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37 二層到達

 今から約千年前。

 世界は原因不明の天変地異に襲われていた。

 度重なる地震で建物は次々と崩壊し、土壌が汚染され農作物は育たない。


 そんなとき、突如として空から巨大な塔が墜落し、大地に突き刺さった。

 星そのものを砕くのではないかという頻度だった地震は、それ以来、すっかり止まってしまった。

 そして人類は、塔の内部から見つかったアイテムで汚染された土地を浄化し、なんとか今日まで生き延びてきた。


 その塔は『天墜の塔』と呼ばれ、冒険者たちが内部を探索し、様々な発見をしてきた。


 だが――。


 塔を堕としたのは誰なのか。

 その最上階に何があるのか。

 まだ誰も答えを知らない。


 それらを知りたくて、塔を登る者たちがいた。

 ただ生き延びていくためだけなら、上を目指す必要などない。

 なのに彼らは『天墜の塔』を登り続ける。

 そんな者たちを、一部の人はこう呼んだ。

 真の冒険者、と。


        △


 そして無論、俺とクラリスが目指すのは塔の最上階だ。

 前世の俺は、前人未踏と思わしき七層まで辿り着いた。

 しかし、どれほどレベルを上げようと、どれほど剣の技を磨こうと、一人で行けるのはそこまでだった。

 今世は違う。今の俺にはクラリスという仲間がいる。


 クラリスはまだ十三歳の少女だ。

 冒険者としては未熟もいいところ。

 だからこそ、伸びしろがある。

 それにクラリスは、塔の最上階を目指すという強固な意思を持っているのだ。

 俺に夢を語ってくれたのだ。

 これほど頼もしいことがあるだろうか。


 仲間。

 俺は初めてできた仲間であるクラリスとともに、塔の二層にやってきた。


「わっ! 急に景色が変わった!」


 クラリスは目を見開き、不思議そうにキョロキョロと周りを見た。

 無理もない。

 俺だって前世で初めて転送門を使ったときは、似たような反応をしたものだ。


 俺とクラリスは数秒前まで、草原の中にある、一層の転送門の中に立っていた。

 そして今も転送門の中にいるのは同じだが、その外側に広がるのは草原ではなく大量の水だ。


 一層と二層を繋ぐ転送門。その二層側の台座は、大きな滝の淵に設置されている。

 よって片方を見れば大量の水が流れ込む川があり、もう片方は百メートル近い崖を落下していく滝を見ることができる。

 川岸からでも大迫力なのに、それを川の中心から見ているのだ。

 端的に言って――。


「ぎゃぁっ、怖い!」


 クラリスは悲鳴を上げて俺にしがみついてきた。


「クラリスさん、苦しいよ」


「だってだって! いきなり川の真ん中で、沢山の水が流れてきて、下を見たら凄く高くて……何で! 何でこんなところに来ちゃったの!?」


「俺に言われてもなぁ。転送門の出口をここに設置した人に言ってよ」


 転送門は、この『天墜の塔』が見つかったときから存在していた。ゆえにそれを設置したのは、おそらく人ではないのだろうけど。


「ラグナくん、転送門がここに繋がってるって知ってたの?」


「うん、知ってた」


「じゃあ先に教えてくれてもいいでしょ! 心の準備ができてたらこんなに驚かなくてもすんだのに!」


 クラリスは目をつり上げて叫ぶ。かなり怒っているらしい。

 俺は正直に理由を話すことにした。


「クラリスさんが驚いてるところを見たくって」


「もう! ラグナくん、どうしてそんなイタズラっ子なの!?」


「そういう年頃なんだよ」


「うぅ……ラグナくん、普段は大人っぽいのに、本質的に子供なんだから……」


 クラリスはぷくーっと頬を膨らませて文句を言ってくる。

 面白い顔だったので、俺はその頬を指でつついてみた。

 するとクラリスは俺の頬をつねってきた。

 結構、痛い。報復にしてもやり過ぎだろう。理不尽である。


 それにしても、俺が本質的に子供とは失礼な話だ。

 今の俺は確かに七歳だが、前世の六十年分の記憶がある。

 外見は子供っぽくても、本質は大人……のはずだ。

 自分でもいまいち自信がない。


 なにせ前世の俺とは、思考パターンが微妙に違う。

 前世ならおそらく、クラリスの頬をつついたりしなかっただろう。

 食べ物の好みだって変わった。

 記憶がそのままでも体が変わると、意識にも影響が出るということだろうか。


 まあ、それは些細な話だ。

 重要なのは『天墜の塔』の最上層を目指すという意思。

 これがある限り、俺は俺なのだ。


「さ、クラリスさん。いつまでもここで怖がってないで、移動するよ。日が暮れる前に町に行きたい」


「うん。それにしても水が多いわね……」


 台座から川岸にかかった吊り橋。クラリスはそれを渡りながら、滝の下に広がる大地を眺め、呟いた。

 彼女が言うように、滝だけでなく、あちこちに湖や川がある。陸地の部分のほうが少ないほどだ。


「二層は水のフィールドと呼ばれるくらいだからね。量だけでなく水質もいいから水不足になることはないけど、水中にはモンスターが生息してるから。気をつけなきゃ駄目だよ」


「そのくらい分かってるわよ。森の中と水辺はモンスターに注意ってのは、塔を探検するときの基本じゃない」


 と、クラリスは澄まし顔で言う。

 次の瞬間、吊り橋のすぐ近くの水面から、人間よりも大きな魚が飛び出し、俺とクラリスをかすめるように弧を描き、水しぶきを上げて水中に戻っていった。


「い、今の何!?」


「魚型のモンスターだよ。倒すとたまに切り身をドロップする。美味しいよ」


「そうじゃなくて! メチャクチャ大きかったんですけど!?」


「そう? もっと大きいモンスターなんて沢山いるよ。ちなみに大きい方が強い傾向にある」


「へぇ……今の魚、私でも勝てる……?」


「無理。食われて死ぬよ」


「食われる!? やだー!」


 クラリスはドタバタ走り、岸に向かっていく。

 そのせいで吊り橋はグラグラと揺れた。


「わー、揺れるの怖いぃぃ! でも食べられるのも怖いぃぃぃっ!」


 クラリスは叫びながらも何とか吊り橋を渡りきった。

 俺はそのあとを悠々と歩いて追いついた。


「クラリスさん。勝ち目がない相手から逃げるのは正解だけど、だからってそんなビビらなくても」


「だ、だって……あの魚、目がギョロッとして不気味じゃないの!」


「まあ、見た目は確かに。でもクラリスさんは、一層でグリーン・サーペントにも立ち向かってたんだから、あんな魚くらい、どうってことないでしょ」


「言われてみれば……よし! お魚モンスター、ドンと来いよ!」


 クラリスは自分の胸を拳で叩き、気合いに満ちた顔になった。

 いくら気合いをいれても一対一で勝てないことに変わりはないが、ビクビクして動けないよりはマシだ。


「さっきの魚、ジャイアント・ピラニアっていうんだけど、一対一で倒すならレベル6くらい欲しいかな。水中でしか動けないから、こっちから近づかなきゃ大丈夫。でも自ら陸地に上がってくるモンスターもいる。今のところ、クラリスさんが一対一で勝てるモンスターは、二層に一種類しかいない」


「一種類はいるの?」


「うん。一種類だけ。だから俺のそばを離れちゃ駄目だよ。仮にはぐれても、モンスターとの戦闘は避けて逃げに徹すること」


「分かったわ。ラグナくんと一緒にいればいいのね」


「そういうこと。というわけで、はい」


 俺はクラリスに手を伸ばした。


「え? なに? て、手を繋ぐの!?」


「うん。そうすれば万が一にもはぐれないでしょ。もしかして照れくさいの?」


「そ、そんにゃわけないでしょ!」


 と、クラリスは顔を真っ赤にして叫んだ。

 どうやらメチャクチャ照れくさいらしい。


「別に周りに誰かいるわけでもないのに」


「ラグナくんがいるでしょ!」


「そりゃ、俺と手を繋ぐんだから、俺はいるね……」


「ラグナくんはどうしてそんな平然としてるの? 年上の可愛いお姉さんと手を繋ぐんだから、少しは動じなさいよ!」


 ……まあ、確かにクラリスは可愛い顔だけど。

 別に手を繋ぐくらいで動じたりしないだろう、普通。


「そういうクラリスさんこそ、年下の可愛い男の子と手を繋ぐからって動じすぎでしょ。冒険者なんだから、もっとドシッと構えてないと」


「それ、冒険者とか関係あるかしら……? というかラグナくん、自分が可愛いこと自覚してるのね! もう! 生意気!」


 クラリスは一通り怒ってから、俺の手をギュッと握ってきた。

 ヤケクソ気味だ。

 ちなみに俺は昔から、母親にソックリだと言われ続けてきた。だから自分が女顔だという自覚がある。

 そもそも七歳の子供なのだから、男女の差がそれほどなくて当然だ。

 成長するに従い、男らしくなっていくに違いない……と俺は信じている。

お待たせしました。更新再開です。

明日と明後日も更新します。

そのあとは二日に一話のペースで更新予定です。

よろしくお願いします。

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