28 レベル上げの準備
夜。
俺が自分の部屋でくつろいでいると、廊下から足音が聞こえた。
聞いただけで分かる。クラリスの足音だ。
そして遠慮がちに扉がノックされ、彼女の声が流れてくる。
「ラグナくん……ちょっといい?」
「いいよ。どうぞ」
クラリスが恐る恐るという様子で俺の部屋に入ってきた。
「こんな時間にどうしたの?」
「うん……前に私のこと誘ってくれたでしょ。塔の最上層に一緒に行こうって。あれの答え、まだしてなかったから……」
「ああ……」
確かにあのときは「考えさせて」と言われたんだった。
「あのね……授業中に聞いたでしょ。私は『成長負荷の印』なのよ……ずっとレベル1のまま。あなたの『無能の印』より更に……いえ、比べものにならないくらい弱いの。だから最上層を目指すには足手まといになるだけ。ラグナくんが誘ってくれたとき、本当に嬉しかった。でも、私はあなたと一緒にはいけない。仲間を探すなら、別の人を探して。私は私で何とかするから……」
言葉を絞り出すように語るクラリスは、泣きそうな顔になっていた。
どうやらこの国では、『成長負荷の印』はレベルが上がらないと信じられているらしい。
そんな印を持っているのに、塔の最上層を目指すと、まっすぐな瞳で宣言したクラリス。
なぜそんな覚悟をするに至ったのか。
そして、今までどれほどの嘲笑を浴びてきたのだろうか。
「ねえ、クラリスさん。『成長負荷の印』も本当はレベルが上がるって言ったら信じる?」
「はぁ……? 信じられるわけないでしょ。『成長負荷の印』を持って生まれてレベル2になった人の話なんて聞いたことがないわ」
「この国ではそうだろうね。そもそも『成長負荷の印』そのものがとてもレアなんだ。クラリスさん、自分以外で『成長負荷の印』を持っている人と会ったことある?」
「ないけど……」
「でしょ? 『成長負荷の印』はレベルが上がらないってのも、昔からそう言われてきたからそういうものだと信じているだけだろ? 週末の二連休、俺と一緒に『天墜の塔』に行こう。そこで俺が迷信を打ち砕いてあげる。俺の誘いを断るかどうかは、そのあとに判断して欲しい」
「ラグナくん……あなた、本気で言ってるの?」
「本気だよ。目を見れば分かるでしょ?」
俺がそう言うと、クラリスは頬を少し赤らめた。
「わ、分かったわ……そこまで言うなら信じてあげる。二連休、塔に行きましょう」
「信じてくれてありがとう。大丈夫。俺はクラリスさんを裏切らないから」
「うっ……七歳のくせに格好いいこと言ってるんじゃないわよ! 生意気ね!」
クラリスは俺から目をそらした。
ちょっと台詞がキザ過ぎただろうか。
「あ、ところで」
俺は一つの根本的な疑問に気がついた。
「ん? どうしたの、ラグナくん」
「これは大切なことだから、どうしても確かめなきゃいけないんだ。協力して欲しい」
俺が真剣な声で言うと、クラリスは緊張した顔になりゴクリと息を飲み込んだ。
「な、何……?」
「クラリスさんの胸元を見せて――」
と、俺が言った瞬間、右頬を思いっきりつねられた。
痛い。
「何をするんだ」
「あなたこそ何を言ってるのよ! しかもそんな真剣な声と顔で! 馬鹿じゃないの!?」
「いや、真面目な話なんだ。クラリスさんの印って胸元にあるんでしょ? それが本当に『成長負荷の印』なのか確かめておかないと」
「ああ、そういうこと……でも……男の人に胸元を見せるなんて……」
クラリスは赤くなって目を泳がせる。
「印を確認するだけだよ。他意はない」
「本当? えっちな意味はないのね……?」
「ないない。全くない。クラリスさんの胸とか、本当に微塵も興味ないよ。だいたいクラリスさん、平らだから俺とそんな変わらな……いててて」
俺の頬は右だけでなく左までつねられてしまった。
なぜこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだろう。
「ラグナくん、悪い子! お隣の姉さんとしてお仕置きしてあげるわ!」
「ごめん、ごめん。俺はクラリスさんの胸に興味津々なんだ。だから早く見たいなぁ」
「それはそれで問題あるでしょ!」
「いいから早く見せてよ」
「雑! ラグナくん、雑!」
「クラリスさんの平らな胸なんてそんなものだよ」
「な、なんて生意気な七歳なのかしら!」
クラリスはブツブツいいながら制服のネクタイを外し、そしてブラウスのボタンをゆっくりと外していく。
白い肌がさらけ出され、そこに浮かび上がる紫色のアザのような模様。
「ちょっとラグナくん……いつまでジロジロ見てるのよ……」
「間違いない。『成長負荷の印』だ」
「だから、そうだってずっと言ってたじゃない」
「いや。こういうのは自分の目で確かめないと。万が一ってことがあるからね。でも、これでハッキリした。クラリスさんは誰よりも冒険者の才能があるよ」
「……本当? からかってない?」
クラリスの声は疑念と期待が混ざった複雑なものだった。
けれど、俺は嘘なんか言っていない。
「俺が詐欺師かどうかは、週末になれば分かるよ」
「うん。分かったわ。そうよね。私、ラグナくんのことを信じるってさっき決めたばかりだったわ」
彼女は笑顔で頷いてくれた。
そして俺は次の日から二連休までの四日間。学校を完全にサボった。
クラリスをレベル2にするための準備をしていたのだ。




