ。だから五月でも泳げるんだよ」


「うーん……でも何もかけないで寝たら風邪引きそうだし……」


 と呟きつつ、クラリスは俺のタオルケットをじぃぃぃと見つめてくる。


「あげないよ」


「うぅ……」


 唸られても、タオルケットは一枚しかないのだ。

 とはいえ、風邪を引かれても困る。

 どうしたものか、と考えていたら、クラリスが俺にくっつくように寝そべり、そしてタオルケットの半分を自分にかけた。

 なるほど。これなら一枚を二人で使える。


「わ、私がそばにいるからって、変なことしちゃ駄目なんだからね……!」


「変なことって何さ」


「変なことは……変なことよ!」


「俺はこのまま眠るだけだから安心して。むしろクラリスさんこそ、俺が寝てる隙に変なことしないでよ」


「するわけないでしょ!」


「今朝、俺が寝てる隙にベッドに潜り込んで変なことしてたじゃん」


「変なことじゃないもん! ぎゅーってしただけだもん!」


「それは変なことじゃないの……?」


「そ、そうよ!」


「ふーん。じゃあ、俺がクラリスさんをぎゅーってしてもいいってこと?」


「え、ラグナくん、私をぎゅーってしたいの……?」


「いや、特には」


「じゃあ、どうして聞いたの!?」


「クラリスさんがどういう世界観で生きてるのか気になって」


「世界観! そんなスケールの大きな話だったの!?」


「まあ、しょせんはクラリスさんの世界観だから、壮大なスケールは期待してないけど」


「酷い!」


 クラリスは俺の肩をポカポカ叩いてくる。

 いい感じのマッサージになって気持ちいい。

 安眠できそうだ。

 丁度そのとき、ランタンのゼンマイが切れた。

 星明かりだけが俺たちを照らす。


「ねえ、ラグナくん。今更だけど、塔の中で星が見えるなんて不思議よね」


「本当に今更だね。でも……確かに不思議だ」


 俺とクラリスはくっついたまま星空を見上げて呟きあう。

 実のところ、前世の俺は、あまりそういうことを思わなかった。

 なにせ塔の中で生まれ、一生を塔の中で過ごしたのだ。

 そこが建造物の内部であると、知識では知っていたが、確かな実感はなかった。


 しかし転生して、塔の外で生まれ育った。

 塔を外部から見て、俺は初めてそれが『大地に突き刺さった建造物』であると、肌で感じ取った。


 この『天墜の塔』は、各階層がとてつもなく広大だ。

 端から端まで歩くと、トラブルがなくても一ヶ月はかかってしまう。

 それも陸地の部分だけの話で、その外側には海が広がっている。

 階層ごとに世界が一つ入っていると言っても過言ではない。


 前世の俺は、それを当然だと思っていた。

 一層二層と呼んでいても、塔を上り下りしているという感覚は薄かった。


 今は違う。

 塔を外から見てしまった。その入口から中に入ったのだ。

 建造物の中に空があるという不思議さを、クラリスと共有することができる。


「……どうしてこんな塔があるのか。きっと、最上層まで行けば分かる。俺はそう信じてる」


「私もよ。絶対、一緒に塔のてっぺんまで行こうね、ラグナくん」


 いつの間にか、クラリスは星空ではなく、俺の横顔を見ていた。

 俺がそれに気づいて目を合わせようとすると、彼女は恥ずかしそうに目を星空に戻してしまった。

 それが可愛くて、俺は笑ってしまう。


「絶対に一緒に行こう。約束だ」


「……うん!」


 どちらからそうしたのか、あるいは同時なのか分からないが、いつの間にか俺たちは手を繋ぎ合っていた。

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