15 一層に侵入する
門の向こう側は、すがすがしい青空が広がっていた。
ついさっきまで薄暗い曇り空だったのに、こちら側は晴天。
振り返ると、そこには箱状の建物が建っていて、俺が今くぐってきた門があった。
門の向こう側には、ついさっきまでいたヴァルティア王国の町並みが見える。
一方、俺が建っているこの場所は草原だ。
少し離れた場所には、森と湖も見える。
遙か遠くには山脈があり、探せばどこかに町もある。
明らかに塔の面積よりも広い空間だ。
この土地は大陸並の広さを誇り、そして外側には海が広がっている。
どの階層でも、海の果てが確認されたという話を聞いたことがない。
つまり、無限の広さという可能性すらある。
「中に入ってしまえば気にならないが、門をくぐる瞬間だけは違和感があるなぁ」
一緒に入ってきたオッサンが、空を見上げながらしみじみと呟く。
俺は外から中に入ってきたのは初めてだが、かつて階層を移動したときに同じ感覚を味わっていたので、深く頷いた。
ちなみに俺の後ろにある建物と同じものが、一層のどこかにあと三つあるはず。
東西南北の入口が、それぞれ別の出口に繋がっているというわけだ。
「さてと。ボウズ、剣を持っているということは、接近戦専門か? 俺の武器はごらんの通り、杖だ。つまり魔法使い。前衛と後衛で丁度いいから、パーティーを組まないか?」
「いや、俺は確かに接近戦のほうが得意ですけど、今は――」
魔法の修行中だと言いかけた、そのとき。
俺はモンスターの気配を察知する。
そして茂みの中から、水色の球体が三つ飛び出してきた。
その直径は、馬車の車輪ほど。
やたらとプニプニしたこの物体は『天墜の塔』最弱と噂されるモンスター、スライムだ!
三匹同時に出てきたけど、まるで威圧感を感じない。
むしろ抱きついてみたくなる。
「三匹同時だと!? おい、ボウズ、一匹任せても――」
「アイシクルアロー」
オッサンは何やら焦っているが、俺は三匹のスライムにアイシクルアローを放ち、氷漬けにした。
「なっ……おい、ボウズ。今のアイシクルアロー、お前が撃ったのか!?」
「そうだけど……何をそんなに驚いてるんです? アイシクルアローなんて、魔導書と契約すれば、すぐに使えるじゃないですか」
「そりゃ撃つだけならできるが……お前、スライムが出てきてから撃つまで異様に早かったじゃないか! しかも三発同時って……どうやったんだ!?」
「どうって……え、オジサン、もしかして魔法を撃つとき、いちいちステータスウィンドウを開いて選択してるんですか?」
「いや、流石にそんなことはもうしてないが……念じて撃つにしたって、あそこまで素早くは撃てないぞ」
マジか。
俺、スライムのぷにぷにした姿に和んでいたからタイムラグがあったけど、本当はもっと早く撃てたんだけどなぁ。
「魔法を早く撃つには、とにかく練習あるのみですよ。そうすれば三発の同時発射くらい簡単です」
「お前さん、すげぇなぁ……もしかして見た目よりも歳とってるのか?」
「六十七歳だって言ったら信じますか?」
俺はちょっとイタズラ心を出し、笑いながら聞いてみた。
「いやいや、流石に六十七歳は信じられんよ。しかし、俺とお前さんじゃ実力が釣り合わないな。パーティーを組む話はなかったことにしてくれ」
オッサンは自嘲気味に言う。
「今日は最初からソロで戦うつもりだったから、気にしないでください。それよりオジサン、気をつけたほうがいいですよ。スライムが三匹出てきただけで慌ててるようじゃ、この先、命を落とすかも……」
「分かってる。だから俺は一層の中でも入口近くでしか活動しないんだ。言っておくが、さっきはいきなり出てきたからビックリしたんであって、本当は三匹同時でも一人で倒せるんだからな」
オッサンは力説してきた。
しかしモンスターがいきなり出てくるなんて、珍しくもなんともない。
心の準備ができていないとスライム三匹に対処できないなんて、やはり心配だ。
「まあ、自分でも分かってるよ。冒険者をいつまでも続けるつもりはない。もう少し稼いだら引退だ。俺の夢はな、小さくてもいいから酒場を開くことなんだ。あとちょっとで開店資金が貯まるのさ」
「へえ。じゃあオジサンの店を見かけたら入ってみます。俺が酒を飲めるようになるのは、まだ先だけど」
「はは。ボウズが大人になる頃には店をデカくして、探さなくても見つかるようにしておくさ。じゃあな」
そう言って、オッサンは歩いて行った。
ある程度の金が貯まったら引退することを前提に活動する冒険者。
俺とは全く別の価値観だ。
俺は『天墜の塔』の最上階に行くことを最終目標にしている。
それ以外のことは手段に過ぎないとさえ思っていた。
だが、自分とは全く別の目標を持つ人間に触れ、それもまた一つの人生だな、と今更ながらに思った。
とはいえ、俺の目標が変わったりはしない。
俺が仲間にしたいのは、あのオッサンのように冒険者を人生の通過点として考える者ではなく、一緒に塔を最上階まで登ってくれる者だ。