44 フレアファランクス
その姿形は普通のオオサワガニと同じ。
だが色は艶やかな銀色だった。
俺は自分の目を疑ったが、そいつは間違いなく茂みの中から現われ、そして俺たちの目の前を横切ろうとしていた。
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名前:メタル・オオサワガニ
説明:オオサワガニが突然変異でメタル化した姿。遭遇できるかは運次第。通常よりも硬く、動きも素早いが、倒したときに得られる経験値は遙かに高い。
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間違いない。
メタル系モンスターだ!
「ラグナくん、あのカニ、昨日のと色が違うんだけど……ラグナくん!?」
俺はクラリスの言葉に応えもせず、メタルのカニに向かって全力ダッシュした。
俺の接近に気づいたカニもまた当然、全力で逃げようとする。
凄まじい加速だった。
クラリスでは絶対に追いつけない。
しかし俺の俊敏性は四桁に達しており、いかにメタル系といえど逃しはしない。
「よし、捕まえた! おりゃっ!」
俺はメタル・オオサワガニを地面に押さえつけ、その甲羅を殴りつけた。
分厚い金属を殴ったような感触。
レベルの低い人がメタル系を素手で殴ると、逆に自分のHPが削れてしまうが、俺はもちろん平気だ。
二度、三度と殴るとメタルの甲羅がヘコみ、カニは口から泡を出してぐったりする。
「よし、今だクラリスさん! ファイヤーボールを連射するんだ!」
「え、でもカニの上にラグナくんが乗ったままよ……?」
「俺ごと撃つんだ! メタル系なんて次にいつ出会えるか分からない! こんなにじっくり狙える機会は一生ないかも知れない! 早く!」
「わ、分かったわ! ファイヤーボールッ!」
クラリスは意を決した顔になり、攻撃魔法を放った。
その火の玉は甲羅の上で爆発し、俺とカニを炎で包んだ。
本来、メタル系モンスターはこのくらいでは決して倒せない。
しかし俺が先に殴って弱らせていたことで、クラリスのファイヤーボールがトドメの一撃になった。
メタル・オオサワガニの体は光の粒子になって消えてしまう。
そして――。
「あ! レベル3になったわ!」
クラリスが嬉しそうに叫ぶ。
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名前:クラリス・アダムス
レベル:3
・基礎パラメーター
HP:40
MP:51(+20)
筋力:26
耐久力:28
俊敏性:31
持久力:28
・習得スキルランク
炎魔法:E 風魔法:F 回復魔法:G
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パラメーターの上昇の仕方が素晴らしい。
クラリスは『成長負荷の印』を持っている。これは普通の人より三倍の経験値を稼がないとレベルが上がらないというハンデがある代わりに、レベルが上がった際、普通の二倍パラメーターが上昇する。
三倍の経験値で二倍では割に合わないように思えるが、しかしレベルの上限は99なのだ。
クラリスはレベル50になった時点で、普通の人間のレベル99に匹敵するパラメーターになる。
そこから更に成長できるのだ。
経験値が三倍必要という条件のせいで、塔の外では「『成長負荷の印』はレベルが上がらないハズレの印」だと思われていた。そのせいでクラリスは思い悩んでいた。
だが実際は、誰よりも強くなれる可能性を秘めた印だ。
「二週間くらいかけてレベル3になってもらう予定だったけど……まさか二日でなっちゃうなんて」
「ふふふ、これが私の才能ね! と言いたいところだけど……運がよかっただけね。それにラグナくんがメタルのカニを抑えてくれたから命中させられたんだし。ありがとう!」
「どういたしまして。けど、運の良さって大切だよ。どんなに実力があっても、運がないせいで死んじゃう人もいるし。ま、運だけよくても実力が伴ってないと、昨日の三馬鹿みたいになるけど」
「そっかぁ……じゃあ私は運と実力を兼ね備えた冒険者になるわよ!」
とクラリスは杖を天高く掲げて宣言した。
「……ところで。メタル系を倒してレベルを上げるのは、戦闘技術が身につかないとか昨日言ってたわよね。こんな方法でレベル3になってよかったのかしら?」
「それは……いや、ほら。メタル系モンスターと一生出会わない人がいるくらい珍しいから。あのジョージとかいう奴みたいに、レベルが上がったことに満足して技術を磨くことを怠るのは駄目だけど、クラリスさんはこれからちゃんと修行を続けるから。だからメタル系を倒すチャンスは逃せないよ」
俺はちょっとしどろもどろになりながら言い訳した。
確かに昨日、お手軽な方法でレベル上げすることの弊害を語った。
なのにメタル・オオサワガニが現われた瞬間、我を忘れて追いかけてしまった。
正直なところ、興奮してしまったのだ。
戦闘技術を磨くことなど頭から抜け落ち、とにかくクラリスにトドメをささせることしか考えられなかった。
いや、もちろん、冷静な状態だったとしても同じ選択をした。
せっかく出てきたメタル系モンスターを逃がすなどあり得ない。
しかし、それはそれとして……あの興奮っぷりは、我ながら恥ずかしい。
「必死にカニを追いかけるラグナくん、ちょっと可愛かったぁ」
「……まあ、そんなことより。炎魔法スキルのランクがFからEになったってことは、新しい魔法を覚えたんじゃないの?」
「うん。フレアファランクスってのを覚えたわ!」
「へえ。どういう魔法だろう? 説明テキストを読んでもらってもいい?」
「えっとね。消費MPは30。複数の炎の槍を形成し、一斉発射する。威力と槍の数は調整可能。ただし炎魔法のランクによって上限がある。また複数の目標を同時に狙うことも可能だが、命中精度は使用者の技術に依存する……だってさ」
「複数同時発射か。攻撃を一カ所に集中させることも、分散させることもできるみたいだね。消費MPが高めだけど、かなり強そうだ」
「早速、使ってみたいわ!」
「そうだね。でも森の外に出てからのほうがいいかな。かなり広範囲を燃やしそうだし」
ファイヤーボールはボンッと一瞬爆発するだけなので、燃える範囲はたかが知れている。生木というのは意外と燃えにくいので、森の中で使っても火事にはならない。
さっき使ったファイヤーウェーブも、自分を中心に炎を広げる技なので、消火しやすかった。
しかしフレアファランクスはどうやら、遠距離に炎の槍を複数飛ばす技らしい。
どのくらいの炎が、どこに何カ所現われるのか未知数だ。
ましてクラリスはその魔法を初めて使うのだから、上手く制御できるわけがない。
この『天墜の塔』は、いくらモンスターを倒しても、時間が経てば自然に復活する。
だが森や岩といった自然物を破壊したら、ずっと壊れたままなのだ。
もちろん、草木は時間が経てば生えてくるが、燃えてしまった森が再生するには、何十年も何百年もかかるだろう。
何より、自分で起こした火事に巻き込まれて大ダメージなどということになったら、間抜けすぎる。
というわけで俺とクラリスは森を抜け出し、湖の近くまで移動した。
「水面に向かって撃てば、火事にならないよ」
「ラグナくん、頭いい! よーし、フレアファランクス! 最、大、出、力っ!」
クラリスの前方に、炎の槍が十本現われ、湖に向かって発射された。
狙いをつけたのかつけなかったのか、それぞれがバラバラの場所に着弾する。
「十本も出たわ! つまり、十匹のモンスターを同時に攻撃できるってことね!」
「そういうことだけど……クラリスさん、今のって、わざとバラバラに撃ったの?」
「……ううん。本当はもっと一カ所に集中させたかったんだけど……バラけちゃった」
クラリスは一気にトーンダウンした。
「ってことは、練習しないと、ただの無差別攻撃魔法だね。うっかり俺を攻撃しかねない」
「確かに……練習あるのみ!」
クラリスは二発目のフレアファランクスを発射した。
またバラバラ。
「……ラグナくーん、MPちょうだーい」
「はいはい」
俺はマナヒールでクラリスにMPを分け与える。
五発目を撃ったところで、ようやく十本を一カ所に集中させることに成功した。
それから、俺が投げた石を狙う練習もしてみたが、動く物体に命中させるのは流石に難しかったようで失敗した。
そして八発目で打ち止め。俺のMPもなくなってしまった。




