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魔王の要件  作者: 小走煌
3/10

人間界も大変なんですよ

 人間界の太陽は、まるで神の降臨を待望するかのように地上にその陽光を注いでいる。人間達はしかし、それをどうにか受けまいと日傘を差し、影を歩き、各々のやり方で必死に光を避ける。愚かな人間はなぜ天の恵みを拒むのか――アダコはそんなことを考えながら黒で覆われた衣装で人間の視線を必死に避ける。

 しかし前回同様、真夏の人間界におけるあるべき姿を完全に無視したその出で立ちでは、大衆の好奇の目に晒されるのは当然だった。

(今回は完全に勢い任せで来たしな、しょうがないか……)

 もしも次回があればその時は装備品の熟考を提案しよう、と心に決めるアダコであった。

「ジンよ。目的地はまだか」

「……もう、少し」

 忙しなく辺りを見回しながらジンはついでのように返事をする。

 本日のタスク実行の場である銀行。人間界の特徴とも言えるこのコンクリートの山々のどこかにそれは点在しているらしい。ジンはもう少しと言ったが、相変わらずキョロキョロ辺りを見回すのみだった。

「ジン、見つかりそうか?」

 アダコはたまらず問いかける。ジンは無言で頷いて見せたが、焦りの色は隠しきれていなかった。アダコはチラリと背後を確認する。イハは黙って腕組みをしているが、しきりに指で二の腕を叩いている。

(またぶつくさ言われるのも嫌だしな……)

 先日の危機を思い出していたアダコは、意を決してジンに声を掛けた。

「ジン。ここはひとつ、俺も協力しよう」

 アダコはジンにそう言ってから、それらしい建造物をジンに倣って捜索し始めた。人混みをかき分け『銀行』と名のつくものをしらみつぶしに探す。

 しかし、一面コンクリートの大都会において即座に発見出来そうなそれは、三人の前に姿を現さない。アダコの胸中に焦りの色が滲む。

「ねえ、おにいちゃん」

 耳に慣れない幼い声。それが自分に向けられたものだと瞬間的に察知し、アダコは即座に振り向いた。

「おにいちゃん、何をさがしてるの?」

 アダコの予感は的中した。目線を下に降ろさないと姿を確認出来ない程の背丈。成熟していない声に身体。帽子を目深に被り背中には何かを背負っている。

 アダコは脳をフル回転させる。最近勉強した知識によると、少女の背中の大半を占めるそれは人間界の学生という分類の中でも初期時の者達、つまり小学生が常時背負っているアイテム、ランドセル。

 総合するとこの少女は人間界の小学生ということになるが、なぜ今自分に声を掛けてくるのか。それがアダコには分からない。

「……迷子なの、おにいちゃん?」

 上目遣いでこちらの顔色を窺ってくる。アダコは思わず後ずさる。小さき者に迫られるというのは、何か良くないことだと本能が告げる。

 しかし、広い意味で捉えるとアダコは――正確には三人共――今正に迷子だった。目の前の少女に道を聞くという選択肢はアリなのでは無いか。意を決してアダコは眼下の少女を見据えた。

「そう! オジサンたち、今迷子なんだよー。少し道を教えてくれるとうれしいなー……」

 魔界にその名を轟かせる名工が『オジサン』などと良くも咄嗟に言えたものだと、作り笑いを続けながら心の中でため息をつく。このプロジェクトに参画して以来密かに勉強していた人間界のあれこれが、このような形で表に出るというのはどこか哀しくもあった。

「――たわけが」

 瞬間、少女が一言だけ呟く。

 その声色は明らかにこれまでと違い、そしてその言葉もまた、目の前の少女から発せられたとは思えないものだった。

 アダコは全身が震え上がるのを感じた。これまで何故か気が付かなかったが、その声には確実に聞き覚えがあった。そして、同時に感じる圧倒的なオーラにも心当たりがある。

「ま、魔王さま……!」

 頭がようやく目の前の存在を理解した時、アダコは反射的に片膝をついていた。

 その少女は人間では無く、魔界を統べる王、バイオレットだった。

「気付くのが遅いわバカタレ」

 魔王は片膝をつくアダコをいかにも不満気に見下ろす。

「そ、それは魔王さまの変装があまりに完璧で……」

「何だと!? 貴様、私には幼いこの姿が似合いとでも言うつもりか!」

「だ、だってノリノリで『おにいちゃん』とか言っていたじゃあないですか……」

「バカモノ! 貴様を試しておったのだ。まったく、この程度も見抜けぬようでどうするか……」

 小学生の格好をした魔王はため息混じりにアダコを睨みつける。アダコはただ首をすくめるしか無かった。

 しかしアダコは、それでもなお湧く疑問をぶつけずにはいられない。

「そ、それにしても魔王さま……なぜ人間界に……」

 魔王直々に人間界に降臨するのは余程の事情が無い限り有り得ない、とアダコは認識していた。それ故この光景はアダコにとって未だ信じ難いものだった。

「そんなもの、貴様らの様子を見に来ただけのこと」

「な、なぜ我々が人間界にいると……?」

「魔王を舐めるでない。貴様らの行動は全てお見通しだ」

 だったらわざわざ来る必要なかったのでは――という疑問はどうにか喉元で止める。魔王のフットワークはアダコの想定を凌駕しているようだった。

「こ――これは、魔王様!?」

 この人混みにあってもしっかり聞こえる驚嘆の声が二人の元に届いた。見ると、イハがジンを引っ張り走り寄って来るところだった。

「ま、まさか魔王様自らこの人間界に……い、一体どのようなご用件で……?」

 イハはあからさまに焦っている。魔王襲来はイハにとっても想定外の出来事だったのだろう、とアダコはイハの横で思考を巡らせた。

「イハよ。見ておったぞ、貴様らの行動……いざ人間界に降り立って目的地が見つけられんとは何事だ! 人間界は長くいれば居る程危険というのは分かっておろう。入念に下調べをしてから来るようにせい!」

 その格好からは想像もつかない重厚な威圧を伴い、魔王はプロジェクトリーダーへと詰め寄る。流石のイハも額に冷や汗を浮かべ、懸命に頭を下げる。

「も、申し訳ございません……何分、作戦の実行は絶対的信頼を以て、このアダコに任せておりますものですから……」

「え、いや、おい……!」

 予期せぬ発言。アダコは一瞬イハが何を言っているのか理解出来なかった。

「そりゃあないだろう、おまえ……」

「申し訳ございません! これも私の監督不行き届き……後ほど、強く叱りつけておきますので……!」

 イハは立て続けに魔王へ弁明する。芝居がかった言い回しで、アダコが割って入る隙を見せない。

 そもそもリーダーとして怠慢ばっかりだっただろうが――とアダコは叫びたかったが、魔王も同席している以上、言い争いの姿など見せるわけにもいかない。アダコが罪を被せられたまま、長々とした演説が終わった。

「……事情は把握したが、もっと計画性をもって作業するように!」

「ははーっ」

 イハは仰々しく頭を下げた。名指しされている手前、アダコも渋々それに倣う。ジンはその後ろでただ黙って立っていた。

「ちなみに、貴様らの目的地はもう押さえてある。ついて来い!」

 魔王はマントを翻す仕草を見せ――実際にはマントをしていないのでランドセルの中身がぶつかり合い音を鳴らすだけだったが――堂々と歩き出した。三人は魔王直々の指示にただ従い、肩をすぼめてその後ろを歩いた。


「ま、魔王さま……」

「ん?」

「魔王さまは、一体なぜそのような格好をされてるんで……?」

 四人で銀行を目指している真っ最中。

 モヤモヤする気分を紛らわす為に、アダコは魔王について気になっていたことを聞いてみることにした。

「なぜって、そりゃ……」

 魔王は口ごもる。アダコは続けての疑問をぶつけた。

「魔王さま、小学生扱いすると怒ったじゃないですか。それなのに自ら小学生の格好をするのは、何だか相反しているなと……」

「哲学的だろう?」

 魔王はフフンと鼻を鳴らす。

「てつがく……人間界の学問ですね。見ても良く意味が分かりませんでしたが、なるほどこれが哲学なのですね」

「貴様、やはりバカにしてないか……」

「いえ、滅相もない!」

 魔王はジロリとアダコを睨むが、それもほんの僅かの間だった。

「……まあ良い。何故この格好をするかと言うとだな」

 魔王は急に真剣な顔付きになった。アダコは思わず唾を飲む。

「私とて、自分が外からどのように見られているか、心得ているつもりだ」

 魔王は、遠い目でしみじみと語り出す。

「……特に人間界は、見た目をしっかりしていないとすぐに嘲笑の対象になる。例えば私が大人のスーツなど身に纏っていたら変だろう?」

「いえ、それは……!」

 アダコは即座に否定しようとして、ふと考え込んだ。

「……確かに、魔界のほとんどの者達は魔王さまがどのような格好をされても特に咎める筈はございません」

 アダコはその時頭に降りてきたことを、そのまま魔王に伝える。

「しかし人間となると、魔王さまの危惧されたことが起こるかも知れませんね」

「そうだろう。まあ、貴様は魔族だが、私の第一印象に偏見を持っておったがな」

「あ、あれは、その……!」

 言いかけて、アダコは俯いた。確かにあれは偏見の心でしか無かったからだ。

「まあよいよ。恐らく魔族であれ、大体の者が持ち合わせる心だ」

 魔王は魔族の王に似つかわしくない澄んだ瞳でアダコを見た。

「まあつまり、そういうことだ。上手く世に溶け込むには、工夫が必要なのだよ」

「つまり……哲学的、ってことですか……?」

「そういうことだ。分かってきたじゃないか……どれ、着いたぞ」

 魔王はビル群の中に埋没する一つのビルを指差した。

「見よ。ここが人間界の欲望の補給場、銀行だ」

「おお……」

 自動ドアを抜けるとそこにはまた人間。窓口を境に手前側では待合の椅子に座り待機する人間や、窓口で話をする人間の姿。話をする相手は窓口の向こう側でお揃いの服に身を纏い、忙しなく動いている。

 場所のイメージはついていたものの、初めて目にする光景にアダコはつい圧倒される。

「ここで人間は重要なファクターである金のやり取りを行っているのですね……おお、この愚かな者共はあのような紙切れに踊らされ、まったくもって滑稽としか言い様が無い」

「おい、他の人間に聞かれたら不審がられるぞ。静かにしろ」

「はっ、申し訳ございません……!」

 アダコ同様初めての光景につい浮ついてしまったらしく、イハは声を潜めた魔王から注意を受ける。イハは即座に片膝をついた。

「ばかもの、余計怪しまれるだろうが! 即刻解除しろ!」

「はっ」

「全く……これでは完全に怪しい集団ではないか……」

「魔王様、汗を拭く『ハンカチ』をご用意しております」

「いらんわ!」

 魔王は周りの様子を窺いつつあくまで声を潜めて、生真面目に接してくるイハをコントロールする。

「ともかく、だ。今回の我々の目的はその人間達では無い。奥を見ろ」

 魔王は窓口を通り過ぎた更に奥のスペースを指差す。三人は釣られるようにその方向を見た。

「あれは……」

「あれが現代科学の利器、『えーてぃーえむ』だ!」

「エーティーエム……」

 魔王の指し示す位置には、高さが腰の辺りまである巨大な箱を模したような無機質な物体が横一列に鎮座していた。上部にはモニターが付随しており、人間達はそこを触ることで操作しているようだ。

「人間達は皆、あそこに自らの金を貯め込んでいる。そして必要とあらばそれを引き出し、使用している。これは人間界の至る所に配置されている。ここはあくまで一拠点に過ぎん」

「ということは、どこからでも引き出しというのは出来るんで……?」

「その通りだ、アダコよ」

「なんと……」

 魔王は惜し気もなくその知識を披露した。アダコも知識としては頭に入れていたつもりだったが、実物を見ると改めて人間界の技術力に圧倒される。

 まるで魔法じゃないか――アダコはつい言葉を失う。

「そうだ。これが人間の力。我々が是が非でも獲得せねばならん力だ」

 大袈裟な身振り手振りで、しかしあくまで声は潜めて三人に訴えかける。アダコは黙ってその声を拾った。

 そうだ。魔力に代わるかも知れない圧倒的な力、それが人間の科学。この力を魔界に導入出来ればその効果は計り知れない。今は難しいかも知れないが、この力を利用し、やがて人間界を制圧する日が、きっと――。

「そして今回の目的はあれから魔力を使って情報を吸い取る。そうだろう、ジン?」

 魔王の言葉に思考を遮られ、アダコはハッと振り向く。ジンは気配を消し、黙って後ろに立っていた。その姿に動揺は見られない。恐らくこの機械に相対するのは初めてでは無いのだろう、とアダコは感じ取った。

「では早速『えーてぃーえむ』に接触するのだ。そのためには……」

 魔王は言うや否や機械とは違う方向へ歩き出す。その先にはテープの仕切り。人間達がそこに一列に並んでいた。

「『えーてぃーえむ』は人気でな。こうして並ばんとその前に立てん」

「そういうこと、ですね……」

 三人揃って魔王の後ろに並ぶ。小学生と黒ずくめの三人という奇妙な集団に、周囲の人間は薄気味悪さを感じずにいられなかった。

 自然と送られる怪訝な視線をどうにか耐え、やがて機械の前に辿り着いた。

「……どうだ、やれそうか?」

「やったことはないけど、たぶん大丈夫、と思う」

 ジンはあくまで普段と変わらない態度だった。目の前でそれを確認出来たアダコはひとまず安堵する。

「よし。では、やれ。ジンよ!」

 魔王直々の命令に呼応するように、ジンは両手を機械にかざす。

「はぁぁぁぁぁ……」

 ジンの両手に底知れぬ魔力が充満していく。その姿勢は普段の飄々とした雰囲気からは想像し難い程に真剣そのもの。

 立ち会う魔界の面々に緊張が走るが、幸い魔力に関する知識どころかその存在すら知らない周りの人間達は特に何かに気付く様子も無い。後はこのままジンが上手くやってくれれば――。

「うっ!?」

 突如、苦しげな悲鳴が場に響き渡る。

 とても普段から無口で、大声を上げるタイプとは対極に位置する者が発したとは思えない声だったが、やはりジンのもので間違い無かった。

「どうした!?」

 アダコの問いにジンは何も答えない。その額には多量の汗が滴り、顔には苦悶の表情を浮かべていた。

 やがて呻くようにジンは一言だけ呟く。

「……機械が、反応しない」

「何だと?」

 具体的に何が問題で、どの部分に苦心しているかはアダコには飲み込めない。魔力の行使についてはジンに一任している。それ故の完全なブラックボックス。

 しかし、ジンの様子から現状が非常に良くない事態であることは察することが出来た。アダコはジンへ冷静にヒアリングを重ねる。

「大丈夫か? 一旦退くか?」

「こんなハズはない。こんな……」

 ジンは完全に目の前の機械に対して躍起になっていた。アダコの言葉など耳に入っていないことは一目で分かった。

「おい、どうする。これはまず……」

 まずい、と感じたアダコはすかさずリーダーであるイハの意見を仰ごうとする。

 しかし、振り向いた先にはイハの姿自体が無かった。

「えっ……?」

 一瞬何が起きているのか理解出来なかったアダコは狼狽えるように辺りを見回す。

 すると、待合スペースの棚に色とりどりに並ぶパンフレットを物色するイハの姿が目に留まった。

(このタイミングで調査なんかしてんなよ――!)

 アダコが思わずその場を離れリーダーの元へ駆け寄ろうとした瞬間。

「くっ……くっそおおお!!!!」

 気の動転を抑え切れなくなったジンが普段の態度からは想像もつかない勢いでATMをひたすら殴り付ける。

 右腕を振り下ろし一撃、左腕を振り下ろし一撃、そして両腕で一撃、二撃、三撃――。

「ちょっと、お客様! 困ります!」

 怒気をはらんだ叫び。数人の銀行員がすかさず駆け寄ってくる。辺りはたちまち騒然とした空気に包まれた。

「おい、逃げるぞ!」

 張り詰めた魔王の声でジンもようやく我に返る。そこから三人は一斉に出口へと駈け出した。アダコは走りながら未だ行内を物色するイハを目に留める。

「イハ、撤収だ!」

「何だと?」

 ポスターの文章を読むことに一生懸命だったイハは急な呼び出しに驚きを隠せなかったが、流石の洞察力で状況を察して、直ぐに三人に合流した。

「お客様! お待ちください!」

 丁寧な言葉とは裏腹に、不審者を引っ捕らえようとする意気込みを隠し切れないことを物語っている血ばしった目で銀行員達が襲い掛かる。

 更に、どこから湧いて出たのか警棒を片手にした屈強な男達がその群れに加わっていた。その数は四人、五人と増える一方。

 警報が鳴り騒然とする場内を、四人はどうにか脱出する。銀行員達は構わず後を追いかけて来た。

「どうする!? どこに逃げる!?」

「とにかく人目につかん所だ!」

 全員が走りながら適当な路地裏を探す。しかし、銀行は都会の大通りに面しており、行けども行けども身を隠すに相応しい脇道は現れない。

「あっ、あそこ……!」

 ジンがいち早く、およそ百メートル先に存在する細い曲がり角を発見する。近辺は人波もちょうど途切れていて、身を潜めるのに適しているようだった。

「よし。あそこまで走るぞ!」

「魔王様、全力で走ってしまっては怪しまれるのでは……?」

 咄嗟にイハの忠告が入る。

 それもそのはず。この場にいるのは魔界における選りすぐりの精鋭、そして王そのもの。身体能力という点では、人間が理解出来る範疇には到底収まらない。ここで全力で走ろうものなら、四人の存在が怪しまれるどころの騒ぎでは無い。

「ぐぅ……」

 瞬時の迷い。しかし魔王はそれを振り払い、決断した。

「よし、人間に不審に思われないレベルで速く走るぞ。私について来い!」

「は、はっ……!」

 魔王を先頭に、銀行から路地裏までの百メートルを駆ける。

 『全力で力を抜く』という奇っ怪な走行。しかしそれでも追手との距離はみるみるうちに広がっていった。

「皆、こっちだ!」

 やがて目的としていた路地裏に辿り着く。予想した通り人目は無い。

「魔界にテレポートだ。ジンよ、急げ!」

「……うぅ……」

 魔王の作戦は、テレポートを使用しての魔界への緊急避難だった。ジンもそれを予想していたのか既に気を練り始めている。

 しかし、魔力発動の予兆は待てども待てども訪れない。

「おい、大丈夫か!?」

 たまらずアダコがジンの肩を掴む。ジンの体は小刻みに震えていた。アダコの背筋に緊張が走る。

「も、もうだめ……」

 ジンはうなだれて動かない。テレポートをする為の魔力の生成に失敗したのだ。

 何故そんな状況になってしまったか、焦りが生んだミスか。最早それは即座に究明出来ない。しかし、追手がもう迫ってきている。どうにかして脱出出来なければ後が無い――。

「――!!」

 刹那、強大な魔力が四人を包む。

 その湧出量の凄まじさに、アダコはまるでここが魔界のマグマの火口であるかのような錯覚を起こした。

「皆、しっかりその場で待機するよう……」

 不意に降りてきた声はイハのものだった。

 その瞬間アダコは理解する。この果てし無い魔力の出力元はこのイハであることを。

「――ハッ!!」

 短いイハの掛け声と共に、四人はその強大な魔力もろとも人間界から一瞬にして姿を消し、魔界へと退散した。

 追手が裏路地に到達した時には、既に四人がいた形跡は消え失せていた。


「……危なかった…………」

 アダコは辺りを見回す。

 四方に溢れる不穏な空気、充満する熱、所々で噴火する火山や怪物の咆哮を確認し、ここは魔界だと安堵した。

 四人はとある岩場に降り立っていた。流石のイハも着地点まで指定する余裕は無かったのだろう、そこは魔王城から遠く離れた場所だった。

「全く……」

 魔王バイオレットが埃を払い立ち上がる。ランドセルを背負ったままの、人間界用の姿そのまま――もっともこの場の全員が変装したままの姿だが――だった。

「今回はイハの機転により事無きを得たが、次は無いと思え。人間達に存在を知られるなどあってはならないことだからな」

 魔王はその一言だけ残し、その場でくるりとターンする。次の瞬間には煙と共にその姿を消していた。後に残るのは静寂と魔界全体に響き渡る呻きの声だけだった。

「……なあ、ジン……」

 アダコは出来るだけ自然にジンに話し掛ける。そして核心に迫る質問を投げた。

「エーティーエムに接した時、一体何があったんだ?」

 決してジンの技術、魔界でも屈指の魔力について疑いを向けるわけでは無い。しかし、そう思われることは今後のチーム情勢を考えどうしても避けたかった。

 少しでも癇に障るような発言は禁物。それを踏まえた上で、アダコは原因を知るべく大胆に切り込んだ。

「……分からない。あの時を、思い出しても、よく、分からない」

「そうか……」

 声のトーンから、少なくともジンのミスでは無い筈だとアダコは直感する。恐らくあったのだ。機械側で魔力を遮るような、想定外の何か――。

「全く、だらしのない」

 刹那、未だ整理のついていないジンに追撃を加えるかのような声が飛んできた。その主がリーダーのイハであることは明白だった。

「貴様の最大の働き場でこうも無様な姿を晒すとはな。それだけならまだしも二次被害まで引き起こしおって」

 どういうことか、イハは人間達に追い回された原因をしっかり押さえているらしい。

 現場に居合わせながら立ち会ってなかったくせに――とアダコは反論したくなるが、しかしそれは出来なかった。今回に関しては失敗していることは事実。それに対して叱咤するのもまたリーダーとして当然であるからだ。

 アダコは唇を噛み、ジンへの叱責を黙って横で聞いているしか無かった。

「魔王様の仰る通り、次回は入念な下調べと計画を立てる事だな」

 イハは言いたいことだけ言ってその場を去った。後にはすっかり消沈したジンとアダコが残るのみである。

「……まあ、あんまり気にしないでいこう。とにかくなぜ魔力で取り込めなかったかの原因と、どうしても無理と分かったら情報収集の代替案を考えなきゃな」

 ジンは無言で頷く。感情の起伏が無い奴だ、とアダコは勝手に決めつけていたが、今回の遠征で浮きと沈みの両方を一気に目撃して複雑な気持ちになる。何となく言葉を失ったアダコはこの場を立ち去ることにした。

「今日は一旦引き揚げよう。また今度な」

 変わらず俯いたままのジンに一言だけ残して、アダコは自らの根城へと向かう。

(ちゃんと期日までに間に合えばいいけどな……)

 アダコは飛び去りながら、遠くにそびえる活火山アイアンを見やった。

 アイアンはいつもと変わらず、しかしひっそりと魔界の全てを見渡すように不気味にそびえるのみだった。

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