04 兄を試合で倒す
「よお、ラグナ。また性懲りなく素振りか? いい加減、諦めろよな。お父さんのあとは僕が継いでやるから。お前は早く別の進路を考えておけ」
「デール。お前はまたそんなことを言って……『無能の印』でも一層でなら少しは戦えるんだ。それに冒険者にならずとも、体力を付けるのはいいことだ。素振りくらい好きにやらせてあげろ」
「ふん。お父さんもお母さんもラグナに甘すぎるよ」
「こら、デール。父さんも母さんも、お前たちには分け隔てなく接しているつもりだぞ。けど、ラグナ。怪我をしないように素振りはほどほどにしておけよ」
塔から帰ってきたデールと父さんは、俺を見るなりそんな話をしてきた。
デールは今、十一歳。俺より五歳年上だ。
去年から父さんにくっついて、塔に入るようになった。
もちろん一層。その中でも弱いモンスターしか出現しないエリアで活動しているらしい。
しかし親同伴とはいえ、十歳で塔に入った者は少ないとか。
デールは近所で自慢しまくっているし、同年代の子供は彼をヒーロー扱いしている。
そんなデールのステータスは、
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名前:デール・シンフィールド
レベル:1
・基礎パラメーター
HP:20
MP:16
筋力:8
耐久力:6
俊敏性:6
持久力:7
・習得スキルランク
なし
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実に情けない数値だ。
もっとも、この国にいる冒険者のほとんどはレベル1。
デールと似たような数値だ。
二層に行ったことがあるという父さんでも、
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名前:ブライアン・シンフィールド
レベル:2
・基礎パラメーター
HP:25
MP:19
筋力:13
耐久力:11
俊敏性:10
持久力:12
・習得スキルランク
炎魔法:G
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こんなものだ。
レベル2程度では、数人でパーティーを組んでも、二層で長時間の活動は難しい。
モンスターを一匹か二匹倒して帰ってくるのが限界だ。
実際、前世の俺も最初は、ベテラン冒険者に手伝ってもらい、二層で一番弱いモンスターを狙ってレベル上げをしていた。
レベル5になって、ようやく安定してソロで活動できるようになった。
5と数字にすれば簡単に聞こえる。
しかし父さんは三十歳を過ぎてもまだレベル2だ。ずっと現役で活動しているのに、その程度なのだ。
レベルを上げるのがいかに大変か、その事実だけでも分かる。
六層にいた連中は、最低でもレベル80台だった。
その領域に達するには、眠らなくても活動できるアイテムとか、寿命を延ばすアイテムとかを手に入れ、レベル上げに使える時間を増やすしかない。
……こうして冷静に考えると、頭おかしかったな。
まあ、その頭おかしいことをもう一度やろうとしているわけだが。
「父さんの後を継ぐ、か。うん、二層は兄さんに任せるよ。俺は最上層を目指すから」
「はぁ? 最上層だって? それは何層のことなんだ?」
「さあ? 分からないから挑みがいがある」
「やれやれ。僕の弟はついに頭がおかしくなったらしい」
デールは肩をすくめる。
奇遇だな。俺もついさっき、自分は前世から頭がおかしいなぁと思っていたところだ。
「ラグナ……お前が冒険者に憧れているのは分かった。頑張っているのも知っている。たとえ『無能の印』でも、お前ならもしかしたら二層に行けるかもしれない。だが最上層なんて言わないでくれ。父さんは三十三歳だ。この歳まで冒険者をやっていて、三層から帰ってきたという人にさえ会ったことはないんだぞ」
それは父さんの勉強不足だよ。
と言ってやりたかったが、育ててくれた親にそれは失礼だ。
「そうだそうだ! 人間が行ける限界が二層だ。三層から先の話もたまに聞こえてくるけど……あんなのはペテン師の戯言さ。三層の入り口にはきっと、無謀な連中の死体が転がっているだけだぜ」
「へえ、父さんにくっついて一層に入っただけの兄さんが、随分と知ったようなことを言うんだね」
俺は父さんは好きだが……デールが大嫌いだ。
なので遠慮しないで言い返してやる。
「何だと! 兄に向かってその口の利き方はなんだ! 言っておくが、僕は今日、一人でスライムを倒したんだぞ! ね、父さん」
「ああ。俺は横で見ていただけだ。デールは凄いよ。俺と同じ『剣士の印』を持っているだけある。どんどん剣が上達している」
父親に褒められたデールはご満悦だ。
どうやら大きな口を叩くだけあって、本当に頑張っているらしい。
強くなるためにはレベルアップし、パラメーターの数値を上昇させるのが必須だ。
しかし、ただ数値を上げただけでは、本当に強くなったことにはならない。
技術を磨かなければ、その力はただのじゃじゃ馬。
どんな名馬でも乗り手が下手くそでは、その力を発揮できない。
それと同じだ。
レベルが同じでも、技術が違えば、戦闘力も違う。
レベル99の冒険者が他にもいたのに、六層で俺が最強と呼ばれていた理由がそれである。
この国の冒険者は、ほとんどがレベル1だと聞いた。
強い弱いは、レベル1同士の戦闘技術で語られているはず。
父さんのようなレベル2は、頭一つ飛び抜けた別格扱いに違いない。
「父さんが褒めるってことは、兄さんは本当に強いんだな。けど、俺だってずっと素振りしてるんだ。負けないぜ」
「はっ! 実戦を経験した僕と、木刀で遊んでいるお前が勝負になるものか!」
正論だ。
俺がデールの立場でも同じことを言うだろう。
しかし、いい加減、両親に哀れみの目を向けられたり、兄に軽んじられるのも嫌になってきた。
まだ『状態異常:子供』は消えていないが……前世で培った戦闘技術だけでも、俺はデールも父さんも倒す自信がある。
そろそろ実力の片鱗を見せつけて、俺の言葉に説得力を持たせておくべきだろう。
「そんなに言うなら、俺と戦ってよ、兄さん」
「ほう、よく言った! じゃあ早速相手をしてやるぜ!」
「いや、今日はいいよ。塔から帰ってきて疲れてるだろ? 明日にしよう」
「何!? お前をぶちのめすのにそんなの関係あるか!」
デールは俺に飛びかかろうとしたが、父さんに止められた。
「こら、デール。お前が本気を出したら兄弟喧嘩じゃなくて、ただのイジメだ。父さんはそんなこと許さないぞ」
「……はい」
尊敬する父に叱られたデールは素直に謝る。
「ラグナ、お前もムキになるな。デールに勝てないことくらい分かるだろ? 父さんをこれ以上、心配させないでくれ」
「父さん。喧嘩でもイジメでもなく、ちゃんとした試合ならいいだろう? 父さんが審判になってさ。明日、俺と兄さんで戦うんだ。それで俺が負けたら、もう最上階を目指すなんて言わないよ」
「試合……? なるほど、分かった。ラグナはデールと戦って、自分の気持ちに整理をつけたいんだな。そういうことなら明日、試合だ。それが終わったら、無茶なことを言うんじゃないぞ」
「うん。負けたら、ね」
そして次の日の朝。
俺とデールは木刀を持って向かい合った。
近くで父さんと母さんが見つめている。
いつもはおっとりしている母さんだが、流石は元冒険者。
俺たちを止めることもなく、真剣な眼差しを向けていた。
「ラグナ。今から謝っても遅いからな。お前から言い出したことなんだ。父さんと母さんの前で恥をかくといい」
「兄さんこそ。あんまり油断してると大変なことになるって知ったほうがいい」
「お前……!」
デールは怒りで肩を震わせる。
ちょっと煽りすぎたかもしれない。
しかしデールの調子づき方は、身内として心配になるのだ。
いくら嫌いな奴でも、血の繋がった兄が命を落とすのは寝覚めが悪い。
油断大敵という言葉を胸に刻んで欲しい。
「それでは……始め!」
父さんの合図と同時にデールが木刀を振り上げ、俺に向かってきた。
今の俺は『状態異常:子供』によってレベル1程度の力しかない。
手足の長さを考えれば、身体能力はデールに軍配が上がる。
しかし動体視力や反射神経は、前世と同じ。
よって、デールの動きはあくびが出るほど遅い。
俺は右手の一振りでデールの剣を弾き飛ばし、左手でそれをキャッチ。
これで二刀流だ。
そしてデールの首を二本の木刀で挟む。
もちろん寸止め。
「勝負あり、じゃないかな?」
俺が呟くと、デールは何が起きたのか分からないという顔で瞬きをする。
「え、あ……な?」
父さんと母さんも、ポカンと突っ立っていた。
「す、凄すぎる……!」
「特別速いわけじゃないのに……流れるような動作……見えているのに真似できる気がしないわ……」
「今のを俺は防げるのか……? こうして一度見たあとでも……いや、来ると分かっていれば何とか……」
父さんと母さんはブツブツと独り言を始める。
俺の動きを見て、自分ならどうするかと考えずにはいられないのだろう。
「そんなに興味があるなら、父さんも俺と戦ってみる? というか俺は父さんと戦いたい」
いまだに口をパクパクさせているデールを無視して、俺は父さんに語りかけた。
これは別に冗談ではない。
レベル2である父さんに、レベル1相当まで弱体化した俺が通用するのかどうか、試したいのだ。
それにデールと違って、父さんの剣技はちゃんとしたもののはず。
味わってみたい。
「ま、待て! ラグナ、お前、インチキをしただろう! 何かは分からないがインチキだ! じゃないと僕が負けるわけない!」
デールはツバを飛ばしながらみっともなく叫んだ。
ここまで分かりやすく負けたくせに、インチキと言い張る根性が信じがたい。
「よせ、デール。父さんと母さんはずっと見ていたんだ。しかしラグナはインチキなどしていない。ただひたすら上手かっただけだ」
「父さんと母さんでも分からないくらい、巧妙にインチキをしたんだ!」
「デール。それはインチキとは言わない。技と言うんだ」
父さんにそう言われたデールは、へたり込んでしまった。
これで少しは身の程を知ってくれればいいが。
「さてと。デールが敗北を認めたところで、俺とやるぞ、ラグナ」
父さんは真剣な声で言った。
俺は嬉しくなり、笑ってしまう。
転生してから、初めての試合らしい試合ができる。
楽しみで仕方がない。