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03 天墜の塔を見上げる

 ところでどうやら、俺の父親ブライアン・シンフィールドは『天墜の塔』に挑む冒険者らしい。

 印はデールと同じ『剣士の印』。

 基本的に一層で活動しているが、二層に行って生還したこともあるという。


「二層に行って生きて帰ってきた人はあんまりいないんだぞ。父さんは凄いんだぞ」


 父さんは三歳になった俺に自慢してくる。


「わー、おとうさん、すごいー」


 俺は調子を合わせておいた。

 すると父さんは嬉しそうに語り出す。


 実は母マリーも昔は冒険者だったらしい。

 二人は一層で出会い、デールが生まれてからマリーは引退。


 父さんは一層を主な活動場所にしている。なのに家族四人を養えるとは、ちょっと驚きだ。

 実は前世の俺は、一層にはほとんど行ったことがない。

 吹けば飛びそうなモンスターしかいないなぁ、という印象しかなかった。


「僕は将来、お父さんと同じくらい立派な冒険者になるんだ」


 八歳の兄デールは自信満々に言う。

 父さんは「そうか、そうか」と嬉しそうだ。


「じゃあ、おれも冒険者になるー」


 俺がそう言うと、父さんは表情を曇らせた。

 一方、デールはあのイヤらしい笑みを浮かべる。


「おいおい。『無能の印』のお前が冒険者だって? まあ一層の外縁部をウロウロするくらいはできるかもしれないが、俺や父さんのように二層を目指す『真の冒険者』には到底なれない。大人しく町で働くほうが身のためだぞ」


「こら、デール。弟に向かってそんな酷いことを言うんじゃない!」


「はーい、ごめんなさーい」


 デールはいかにも心がこもっていませんという感じで謝った。


「まったく……しかし、デールの言うとおりだろうなぁ……」


 父さんは小さな声でボソリと呟く。

 デールはともかく、父さんも母さんも優しい人だ。俺とデールに分け隔てなく愛情を注いでくれている。

 なのに俺が冒険者になれるとは微塵も思っていない。


 俺には前世の記憶がある。だが今はブライアンとマリーの息子なのだ。

 この三年間育ててもらい感謝しているし、ちゃんと家族だと思っている。

 俺は二人を親であると認識しているのだ。

 なのに両親に認めてもらえないというのは悲しい。


 まあ、俺の実力はいずれ証明すればいい。

 三歳のうちから焦るのは、人生を急ぎすぎている。


 とりあえず前世の勘が鈍らないよう、ホウキを剣に見立てて精神統一だ。


「あら。ラグナったらまるで剣士みたいね」


 マリーが俺を見て笑った。


「はん。どこで覚えたのやら、構えだけは立派だな」


 そう俺をあざ笑うデールをイメージの中で一刀両断にする。

 いかん。邪念が入ってしまった。

 だが俺の気迫を感じたのか、デールは一歩後ずさった。


「デール、どうかしたの?」


「いや……何だか寒気がして……」


「まあ、風邪かしら?」


 そのままデールは寝込んでしまった。

 三歳児の気迫で怖じ気づくとは情けない奴だ。




 やがて俺は六歳になった。

 近頃は庭に出て木刀の素振りをしているから、かなり体を動かせる。

 まだ『状態異常:子供』が解除されていないので身体能力は並だが、剣の技術だけなら前世と遜色ない。


「おや、ラグナちゃん。こんにちは。今日も頑張ってるねぇ」


 近所に住むおばあさんが、素振りをする俺に声をかけてくれた。


「こんにちは。ところで、ちゃんはやめてくれませんか? 俺は男なので」


「おや、そうだったかい? お母さんにそっくりな顔だから、間違っちゃったねぇ」


 おばあさんは俺をからかってから立ち去っていった。

 俺はふと、その後ろ姿にステータス鑑定のスキルを使ってみる。



――――――――――――――――――――――――――――――――――

名前:アリサ・ビートン

レベル:なし

――――――――――――――――――――――――――――――――――



 表示された情報は以上だ。

 別におばあさんがステータスの隠遁にたけているというわけではない。

 それなら『不明』と表示される。


 レベル:なし。

 それは印を持たない者を指す。


 いわゆる『無印』だ。

『無印』はモンスターを倒しても魂を吸収することができない。

 だからレベルが上昇しない。

それは努力では補うことのできない、絶対的な差だ。


 前世の俺が生まれた国に、『無印』の者は滅多にいなかった。

 だから転生して『無印』になるなど少しも考えていなかった。

 しかし、どうやらこの国は『無印』のほうが多数派らしい。

 結果的に『上限突破の印』という最高の印を持って生まれてきたが……実は危ないところだったのだ。


 それにしても、俺は『無能の印』などとデールに馬鹿にされているが、印を持っているという時点で、この国ではちょっとしたエリートといえるかもしれない。

 もっとも父さんに言わせれば「『無印』のほうが諦めが付くからマシ」だそうだが。


 超レアな『上限突破の印』を『無能の印』と呼ぶこの国の名は、ヴァルティア王国。

 前世の俺が生まれたのは、ベルナー公国。

 二つの国に、なぜこんなにも印の知識に差があるのかと最初は疑問に思っていた。

 だが、その理由は、外の景色を何度か見ているうちに察しがついた。


 遠くに見える、巨大な塔。

 その直径は約百メートレ。

 高さはその何十倍もある。


 あれこそが千年前。天空から墜ち、大地に突き刺さった『天墜の塔』だ。

 俺が転生してきたこのヴァルティア王国は、あの塔を中心にドーナツ状に作られた国である。

 建国されたのは約千年前。


 歴史の本によれば、千年前、世界全土が天変地異によって滅びかけたらしい。

 大地震が頻発し、川や湖は毒に変わった。農作物は次々と死に、それどころか自然環境が片っ端から崩壊を始める。

 原因はいまだに不明。


 そんな滅びる寸前の大地に、あの塔が墜ちてきた。

 以来、頻発する大地震は止まったという。

 そして塔の中にあるアイテムを使って、水と土を浄化し、人類は何とか生き延びることができた。

 生き残った少数の人間は、こうして塔の周りに集まり、ヴァルティア王国を建国。


 ヴァルティア王国の外側は死の荒野が広がるばかりで、もう誰も住んでいないらしい。

 つまり、ヴァルティア王国は地上唯一の国なのだ。


 では、前世の俺が生まれたベルナー公国はどこにあるのか。

 それは地上ではなく、塔の内部。


『天墜の塔』はこうして外から見ても巨大だが、不思議なことに内部はもっと広い。

 空間が歪んでいると学者は言っているようだが、俺にはサッパリだ。

 とにかく、塔はどの層もヴァルティア王国よりも広い。

 大陸が丸ごと収まるとさえ言われている。


 塔の中にも太陽や月があり、四季の変化すら起きる。

 山も森も川も存在するし、それどころか海すらあった。

 だから建造物の中にいるという気分にはならない。


 そんな広大な塔に千年も人類は挑んでいるのだ。

 内部に住み着く人間が出てくるのは必然だろう。


 一層にある町はヴァルティア王国の一部だ。

 しかし二層になると、塔の外と行き来するのが途端に難しくなる。

 前世の故郷、ベルナー公国は二層にあった。


 もともとはヴァルティア王国の一地方としてベルナー公爵領を名乗っていたようだが、勝手に独立を宣言し、公国になったという。


 ヴァルティア王国はそれを咎めようにも、二層に使者を送ることすら難しい。派兵などもってのほかだ。

 そもそも、二層のモンスターに慣れ親しんだベルナー公国の住民に、一層でひぃひぃ言っているヴァルティア王国の連中が勝てるわけがない。


 つまり、前世の俺は『天墜の塔』の中で生まれ、死んだのだ。

 実のところ、転生して初めて塔の外観を見た。


 生まれてから死ぬまで塔の内部にいる者たちと、塔を見上げて生活する者たち。

 印に対する知識に差が生まれるのも当然だ。

 一層での活動を基本とし、たまに二層に行って帰ってくるだけなら、印の特性を研究する必要はないのだから。


 実際、綺麗な水が飲めて、土で野菜が育てばそれでいいというなら、一層のアイテムだけで十分だ。

 なのに、父さんのように二層に挑む者がいる。

 それは塔の外に住む者も、まだ冒険心を失っていないからだ。


 三層、四層と上る者は、より強い冒険心。五層、六層まで行くと、それは執念や怨念の領域。

 正直、自分でもどうしてこれほど『天墜の塔』を上りたいのか、上手く説明できない。


 だが、倒せなかったモンスターを倒せるようになるのは楽しい。

 知らないアイテムを発見するのは嬉しい。

 初めて足を踏み入れた場所で美しい景色を眺めるのは心が躍る。


 たったそれだけのことで、上を目指せる人種がいる。

 そんな人種を『真の冒険者』と呼ぶのだ。


 俺は、真の冒険者の仲間を作り、共に『天墜の塔』を攻略してやる。

 もちろん目指すのは、最上層。

 それが何層なのかは分からない。

 けれど、絶対に上り詰めてやる。

 そこに何があるのか、見てやるのだ。

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