02 無事にステータスを引き継いだ
真っ白な光が広がった。
他には何も見えない。
聴覚だけはかろうじて働いている。
「やった! 男の子だ! よくやったぞマリー!」
「見て、あなた。この子ったら生まれたてなのに、もう左目に印が浮かんでるわ」
「おお、本当だ! 流石は俺とマリーの息子だ。それにしても……見たことのない印だ。あとで調べないと」
どうやら子供が生まれたらしい。
というより、俺のことか?
つまり、俺は賭けに成功したのだ。
あの絶体絶命の状況から、生き延びたのだ。
いや、転生したのだから、一度死んでいる。生き延びたというのは不正確な表現だ。
しかし、この『俺』の意識は残っている。
塔を登るのだという意思は生きている。
それこそが重要なのだ。
次第に目が見えるようになってきた。
まだかなりぼんやりしているが、俺を抱き上げる男性と、微笑んでいる女性が見える。
新しい俺の両親だろう。
それから五歳くらいの少年もいた。
兄だろうか?
彼らの身なりは普通だ。
壁や天井も綺麗だ。
どうやら、まともな家に生まれたらしい。
これが治安最悪のスラムとかで、大きくなる前に栄養失調で死亡ということになったら、何のために転生したのか分からない。
さて。
本当にステータスを引き継いでいるのか、確認しよう。
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名前:未定
レベル:1
状態異常:子供
・基礎パラメーター
HP:755
MP:153
筋力:631
耐久力:459
俊敏性:999
持久力:587
・習得スキルランク
回復魔法:C
ステータス鑑定:A
ステータス隠匿:B
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凄い。
本当にそのままだ。
そのくせレベルは1に戻っている。
俺はこれから、いくらでも強くなれるのだ。
しかし二つだけ違うところがある。
名前がまだ未定なこと。
そして『状態異常:子供』だ。
俺は生まれたばかりだから子供なのは当然だ。
しかし、わざわざステータスウィンドウに表示されるということは、プラスかマイナスか知らないが何か効果があるのだろう。
俺は『子供』という文字を凝視する。
するとメッセージウィンドウが現われた。
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・状態異常:子供
説明:基礎パラメーターによる補正を一切受けることができず、普通の子供と同じ強さになる。三歳の誕生日からはレベル1相当の補正を受けることができる。この状態異常は七歳の誕生日を迎えるまで続く。
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なんと。
どうりで体が自由に動かないと思った。
だが、考えてみれば当然だ。
いくら前世のステータスを受け継いでいるからといって、生まれたての赤ん坊がモンスターを倒せるくらい強かったら不自然すぎる。
どうやら七歳まで我慢すれば、この状態は終わるらしい。
それまではのんびりと過ごすことにしよう。
「さあ、名前を決めないとな。候補はいくつもあるが……絞りきれない!」
父親らしき男が、嬉しそうに言う。
名前、か。
別に何でもいいが、どうせなら。
「ら……ぐ……な……」
俺は精一杯頑張って発音してみた。
未発達な赤ん坊の声帯では、まともな言葉にならなかった。
これでは聞き取ってもらえない。
と、思いきや。
「マリー! 今この子、ラグナと言わなかったか!?」
「ええ、確かにそう聞こえたわ。まさかラグナという名前にして欲しいのかしら?」
「はは、まさか。偶然そういう音が出たんだろう。しかしラグナ、か。強そうな名前だ。よし。この子はラグナにしよう。生まれてすぐに自分の名前を言えるなんて、絶対に大物になるぞ!」
「あら、あなたったら。偶然じゃなかったの?」
和やかな雰囲気が流れる。
俺は早くもこの両親を好きになっていた。
そして退屈だが、和やかな時間が流れていく。
俺が生まれた家の名字は、シンフィールド。
父親の名前は、ブライアン。
母親の名前は、マリー。
兄の名前は、デール。
名字があるということは、それなりにいい身分の家なのかと思ったが、どうやらこの国では平民でも名字を名乗るのが一般的らしい。
ラグナ・シンフィールド。
名前は前世と同じだが、初めて名字がついた。
ちょっと嬉しい。
だが赤ん坊の体は不自由だ。
誰かに抱いてもらわないと移動することすらできない。
やがて一歳になった俺は、一人で家の中を歩き回れるようになった。
今までの鬱憤を晴らすようにチョコマカする俺に、両親はてんてこまいだ。
兄のデールは俺の子守を任されて、迷惑そうな顔をした。
どうやらデールは、今まで両親の愛情を独り占めしてきたのに、それが半分俺に注がれるようになったのが気にくわないようだ。
子供らしい嫉妬心を微笑ましく思いつつ、俺はようやく自分の姿を鏡でマジマジと見つめることができた。
生まれたとき、母親は「左目に印がある」と言っていた。
父親はそれを見て「何の印か分からない」と答えた。
俺は自分自身の目でようやくそれを確かめることができた。
『上限突破の印』だ。
その貴重な印の模様を左目に見つけたとき、俺は飛び上がりたくなるほど喜んだ。
なにせ名前の通り、本来は999までしか上昇しない基礎パラメーターの上限を突破し、四桁に踏み込むことができる印なのだ。
俺の俊敏性はすでに999だ。レベル1からやり直しても、もう成長の余地はないと思っていたのに。
前世より更に早く動けるようになるのか!
「何だよラグナ。鏡を見てニヤニヤして。気持ち悪いなぁ」
デールは不思議そうに言う。
確かに、傍目にはどうして俺が喜んでいるのか分からないだろう。
この家の人間は『上限突破の印』を知らないのだ。
知っていたとしても、基礎パラメーターを999まで成長させ、なお強くなるつもりでなければ、この印は意味がない。
普通はもっと、早い段階から効果が現われる印を喜ぶ。
例えば、俺が前世で持っていた『剣豪の印』は、剣術の上達速度が早いという効果があった。だから俺は剣で戦うことを選んだ。
魔法系だと『炎の印』を持つ者は、炎系の攻撃魔術に適性があり、同時に炎に耐性を有する。似たようなので『氷の印』『雷の印』などの印もある。
それらの印は最初から効果がハッキリと出る。
しかし『上限突破の印』は、何らかの基礎パラメーターが999にならなければ、ただの模様だ。
強さを極めようとする者のみが恩恵を得る。
そう。俺のような人間にとっては、最高の印なのだ。
この喜びはきっと家族には伝わらない――と、俺が少しだけ孤独に思っていたら、家に父親が帰ってきた。
何やら一冊の本を脇に抱え、しょぼくれた顔をしている。
「あら、あなた。どうしたの?」
「ラグナの印を調べるため、奮発してこの本を買ったんだ……それで分かったよ。ラグナの左目にあるのは『無能の印』だ……」
「あら……じゃあラグナが冒険者になるのは無理そうね……」
「そういうことになる……別に冒険者になるだけが人生じゃない。しかし『天墜の塔』に挑むのは誰だって一度は憧れるんだ。それを、こんなに小さいうちから諦めなきゃいけないなんて、可哀想な子だ。完全な『無印』ならむしろ夢を見ずに済むのに……よりにもよって『無能の印』か……」
父親と母親は、俺に哀れみの目を向けた。
心外だ。
確かに普通の人間にとっては無意味な印だが、哀れまれる筋合いはない。
俺の両親が『上限突破の印』を知らないのは仕方ない。しかし本にも載っていないとはどういうことなのだ。
いや、載っていないどころか……無能の印、だって?
その本、インチキじゃないのか。
と、俺が頬を膨らませたら。
隣にいたデールが、ニヤリと笑った。
「そうか『無能の印』か……ふふ、そうか。可哀想に。俺の『剣士の印』みたいな冒険者向きの印じゃないのかぁ、ふふふ」
デールは本当に嬉しそうに笑いながら、右手の甲にある印を俺に見せつけた。
弟が無能だから威張れるとでも思ったのだろうか。
しかしデールよ。
その『剣士の印』は、俺が前世で持っていた『剣豪の印』の下位互換だからな!