41 観光客じゃない
と、俺たちがタペストリーの前で話していたら。
「おやおや? ヴァルティア臭い奴らが来てるなぁ」
店の外から嘲るような声が聞こえてきた。
そちらに目を向けると、三人の少年がニヤニヤしながら俺とクラリスを見ていた。
年齢は十五歳前後か。
ステータス鑑定で調べると、真ん中にいるキザな雰囲気の奴はジョージ・ホイル。レベルは6。意外と高い。
その右側にいる太っているのがモグ・フライ。左側の痩せているのがシュー・スワン。この二人はレベル3だ。
「ちょっと! ヴァルティア臭いってどういう意味よ!」
クラリスが目をつり上げて抗議の声を上げる。
すると三人はますます嘲笑を深めた。
「だって君ら。タペストリーを買ったらすぐヴァルティア王国に帰ってしまう観光客だろう? ああ、やだやだ。そんな連中に冒険者を名乗って欲しくないね」
真ん中の少年ジョージが、やれやれという感じで前髪をかきあげながら言う。
クラリスは「何をぉ!」といきり立つ。が、俺は一理あるな、と思ってしまった。
ここでお土産を買って満足するようでは冒険者とは呼べない。
まあ、だからといって、この少年たちが『真の冒険者』だということにはならないが。
「私たちはちょっと立ち寄っただけよ! このまま三層を目指すんだから!」
「はっ! 三層だって? 僕たちですら行ったことがないのに、君らみたいなおチビさんが? おいおい、無理するなよ。君ら、レベルはいくつなんだい?」
「……2だけど?」
クラリスが答えると、
「レベル2だって!? はははっ、そんな低いレベルでよくここまで辿り着いたね! よっぽど運がいいらしい! その運が帰り道でも通用すればいいけどね、観光客くんたち」
ジョージたち三人はよほど面白かったのか、腹を抱えて笑う。
「だから観光客じゃないってば! それに私はまだ弱いけど、ラグナくんはすっごく強いのよ!」
「へえ。レベルはいくつなんだい?」
「レベル7だよ」
俺が答えた瞬間、少年三人はギョッとした顔になるが、すぐに硬直から立ち直り「くくく」と笑い始めた。
どうでもいいが、随分と笑う奴らだな。
人生、楽しそうだ。
「嘘をつくなら、もう少し現実的な嘘にしたらどうだい? レベル7じゃなくて七歳の間違いだろう?」
ジョージは前髪を、ふぁさぁ、とかきあげる。
「いや、七歳だけど、レベル7だ」
本当のことなので、俺は堂々と言う。しかし実際、嘘くさいよなぁ。
案の定、モグとシューが青筋を立てて怒鳴りだした。
「お前、ふざけるのもいい加減にしろよ! このメタルスレイヤーのジョージさんでもレベル6なんだぞ!」
と、モグが吠える。
「そうだ! 運と実力を兼ね揃えたジョージさんだからこそ、メタル系モンスターに遭遇し、そのチャンスを逃さず倒せたんだ。それでもレベル6なんだぞ。お前みたいなガキがどうやったらレベル7になるってんだ!」
と、シューが叫ぶ。
「でもラグナくんは本当に強いんだから! あんたたちなんか、ちょちょいのちょいよ!」
と、クラリスが言い返す。
……俺はこんな奴らに何を言われても気にしないから、穏便に終わらせたいんだけどなぁ。
「ふぅ……子供だからと優しく忠告してあげたのに。どうやら君たちには少し二層の厳しさを教えてあげる必要がありそうだね……これがメタルスレイヤー・ジョージの実力さ!」
ジョージは腰の剣を抜き放ち、俺に斬りかかってきた。
動きからして本気で斬るつもりはなさそうだ。
目の前で寸止めして驚かせるつもりらしい。
そもそもジョージの剣が直撃したところで、俺のHPが1も減るかどうか怪しいので、抵抗しなくても問題ない。
とはいえ、あまり調子づかせるのも面白くないな。
俺も自分の剣を抜いた。
そしてジョージが振り下ろした剣にぶつけ、弾き返す。
その衝撃に耐えきれず、ジョージは剣から手を放してしまった。
「えっ?」
ジョージは間の抜けた声を出す。
彼の剣は、店の天井に突き刺さる。
空っぽになった自分の手を見て呆然としているジョージを、俺は片手で軽く押してやった。
「えい」
わざわざかけ声を出してから手を出したのに、ジョージはまるで反応できていない。
まるっきり素人。
メタルモンスターを倒したと言っていたから、たまたま経験値が高いモンスターを倒してレベルだけ上がってしまったタイプだな。
レベルに対して技術が追いついていない。
店の外まで飛んでいったジョージは、モグとシューにぶつかり、三人仲良く地面に倒れる。
「やったー! ラグナくん強い!」
クラリスは背後から抱きついてきた。
身長差のせいで、俺の後頭部が彼女の胸に当たる。だが、さほど柔らかくなかった。
……頑張れ!
「ど、どういうことなんだ……気がついたら投げられていたぞ……?」
ジョージは夢でも見ているような顔をする。
「ジョージさん……まさかこいつ、本当にレベル7なんじゃ……」
とモグ。
「こんなガキが高レベルなわけがない! きっとたまたま床が滑りやすくなっていたんだ! そうに違いないですよジョージさん!」
とショー。
「……ああ、そうだ。僕はあいつに投げ飛ばされたんじゃない。床がツルツル過ぎて、自分自身の力で吹っ飛んだんだ! だから、お前が勝ったわけじゃないぞ!」
ジョージは立ち上がって俺を指さした。
いやぁ、その言い訳は無理があると思うんだけどなぁ。
そのとき、天井に刺さっていた剣が落ちてきた。
ジョージはビクッと驚く。しかし何でもない風を装って、剣を鞘に収めた。
「さて。今日のところは勘弁してやろう……! さあ、帰るぞモグ、ショー!」
「は、はい!」
「ジョージさん、待ってください!」
そして三人組は消えていった。
結局、何だったんだ?
「うふふ。私たちをタペストリーを買いに来た観光客だと侮るからこういうことになるのよ! 天罰!」
クラリスは自分が勝ったわけでもないのにはしゃいでいる。
調子のいい子だなぁ。
俺が温かい目でクラリスを見つめていると、そこに店のオヤジがやってきた。
「お前ら。店でこれだけ騒いでおきながら、まさか何も買わないで帰るとか言わないよな?」
そして俺とクラリスはタペストリーを一枚ずつ買うことになってしまった。
……もの凄くいらないぞ、これ。