31 よし退学届を出そう
クラリスはぴょんぴょん跳びはね、それから俺に抱きつき、草むらに押し倒してくる。
「あはははっ! 本当にレベル2になったわ! ねえ、夢じゃないの!?」
「夢じゃないよ。言ったろ? 『成長負荷の印』でもレベルは上がるって」
「うん! うん! ラグナくん凄い!」
いつもは照れくさそうにツンツンするクラリスだが、今ばかりは喜びを隠すことなく、そのまま表に出している。
無理もない。ずっとレベルが上がらないと思い込んでいたのだから。
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名前:クラリス・アダムス
レベル:2
・基礎パラメーター
HP:30
MP:34(+20)
筋力:16
耐久力:17
俊敏性:19
持久力:17
・習得スキルランク
炎魔法:F 風魔法:F 回復魔法:G
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俺は鑑定スキルでクラリスのステータスを確認する。
やはり凄い跳ね上がり方だ。
普通のレベル2とは一線を画す。
「ねえ! どのパラメーターも十以上上がってるわ! レベルアップってこんなに凄いの!?」
「いや。それはクラリスさんが『成長負荷の印』だからだよ。普通の上げ幅は一桁だ」
「そうなの? 『成長負荷の印』って何なの?」
クラリスは草に寝転んだまま不思議そうな顔をする。
俺も寝転んだまま答える。
「まず、その印には大きなデメリットがある。他の印に比べて、約三倍のモンスターを倒さないとレベルが上がらない。『成長負荷の印』を持つ者はレベルアップしないと思われた原因がこれだね」
「そっか……普通にレベル2になるだけでも大変なのに、その三倍だもんね……」
オマケに『成長負荷の印』を持つ者の数が少ないので、諦めずにモンスターを狩り続けるとどうなるかという検証も進んでいなかった。
これが上の層だと、塔の攻略に命を賭けている奴らばかりだから、ありとあらゆる試行錯誤を繰り返し、印の特性を研究しまくっている。
「それでメリットは?」
「レベルアップしたときのパラメーターの上げ幅が、普通の約二倍なんだ。だからクラリスさんは、他の印のレベル3に相当する強さになっている」
「凄い! あれ、でも……モンスターを三倍倒さなきゃいけないのに、上げ幅が二倍って、損してる気が……」
「最初の内はね。でもレベルは99までしか上がらないんだ」
「えっ、そうなの!?」
そこからして知られてないのか……。
「最初の内は大変だよ。でもレベル50を超えた辺りから、クラリスさんは普通の人が辿り着けない領域に踏み込む。よほど偏った戦い方をしない限り、最終的に全パラメーター999も夢じゃないはずだ」
「全パラメーター999……!」
クラリスは息を飲み込んだ。
俺も自分で口にしておきながら、その凄まじさに震えた。
実現したら、本物のオールラウンダーだ。
俺も負けていられない。
「でも! レベル上げるのって大変なのに、更に三倍大変なんでしょ? レベル2とか3とかにはなれるとしても……そんな何十って上げられるの?」
「大丈夫だよ。大丈夫……いけるはずだ……」
俺は一度七層まで行った。レベルを99まで上げた。
前世は試行錯誤を繰り返しながらだったが……そのときの記憶はちゃんと頭に残っている。
次はもっと効率よく、最短で駆け抜ける。
たとえ三倍のモンスターが必要でも、この子が年寄りになる前に、レベル99にしてみせる。
「そのくらいできなきゃ、きっと『天墜の塔』の最上層なんて無理なんだ。確証はない。でも、そんな気がするんだ」
俺は仰向けになり、空に向かって腕を伸ばす。
するとクラリスも腕を伸ばし、手を重ねてきた。
「……私のお父さんとお母さんね、冒険者なんだ」
「へえ。強いの?」
「うん。強いよ。だって二人ともレベル3だもん」
「二人ともか。それは凄いなぁ」
この国ではレベル2すら珍しいのに、夫婦揃ってレベル3とは凄い戦力だ。
「有名人?」
「どうかしら。自分たちがレベル3になったって言いふらしてなかったし。それに……今はこの国にいないし」
この国にいない?
どういうことだ?
「二年前にね。三層を目指すって、私を親戚の家に預けて、塔に入って……それっきり。かわいい娘を残して、けしからん親だわ」
クラリスは空を見上げて淡々と語る。
「だからね。私のほうから迎えに行くのよ。今、二人が何層まで行ったのか知らないけど、絶対に追いつくの。ううん。追い越して、私が先に最上層に行って、自慢するのよ」
彼女の瞳には、両親が死んでいるかもしれないという考えは浮かんでいなかった。
だが、レベル3が二人で三層は、ハッキリ言って無理だ。
二層なら上手く連携すれば安定してモンスターを倒せるので、三層でも通用するだろうという気になったのだろう。
三層に行き、自分たちの無力さを知ってすぐに引き返せば、生還の可能性はある。
しかし、二年前に出発したっきり、クラリスの両親は行方不明だと言う。
つまり、もう……いや。
この塔は、まさかということがよく起きる。死んだはずの奴が生きていたなんてしょっちゅうだ。
俺など一度死んだのにまた塔に来ている。
クラリスの両親は本当に塔を攻略している最中かもしれない。
「俺はクラリスさんほどちゃんとした理由はないなぁ。ここに不思議な塔がある。凄く高い。最上層に何があるんだろう? ただそれだけだ」
「あはは。ラグナくん、私のお父さんとお母さんと同じこと言ってる」
「そうなの?」
「うん。それでこそ冒険者って感じ。とっても子供っぽいわ。でも、親のあとを追いかける私のほうが子供っぽいのかしら?」
クラリスは何だか楽しそうだ。
「ありがとうラグナくん。私ね、本当は諦めそうになってたんだ。だってどんなに練習したって、レベルが上がらなきゃ、上にはいけないもの……でも、私でもレベルアップできるってラグナくんが教えてくれた。ねえ、本当に一緒に塔を上ってくれるのよね?」
「クラリスさんが嫌じゃなければね。塔の攻略は、生涯をかけた仕事になるよ。俺と一生、ずっと一緒に……」
と、そこまで言いかけて。
言い回しがかなり危険なことになっていると気づいた。
クラリスは耳まで真っ赤にしている。
「ごめん。何かプロポーズの言葉みたいになってた」
「もう! ラグナくんのおませさん!」
「いてて。頬を引っ張らないでよ。そういうつもりで言ったんじゃないんだから」
「分かってるわよ! でも、あんなこと言われたらドキドキするでしょ!」
クラリスは俺の頬をムニムニと引っ張る。
早くやめて欲しいが、照れ屋の彼女はこうでもしないと俺と向き合えないのだろう。
俺がうかつなことを言ったのが原因なので、大人しくされるがままになるしかない。
「ああ、スッキリした。ラグナくんのほっぺ、柔らかいわねぇ」
「それはどうも」
ようやく解放された俺は、引っ張られた頬が変形していないか、触って確かめる。
「じゃあ、パーティーを正式に結成ってことで」
「ええ。よろしくね、ラグナくん」
「よし。そうと決まれば。明日は一日たっぷり休んで……来週、退学届を出そう」
「そうね……って、ええ!?」
「いや、だってさ。もうちょっと学ぶことがあるかなぁと思ったけど。あの学校に通うくらいなら、俺と一緒に塔にこもったほうがいいよ」
「うーん……そんな気もするけど……」
「そりゃ、初心者が一人で塔に入るよりは、先に学校で訓練したほうがいいと思うよ。でも、クラリスさんは入学前から結構強かったし。いや、別にあの学校は悪くないんだ。大勢の生徒を一気に育てる役目がある。この国を維持していくには、大勢の冒険者が必要だからね。でも……俺たちみたいに最上層を目指すなら、学校に通うのは時間の無駄だ」
「言い切ったわね……分かったわ。ラグナくんを信じる。せっかく合格した学校をやめるんだから、ちゃんと責任とりなさいよ」
「うん。絶対に後悔させないよ……って、どうやってもプロポーズみたいだなぁ」
「うぅ……その話題は出さないで! 私たちは一緒に塔を上る仲間! それだけでしょ!」
「分かってるよ」
「分かってるならいいけど……それにしても、入学してすぐに退学なんて、何しに入学したのか分からないわね」
クラリスは苦笑を浮かべる。
「まぁね。でも、学校に入らなきゃ、俺はクラリスさんと出会えなかった。それだけでも意味があったよ」
「ラグナくん……あなた、もしかしてわざとそういうこと言ってる?」
「うん。クラリスさんが赤くなるのが面白くて」
そう答えたら、頬が真っ赤になるまで引っ張られた。
痛い。




