13 風魔法を覚えた
昨日はMPが空になるまでアイシクルアローを乱射してしまった。
我ながら、新しいオモチャを買ってもらったばかりの子供みたいだったと思う。
しかし、あれは仕方がないのだ。
なにせ俺は、魔法を覚えるために転生してきたのだから。
念願が叶って魔法を撃てるようになったら、はしゃいで当然だ。
別に体が子供になったから心まで子供になったのではない。
さあ。今日は風の魔法を契約するぞぉ。
わくわく。
……はっ!
これではまるっきり子供じゃないか。
だが前世の俺も、新しいアイテムを入手したり、見知らぬモンスターを発見したときは、わくわくが止まらなかった。
もしかして俺、前世でも心は子供だったのか?
六十歳のジジイなのに……。
いや、落ち込む必要はない。
いつまでも心が若いのは、冒険者として必要な才能であろう。
むしろ誇るべき。
だから魔導書を手にして、ついニヤニヤするのは必然だ。
わくわく。
「契約、契約っと」
自室のベッドの上でサクッと契約を済ませた俺は、いつものようにステータスウィンドウを開く。
ちゃんと『風魔法:G』の文字がある。
それを凝視すると、新たなウィンドウが現われる。
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・エアロアタック
説明:消費MP2。空気の塊を発射し、任意の場所で破裂させる。塊の大きさ、破裂したときの威力は調整可能。ただし風魔法のランクによって上限がある。
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入学試験でクラリスという少女が使っていた魔法だ。
自分の背中にエアロアタックをぶつけて急加速するという彼女の戦法を見て、俺は風魔法に憧れたのだ。
早速、エアロアタックを出してみる。
俺の前方に、スイカほどの大きさの空気の塊が生まれた。
気圧の違いからか、わずかに景色が歪んで見える。
真夏の陽炎を球体にしたような感じだ。
「アイシクルアローと違って、俺が念じないと発射されないのかな? 行け!」
俺がかけ声とともに念じると、空気の塊はふよふよと飛んでいった。
「遅いな……もっと速く飛べ!」
俺の意思に応じて、塊は加速する。
スピードも操れるのか……だったらもっと自由自在に操れるんじゃないのか?
右! 左! 上! 下!
おお……かなり動かせるぞ。
これは便利だ!
と俺が興奮していると、空気の塊は勝手に破裂し、周囲に風をまき散らした。
土煙が激しく上がる。
至近距離で喰らえば、大人でも転んでしまうほどの風だ。
「俺は破裂させてないんだけどな……もしかして持続時間があるのか?」
試しに、エアロアタックをもう一度使う。
すると、似たような時間で破裂してしまった。
持続時間は三十秒くらいか。
ランクが上がればもっと伸びるのだろうか。
「さて」
次はクラリスの真似をして、背中にエアロアタックをぶつける。
まずは前方に空気の塊を作ってから、回れ右。
「破裂!」
俺の背中を突風が叩く。
体が浮き上がり、一メートレほど移動してしまった。
「おお……かなりの衝撃があるな。次は空気の塊を背後に直接出現させてみよう」
クラリスがやっていたのだから、俺にもできるはず。
後ろに出ろ出ろ、と念じる。
……出た、のかな?
おそらく成功しているはず。
空気の流れとか、魔力の気配とかで、何となく分かる。
「破裂!」
さっきと同じように浮き上がる俺の体。
いい感じだ。
これと同じことを走りながらできれば、戦闘中の急加速で相手の意表をつけるようになる。
練習あるのみだ。
俺は軽く走ってみる。
そして真後ろに空気の塊を形成。と同時に破裂させる。
が、急加速できなかった。
俺が最初から速すぎて、突風が届かない場所まで移動してしまったのだ。
突風を浴びるために脚を緩めたら本末転倒だし……どうしたものか。
「空気の塊をもっと近くに出し、同時に破裂させるまでのタイムラグを縮めるしかない」
そう結論を出した俺は、何度も練習を繰り返す。
やがて、ついに走っている最中の急加速に成功した。
もちろん急加速とはいっても、この程度の風による加速は、決定打にはなりえない。
現にクラリスはエアロアタックによる急加速を使っても、試験官に負けていた。
しかし、わずかな速度差が勝敗を分けることも、また事実。
互いの力量が極限に近づくほど、読み合いの重要性は増す。その状況で『エアロアタックによる加速』という選択肢が生まれれば、相手の予測をズラせる可能性が上がる。
風魔法のランクが上がれば、必殺技と呼べるくらいの加速ができるようになるかもしれない。
他に急制動にも使えるし、左右への移動にも役立つ。
もちろん相手を吹っ飛ばすことだってできる。
「便利すぎる……むしろ前世の俺はなぜ魔法を覚えなかったんだ……」
魔法が楽しすぎて、俺は前世批判を始めてしまった。
もちろん、魔法を覚えなかったのには理由がある。
まず、魔法を使えばMPや魔法ランクがレベルアップの際に伸びていくが、逆に筋力や耐久力の伸びが遅くなる。
また、上層にいるモンスターは巨大で頑丈だ。剣の片手間に覚えたような魔法で倒せる相手ではない。
レベルが99までしか上がらないと分かっている以上、無駄な成長の仕方はできないのだ。
だから俺は剣一本に人生を託した。
魔法使いだって魔法だけを……それも成長させる魔法の種類を選んで使い続ける。
あれもこれも極めるなんて、普通は無理な話。
ただの器用貧乏で終わってしまう。
しかし、俺は別だ。
剣士として一度レベル99まで上り詰めている。
この二周目の人生を魔法使いとして生きれば、両方を極めた最強の魔法剣士になれるのだ。
もちろん、二周目も剣士として生きて、さらに筋力や耐久力などを伸ばし続けるという選択肢もあるにはある。
だが、俺の剣技そのものは、ここから一気に伸びるということはないだろう。そしてパラメーターの数値を増やしただけでは、七層から先で通用するとは思えない。
やはり戦法の幅が必要だ。
魔法が必要なのだ。
「よーし、頑張るぞ!」
俺はまたMPが空になるまで練習を続けた。