27 魔法の授業
さて。
入学初日は自己紹介や、学校の案内などで終わった。
そして二日目から本格的に授業がはじまる。
俺はクラリスと一緒に、魔法の授業を受けた。
魔法と一口にいっても、様々な系統がある。
この学校で教えるのは、攻撃魔法の効果的な使い方だ。
野外にある魔法の訓練場に集合した俺たちの前に、三十代半ばくらいの細身の男性が現われた。
「はい、皆さん、はじめまして。私が攻撃魔法の教師、エディ・オーズリーです。この中に攻撃魔法を習得していないという人はいますか? 攻撃魔法を使えないと、この授業は受けられません。売店にいって魔導書を買ってください。生徒限定で、町のマジックショップの一割引くらいの値段で買えます」
何?
一割引だって?
だったら入学前に慌てて魔導書を買わないほうがよかったかもしれない。
いや、でも早く魔法を使いたかったし……。
それに半額とかならともかく、一割引きくらいならそんなに変わらない。
塔の中なら、金を使わず自力で魔導書を入手する機会もあるし。
無理にこの学校で買うこともないな。
「売店ではMPを回復させるポーションも売っています。これも町で買うより安いです。一日に私の授業を何度も受けたい人はポーションが必須ですよ。いやぁ、魔法ってお金がかかりますねぇ」
エディ先生はそう言って笑った。
しかし生徒たちは笑えない。
俺の隣に立っていたクラリスがボソッと呟く。
「本当は朝から晩まで魔法の授業を受けたいのに……」
そして彼女は手にした杖を握りしめた。
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名前:マナの杖
説明:鉄で作られた杖だが、わずかにミスリルも混ざっている。かなり頑丈で鈍器として使える。
・魔法効果
MP+20
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入学試験のときも使っていた杖だ。
名前と魔法効果だけでなく、説明文が表示されるということは、塔の内部で見つかったアイテムのはず。
クラリスはこれをどこで手に入れたのだろう?
もうすでに塔に入ったことがあるのか。あるいはどこかで買ったのか。
MP+20は二層でも通用するくらい強力な魔法効果だ。
この国で買うとしたら、いくらになるのか想像もできない。
自分で入手するにしても、一層の入口付近では無理だろう。
二層に近い場所か、あるいは実際に二層に行くかしないと入手できないはず。
塔を見上げる眼差しといい、この杖といい、クラリスは謎多き少女だな……。
「皆は攻撃魔法を八発くらい撃ったらMPが空になっちゃうよね。先生はレベル2だけど、まぁ似たようなものだ。だから確実に敵に命中させなきゃもったいない」
「エディ先生。弓矢よりも攻撃魔法が勝っている点はどこですか?」
一人の生徒が手を挙げて質問した。
「うん。いい質問だね。矢は撃ってもMPが減らない。だから矢がある限り撃ち続けることができる。でも逆にいえば、矢がないと何もできない。矢だってタダじゃないからね。撃ちまくったら経費がかさむ。その点、魔法は持ち運ばなくてもいいし、撃ってもお金がかからない。MPが空になっても、一晩寝たら回復するし。何よりも弓矢と魔法じゃ、威力が違う。魔法の真の利点は、一撃の威力が高いことだ。例えば、炎の魔導書と契約して最初に覚えるファイヤーボール。あれと同じ威力の攻撃を普通の武器でやろうと思ったら、校長くらい鍛えなきゃいけない。でもファイヤーボールは魔導書と契約すれば誰でも使える。命中させられるかどうかは別だけど。というわけで皆は一年生の内に、動いている相手に魔法を命中させられるようになろう」
エディ先生は攻撃魔法のことを実に分かりやすく説明してくれた。
魔法は威力が高い。しかし当てねば意味がない。
それはクラリスが入学試験で試験官に勝てなかった理由を端的に言い表している。
そして逆に。
前世の俺が攻撃魔法を覚えなかった理由でもある。
覚えた瞬間からかなりの威力の一撃を放つことができるというのは、確かに大きな魅力だ。
しかし俺の斬撃は、覚えたての攻撃魔法などより遙かに強かった。
斬撃はMPを消費することなく、いくらでも放つことができるのだ。
ならば、攻撃魔法をわざわざ覚える必要などない――。
前世の俺はそう考えていた。
だが魔法は剣が届かないところにいる敵を攻撃することができる。
物を燃やしたり凍らせたりもできる。
何より、高ランクの魔法使いが放つ攻撃魔法は、剣ではとうてい再現できないような範囲を一度に攻撃することが可能だ。
膨大なMPを消費する代わり、視界に映る尽くを炎で包むというような魔法もあった。
剣には剣の利点が。
魔法には魔法の利点がある。
両方を極めるには人の一生は短すぎるが……俺はこうして第二の人生を歩んでいる。
なら両方極めることができるかもしれない。いや、やってみせる。
――と、俺のやる気は十分なのだが。
どうもこの学校の授業は、魔法の上達に役立ちそうもない。
今日が最初の授業だから、というのもあるだろうが、動かない的に向かって攻撃魔法を命中するまで撃つという簡単な内容だった。
そんな簡単な課題でも、的に当てることができずにMPが空になってしまう生徒が結構いた。
この授業には一年生が十五人参加しているが、最初の一撃で的を破壊できたのは、俺とクラリスだけだった。
「MPが空になっちゃった人たちは、この学校に入る直前に魔法を覚えたのかな? うん、そうか。なら仕方がない。魔法って難しいだろ? でも命中させることができたら、一層にいるモンスターの半分くらいは一撃で倒せるから頑張って。見事に的を壊せた人たちは、前から練習していたのかな? そしてラグナくんとクラリスくんは凄いね。ラグナくんが入学試験で校長を倒すところを見てたけど、剣だけでなく魔法も上手なんだね。あとクラリスくんも入学試験でアラン先生を相手に頑張っていたね。よし、君たち二人は次の授業から、特別メニューにしよう」
ほう。特別メニューか。
「私がボールを投げるから、そのボールが地面に落ちる前に攻撃魔法を当てるんだ」
……それだけ?
「あの、先生。俺もクラリスさんも、そのくらいは簡単なんですが……」
「それもそうかぁ……じゃあ、ネズミを的にする? チョコマカ動くネズミに命中させるのって、かなり難しいよ」
「いや、それも……クラリスさん、できるよね?」
「当たり前よ」
クラリスはぶすっとした顔で言う。
なにせ入学試験では、動いているアラン先生を的にしていたのだ。
今更ネズミを相手に練習しても仕方がない。
「うーん……するともっと実戦を想定した試合形式の訓練がいいかなぁ……でも入学したての子を戦わせるのもなぁ……」
エディ先生は腕を組んで「うーん」と悩んでしまう。
俺も「うーん」と悩みたい気分だ。
やはり、この学校の授業は役に立たないというさっきの予感は正しいかもしれない。
しかし、超レアな『成長負荷の印』を持つクラリスを見つけることができた。
それだけでも、この学校に来た意味はある。
と、そのとき。
「エディせんせー。クラリスさんは『成長負荷の印』なのでー。訓練しても意味ないと思いまーす」
女子生徒の一人が、馬鹿にした口調で言った。
「え? 『成長負荷の印』だって? ああ、本当だ……この歳でこんなに魔法が上手なのに……もったいないなぁ」
エディ先生は、俺たちのデータが書いてあると思わしき書類をめくって、残念そうな顔をする。
「でもね。『成長負荷の印』だからって、訓練する意味がないってことはないよ。現に君たちもクラリスくんも同じレベル1だけど、クラリスくんのほうが圧倒的に魔法が上手だ。レベルの高さと技量はまた別のことなんだ。確かに『成長負荷の印』の持ち主は、レベルが上がらないというハンデがある。けど、レベル1でもやり方次第ではレベル2に勝つこともある」
「はーい。クラリスさんは一生レベル1のままなのに最上層を目指してて凄いと思いまーす」
くすくす。くすくす。
女子生徒たちが笑う。
どうやら自己紹介でクラリスが『最上層』という言葉を口にしたのが、彼女らにとって嘲笑の対象になったようだ。
俺も同じく最上層を目指すと言ったはずだが……校長を倒したという実績のせいだろうか。今のところ、俺は馬鹿にされていない。
嘲笑を浴びながら、クラリスは悔しそうに唇を噛みしめていた。




