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魔王の要件  作者: 小走煌
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君は動いてくれないの

「さて、リーダーのイハさんとやら」

「うむ。何だ」

 王の城を去り、三人は森の洞穴にやって来ていた。

 魔王バイオレットの指示により、年長者という理由でリーダーはイハが務めることになった。基本的には、イハの指示を受け残りの二人が動くことになる。

「まず一つ。アンタ、やけにあっさり『ぱそこん』とかいうやつを使うことを受け入れたが……何か手立てはあるのか?」

 アダコには、何をどうすれば魔王が言った要件を満たすことが出来るのか、見当がつかなかった。この男は何か分かっているのだろうか。

 長い沈黙の後、イハは重く口を開く。

「……私にも分からん」

「え?」

「分からんが、魔王様がそう仰ったのだ。やらねばなるまい……分かるなアダコよ」

「い、いや、分からんが」

「私はリーダーだ。リーダーというのは、全体を常に把握し、魔王様へ逐一報告せねばならん。私が実作業をしている余裕は無い、という事だ」

「そ、それってどういう……」

「お前が、実現するのだ。具体的な方法含めて、な」

「え……」

 アダコは言葉を失う。『人間界の叡智』について詳しいことは知らない。知らないが、自らは作業を行わず、あくまで下に任せるので問題無いと。そういうつもりで魔王の言葉にウンウン頷いたのだ、この男は。

「勿論、何かあれば調整する。遠慮無く、粛々と事に当たるのだ」

 イハは組んでいた腕を大袈裟に広げて、その語りを締める。アダコは思わず天を仰いだ。最早自分一人で計画を遂行せよと言われているような気がしてならなかった。

 アダコはふと、視線を横へやった。そこには一人の男が黙って立っている。

 アダコもすっかり忘れていたが、この男とは王室からずっと行動を共にしていた。今回の計画を実行するにあたり魔王が招集した三人目のメンバー。名をジンという。

「おい、おまえ……」

 アダコは、無言のジンが何を考えているのか知りたくなった。

「……」

 ジンは何も言わない。まるでこちらの言葉が聞こえていないのかとアダコは疑いたくなった。

「……やるなら、やる」

 ジンはぼそっと呟く。その発声は、人間界の発明品『マイク』がこの場にあったなら差し出してやりたい位のボリュームだった。

「今後共宜しく頼む。ではまた次回」

 イハの宣言を以って顔合わせは終了した。程無くしてイハとジンの両名はそれぞれの住処へ引き揚げる。

(大丈夫なのか、これ……)

 皆が去った洞穴の中、アダコは一人頭を抱えていた。


「では、諸君。これよりプロジェクトの会議を執り行う」

「お願いしまーす」

 リーダーであるイハの号令に残りの二人が呼応する。その声は、飛び交う獣の呻き声によって今にもかき消されそうだ。

 闇夜に屹立する荘厳な魔王城。その一角を占める凝った装飾のなされた部屋のど真ん中に配置された長方形の立派なテーブル。三人は、そのだだっ広いテーブルの隅に固まって座っていた。

「この部屋は、魔王様の許可により使用可能となった。本来我々は城への立ち入りも許されない。しかし『プロジェクト遂行の為に前線基地が必要である』という私の要望を、魔王様は聞き入れてくださったのだ」

 魔王を立てているようで実は当プロジェクトにおける一つ目の功績を自ら称えているように聞こえて、アダコは思わず首を振る。

(ダメだ……悪い方に考えるのは良くない……)

「さて、本日の議題だが」

 アダコの苦悩を遮り、イハはテーブルいっぱいに紙を広げた。

「これは……」

「スケジュール表だ。『いつまで』にこのプロジェクトを収束させねばならないか、これをまず明確にする」

「ちょ……ちょっと待てよ。他にもっと決めておかなきゃならないことがあるんじゃないか? 魔力使うなっていうお達しをどう乗り切るか、とか色々あるだろう」

「アダコよ、聞け」

 突如イハから発せられる、これまで感じたことの無い凄み。アダコは思わず口をつぐむ。

「作業の実施においてスケジュールというのは非常に大事だ。ここが狂うと、全てが破綻する」

「そうか……」

 アダコはこれ以上の言及を避けた。年長であるこの男が、これ程までの圧を伴って言うことなのだ。恐らく間違いでは無いのだろうと直感する。

「魔王様の要望をお聞きして私が作成したこの表によると、リミットは……活火山『アイアン』の噴火前」

「なんだと?」

 アダコの脳裏に良くないイメージが浮かぶ。

 活火山アイアン。そう遠くない未来に大噴火するとされている魔界でも有数の火山である。過去に一度大噴火を起こして以来活動していないが、再びの噴火が近い内に必ず起こる、と魔界の専門家は口々に告げているのだ。

 次に噴火すれば最後、魔界は一気に滅亡に追いやられるとされているが、専門家の間では具体的な対策は未だ立っていない。

「もうあまり時間が無いってことか……」

「そうだ。参考までに言っておくと、人間界換算でおよそ二ヶ月とされている」

 アダコはスケジュール表を眺める。魔王へのヒアリング、モジュール作成、成果物の試行――そこには今後の予定が日単位で落とし込まれていた。

「……スケジュールについては分かった。確かにこれからの動きの指針になるな。この通り進めていこう」

 アダコの了解に、イハは満足そうに頷く。アダコはスケジュール表に向けていた目線をイハへと移し、次なる課題を提示した。

「俺がずっと引っ掛かっていることを言わせてくれ」

「何だ」

「魔王様は『魔力を使うな』と言った。そしてアンタは『俺がそれを実現しろ』と言った。正直言って、俺にはどうやってそれを実現すれば良いのか全く見当がつかない。この件、この場で相談とさせてくれないか」

「……」

 イハは無言で顎を撫でる。

 沈黙が場を支配した。回答を待てども待てども、ただ沈黙がいつまでも続いていくだけ。促そうにもイハの発する謎のプレッシャーが邪魔をする。

「……」

 無言の重圧。本来、圧を感じるのは回答しなければならないイハの筈。なぜただ待っているだけのこちらがこんなにも居心地の悪さを感じなければならないのか。アダコは心の中で問答する。

「……ボク、出来る」

「なんだって!?」

 思わず大声になってしまったことを反省し、アダコは声の主を確認する。声の主は、本日初の発言となるジンだ。

「ほう。果たして何が出来るというのだ」

 内容に興味があるのか、イハが沈黙を解いて尋ねる。ジンはぼそぼそと、小声ではあるがはっきりと口を開いた。

「……人間界の、科学を、コピー、出来る」

「コピー……だと?」

 想像していなかった言葉にアダコは思わず聞き返す。

「どういうことだ、人間界の力を取り込めるということか?」

「……コピーしたモノを、そのまま出して、それを使える」

「なんと……」

 アダコの横でイハが低く呻く。

 当プロジェクトに招集された三人は、それぞれが魔王バイオレットにその力を見込まれた魔界の名工。故に、三人とも魔界において他の誰も有しない特殊な能力を持っている。

「人間界の科学力をコピーする能力か……人間界の知識教養に欠けている魔界においては、確かにオンリーワンの能力だ」

 イハは感心したように頷く。

「……うむ。それであれば、だ。ジンには直ちに人間界へ行ってもらい、我々が使う『ぱそこん』をコピーして来て貰おう。その異能を、我らが魔王様の為に今こそ役立てるのだ!」

 今ここに、魔界きっての特殊能力を持つジンへ、リーダーたるイハの命令が下った。プロジェクトが具体的に動き出そうとしている。

「ちょ……ちょっと待った!」

 次の瞬間、アダコは思わず手を挙げてそれを止めていた。大きな見落としに気付いたからだ。イハもジンも不審な視線をアダコへ向ける。

「コピー出来るって言っても、それをやっちまったら結局魔力を使っていることになるんじゃないのか……?」

 訪れる沈黙。

 皆がそれぞれの頭で意見を組み立てる中、やがてイハが重々しく口を開いた。

「アダコよ。不正というものは、表面化して初めて問題となる……とは言え、不正をして良いか、というと無論そんな筈は無い。安心しろ、我々は何も不正を働くわけでは無い」

「と、いうと……?」

 演説口調のイハを訝しがりながらも、アダコはその続きが気になった。

「魔王様はあくまで『人間界の叡智を使って事に当たる』と仰った。私の記憶では『魔力を使ってはならない』とは、仰っていない筈だ」

「……!」

 正直なところ、アダコはあの時の会話を一字一句誤り無く記憶している自信は無い。要点を押さえたつもりではいても、重要な部分が抜け落ちているかも知れない。故に魔力を使うことが是か非か、アダコは把握出来ていなかった。

 そこに染み渡るイハの圧倒的な説得力。アダコは思わず唸った。それなら大丈夫か、という気持ちになった。

「よし。早速人間界へと向かう。アダコ、ジン、用意をしろ」

 いざ人間界へ。プロジェクトは今度こそ最初の一歩を踏み出した。


「……おい」

「何だ」

「この格好、意味あるのか?」

「アダコよ、聞け。我々は魔族だ。魔族たるもの、決して人間にその存在を知られてはならんのだ」

「それはそうだが……」

 アダコはどうしても納得がいかないという様子で頬を膨らませる。

 照りつける太陽の下、三人はすれ違う人々の肩を避け、疑惑の視線をどうにか受け流しながら家電量販店を目指す。

 人間界の暑さなど魔族にとっては無きに等しい。しかし当の人間にとってはそうでは無いらしく、道行く誰しもが暑そうな素振りを隠さずに生地の薄いシャツの首元や胴回りを摘んでは、気怠くも懸命に風を送る。

 そんな彼らが三人を訝るのは当然のことだった。なぜなら三人の装いは一様に黒いジャンパーとチノパン、さらにマスクとサングラスで顔面を覆うという、人間界の季節に対する考慮を完全に省いたもの。当然、人間達にはその姿はなんとも言えない奇天烈なものに映る。

「もうちょいこう、周りの雰囲気にマッチするやつが良かったんじゃないか?」

「アダコよ。それは最早各々の感覚の問題だ」

「だって、現にジロジロ見られてるんだぜ……」

「そこは辛抱するのだ」

「くっ……」

 三人はそのまま歩き続ける。アダコは堪らず声を上げた。

「おい、目的地はまだなのか……? いくら何でも注目を集め過ぎてる」

「案ずるなアダコよ。もう目と鼻の先まで来ている。そうだろう、ジンよ?」

「……」

 一刻も早く身を隠したいアダコとは対照的に、イハはあくまで悠然と構えている。

 しかし、何故か先頭を歩くジンからの返事は無い。アダコが気をもんでいると、ジンは振り返らずに聞き耳を立てていないと聞き逃してしまいそうな音量で一言だけ発した。

「……迷った」

「え?」

 耳が正しく声を拾わなかったのだと、アダコは祈る。しかし聞こえた言葉が真実ならもはや戦慄するしか無い。ジンの表情は見えないが、とても冗談や嘘をついたようなトーンでは無かった。

 つまり、ここから入るべき店を探さねばならないのだ。衆目にこの姿を晒しつつ。アダコはこの熱気――魔族には影響の無いレベルだが――の中にあって、うっすらとした寒気を覚える。

「……おい、貴様」

 その時、静かな、しかし確実に怒気をはらんだ声が響く。嫌な予感がしたのか、ジンもその声に振り向いた。

「……」

 最後尾を陣取っていたイハがそこに佇む。しかし、顔を下げたまま何も言わない。不気味な沈黙が場を支配する。

 その直後。

「……早く見つけろ。今、すぐに」

 イハが顔を上げる。冷ややかな声。今にもジンに魔力攻撃を仕掛けそうな危うさを帯びている。

 落ち着け、とアダコが仲裁に入ろうとした瞬間、ジンが急に早足になった。

 他人の感情の変化に鈍感なところがあるのだとアダコはジンのことを勝手に解釈していたが、どうやら完全にそうだというわけでも無いらしい。ジンはグループから離れ、周辺を懸命に探している。

「あ、ここ……!」

 直後、何かの存在を認めたジンが手招きして二人を呼び寄せた。アダコは近付きながらジンの指差す方向を見ると、そこには巨大なビルと更なる人の賑わいがあった。どうやらそれは家電量販店ということらしかった。

「あ、あった、か……」

 家電量販店を見つけた時、アダコの胸には安堵が広がった。

 人間界では魔族であることを明かしてはならないという魔界の掟がある。もしも本当にイハが禍々しい魔力をジンに向けて放っていたらその掟が破られることに繋がったのだ。掟破りを行った者に対する魔王バイオレットの怒りは天を、いや魔界を衝く程の熱量だろう。

 加えて、イハの能力は完全なる攻撃魔法である。イハが人間界でその力を振るえば大惨事では済まない。かつ、ジンに静かに命令したイハは唇を震わせてその感情を露わにしており、怒らせてはいけない危険な存在であるということを再認識させた。

(良かった……本当に、良かった……)

 アダコは改めて胸を撫で下ろす。かくして三人は本場の『自動ドア』を潜り、店内への侵入を果たした。

「さて。建物の中は広大で入り組んでいるとの噂だ。心して……」

 イハはそこまで言いかけてその口と足をピタリと止める。他の二人も一様に、入口付近で急停止した。

 三人の目の前には、特価品のノートパソコンが鎮座していた。

「おい、早速あったな……」

「この造形、質感……確かに、魔王様のお部屋にあった物と酷似している。これが人間界の、叡智の結集か……」

 三人は思わずつばを飲み込む。予想外の発見スピードに戸惑いを隠せない。

「さて……この技術を持ち帰るわけだが……ジンよ、行けるか……?」

 黒光りボディを目の前に、イハもつい口調が慎重になる。

「……やってみる」

 ジンは一歩前に踏み出し、両手をパソコンにかざした。

「うっ……!」

「これは……」

 次の瞬間、想像を凌駕する強大な魔力の発生にイハもアダコも驚愕する。ジンの両手には禍々しい紫の光が結集していく。

 これが、魔界でも選りすぐりの名工、ジンの本当の力――!

「PCをお探しですかあ?」

 しかし、その力の発動は聞き慣れない甲高い声に遮られた。気配を察知した三人が素早く振り向くと、そこにはにこにこ笑顔で近寄ってくる男の姿があった。

「こちらの品、今だけの限定価格となっておりましてえ。性能は他のPCに全く劣らずですねえ。CPU、メモリ、いっぱい積んでますからあ。それでこのお値段というのは、もう今しかないチャンスなのは間違いないですねえ」

 笑顔のまま早口でまくし立てられる。三人は、言葉の内容が全く理解出来ない。

(おいアダコ、どうにかしてこの者を追い払え!)

(む、無茶だ! こいつ、いつまでも付いて来そうな雰囲気あるぜ!)

(しかし、こうもたかられては適わん! ジンの魔法も停止してしまったではないか!)

(そ、そうだが……)

 心の声の如き極小ボリュームで、眼前の男を退散させる緊急会議を開く。男は相変わらず何語を喋っているのか不明だった。

(仕方ない……俺の力で吹き飛ばす。魔力だとばれないようによ……!)

(やむを得ないな……やれ、アダコよ!)

(はあああっ――!)

「ボクたち、パソコンは買わない」

 男に向かって解き放たれる予定だったアダコのその力は、ジンの一言によってキャンセルされた。

「さ、さようでしたか……」

 男は気まずそうにその場を去っていく。イハとアダコはその背中を口を開けてただ追った。

「あれは、この店の店員……物を売るのが、仕事だけど、買わないっていう意志を見せれば、もう追ってこない」

 気がつけば、先程の男はもう既に他の人間を接客している。その切り替えの早さは人間の皮を被った最新鋭の機械か何かかとアダコは思わず勘ぐった。

「それにしても詳しいんだな」

 窮地を救ったジンの堂々とした立ち居振る舞いに、アダコは感心して言った。

「人間界には、たまに遊びに来るから」

「そういうことは早く言ってくれ……」

 全く表情を変えないジンに、モヤモヤの収まらないアダコだった。


「こ、これが『パソコン』か……」

「うむ。機械であることを感じさせないこのスマートなシルエット。それでいて、そこに内包されている重厚な情報の質。正に我らの次代を担うに相応しい」

 雷鳴轟く魔界。その景観にはどうにもマッチしない無機質な物体。

 家電量販店にて店員を退けたジンが再度魔力を発動し、パソコンのコピーは無事実行された。三人はそのタイミングで逃げるように人間界から引き揚げ、たった今魔界にてそれを降臨させた。

「ど、どうする……?」

「うむ……早速、その効果を確認したいところだ」

「ああ……」

 そう言ったきり、二人とも黙ってその場に固まる。パソコンがこの場に現れたといえども、使用方法が分からないのではどうしようも無かった。

「アダコよ、触ってみろ」

「ああ……」

 アダコは答えるが、いざとなると尻込みしてしまう。

「どうした、早くしろ」

「ああ、分かったから……」

 イハが急かすのでアダコは意を決してパソコンを触ってみた。

「おお、すべすべしてる……」

「余分な情報は要らん」

「くっ……」

 懸命なレポートも、不要であれば咎められる対象となった。アダコはそのまま、様々な角度からパソコンを眺める。

「これって、どこを押したりするんだ……?」

 アダコの頭に疑問が浮かんだ。王室のパソコンは、何やらボタンが大量にあった筈だ。

「これじゃ操作が出来ないよな……」

「……」

 お手上げ状態となり、二人はまた固まる。

「お、お前、何か知ってないか……」

 アダコは恐る恐るジンに話を振る。ジンは相変わらず無表情のまま、無言でパソコンに触れる。

「まず、開ける」

 ジンは迷い無く、蓋を開くようにモニター部を露出させ、キーボード部の右上に存在するボタンを押した。

「……これで、電源が入る」

「そ、そうか……」

 ジンは事も無げに言ったが二人にとっては未知の世界。何をしているのかよく分からないまま、アダコはジンが行った手順の記憶だけは辛うじて遂行した。

「これを使えば、色んなことが検索できる」

 ジンはそう言いながら、画面に存在する青色のアイコンをクリックする。検索語句の入力画面が新たに表示された。

「おお!」

 二人は顔を画面に近付ける。

「ここに、検索したい内容を入力すれば、何でも出てくる」

 ジンは慣れた手つきで『人間界 悪い 人間』と入力欄へタイプした。カーソルが矢印表示から実行中を示す青色のドーナツ型へと変化する。

「おお!」

 二人は食い入るように画面を見つめる。今回の計画にてまるで湧かなかった具体的なイメージが、今みるみると二人の脳内に噴出し出した。

 しかし、いくら待っても画面はフリーズしたままである。二人は言葉無く立ち尽くす。

「ここでは、検索できない……ネットが、繋がってないから」

「ねっと……?」

 聞き慣れない言葉に二人は困惑を隠せない。

「なんだ、つまり……魔界では、これは使えないってことか……?」

 ジンは無言でアダコの問いに小さく頷く。

 このミッションにおいて根幹をなすパソコンの調達。それは達成された。

 しかし、それが使用出来ないのであればどうしようもない。そしてアダコとイハは、その方法について皆目見当がつかないのである。

「アダコよ。当プロジェクト、最初の問題だ。これを如何にして解決するか……腕の見せ所であるぞ」

「あ、ああ……」

 自分では何も考えないのか。疑問を覚えながらアダコは思考を巡らせる。

 しかし、思ったように頭は働いてくれない。この機械の仕組みなど何も知らないのだ。考えてどうにかなる問題では無い。出来ることと言えば、どこか有識者からヒントを得ること――。

「あ」

 アダコは思わず、自分でも訂正したくなる程に間の抜けた声を出した。

「どうした」

「そう言えば……魔王様の部屋には、パソコンがあったな?」

「……うむ、確かにあった」

「ってことは魔王様も使っているはずだ。どうやってあのパソコンを使ってるのか……何らかのヒントくらいは頂けるんじゃないのか?」

「……確かに、王室のパソコンを使用している魔王様本人であれば何かご存じの筈だ。魔力を用いずにその使用を可能としている、何かを」

「ああ。灯台下暗しだったな」

「……よし」

 イハは思いついたように手を叩く。

「アダコよ。早速魔王様の元へ伺うのだ。その秘密、探るべし!」

「えっ、一緒に行かな――」

「頼むぞ」

 一緒に行かないのか、というアダコの声の上にイハの声が覆い被さった。アダコはイハの指示の元、単身魔王城へ赴くことになった。

(納得いかねえ……)


「どうした。顔色が悪いぞ?」

 魔王バイオレットは悠然と椅子に座している。

「聞きたいことがあります」

「申してみよ」

 子供の外見から放たれる圧倒的な威圧感。それに気圧されながらもアダコはどうにか言葉を続ける。

「……魔王さまのパソコン、いったいどうやって使用を可能にしているので?」

「どういう意味だ?」

 意を決して直球での質問を敢行したが、逆に意図が伝わらなかったらしい。

「あのパソコン、何かの検索をしていたはずですが、検索には『ネット』とかいう人間界の能力が必要なのかな、と……一体それはどうやって実現されているのですか……?」

 本当に意図が伝わるか、不安になりながら言葉を紡ぐ。

「……」

 アダコはチラリと魔王バイオレットの顔色を窺う。何かを考えているのか、思考は読めない。

 しかし、直後に魔王から返ってきた答えは意外なものだった。

「あの『ぱそこん』には魔力が通してある」

「えっ……?」

 アダコは思わず間抜けな声を漏らしてしまう。

「魔界に人間界の力を再現させるにはそれなりに労力と時間が要るのだ。人間の力も必要になってくる。そういった才能ある人間を魔界に連れてくるのが、今回の計画というわけだ」

「で、であれば……今回のプロジェクトでパソコンに魔力を通して使っても、それは問題ないです、か……?」

「ああ。構わん」

 存外あっさりとした魔王の返答。あっけにとられたアダコは、以降の会話を生返事で済ませその場を後にした。魔力の使用を気にしていたこれまでは何だったのかと言いたくなる気持ちをぐっと堪え、アダコは二人の元へと戻った。


「おお、文言に応じた情報が出力されるぞ。これは何という利便性だ……」

 はしゃぐ様は子供のよう。人間界の文字などいつ覚えたと突っ込みたくなる気持ちをアダコは腕組みし堪える。

「これなら、人間界に行かなくて良いから、楽」

 パソコンに魔力を与えたジンも興味津々といった様子で画面を眺める。

「今までこの方法は考えなかったのか?」

「……うん。思いつかなかった」

「そうか」

 パソコンに魔力を通した張本人であるジンは、アダコの問いに一言だけ返した。どうやら『パソコンを魔界で使えるようにする』ということは今回のプロジェクトで初めて実行したことであり、これまでパソコンを使用する際にはその都度人間界に出向いていたらしい。

(それにしても、あっさり使えるようになったな……)

 単に魔力を与えれば良いというわけでは無かった筈である。コピー能力の応用なのだろうか、人間界でのパソコンの使用を容易く実現させた点は流石魔界の名工といったところか、とアダコは感心した。

「さて……」

 イハが一つ咳払いをして二人を見据える。

「舞台装置は整った。これからこのシステムを使い、人間界から有望な人材を抽出する」

 朗々とした声で語るその様はリーダーらしく威厳に満ちている。

「しかし、現状のままでは単に人間界の道具が魔界で使えるだけに過ぎない。有望な人材を探せるようにするならもう一工夫要るんじゃないのか……?」

「そういうことだ、アダコよ」

 イハは一つ頷く。アダコの懸念は既にお見通しであるかのようだった。

「このシステムにエッセンスを加えることで、我らの計画は成就する。そのエッセンスは同様に魔力を以って加えれば良い。問題は、その中身だ」

 一呼吸置いて、イハはアダコを見据える。

「アダコよ、ここは魔王様へのヒアリングが必要だ。魔王様が真にお望みになる人材とはどのような者か……これを魔王様へ伺い、任務完遂への大きな一手とするのだ!」

「あ、ああ……ならここは皆で一緒に――」

 言いかけてアダコは止めた。イハの視線は『頼むから一人で行ってくれ』と言わんばかりのものだった。押し付けられている気がして気分が悪いのだが、リーダーの命令とあってはどうにも覆し難い。

「……分かりました。行ってきます」

「頼むぞ」

 イハは満足気に頷いた。


「また来たのか。まったく、騒々しい男だな」

 呆れ果てたといった顔で魔王バイオレットは椅子に肘を掛け、それに自身の頭をもたれ掛けさせる。

 こっちだってリーダーに直接来て欲しかったよ――という心の声を、アダコはどうにか飲み込む。

「ところで、この前オススメした人間界の商品は見てくれたか?」

「えっ……?」

 魔王の言うことに、アダコは全く覚えが無かった。

「言ったであろう。人間界の野菜を詰め込んでグチャグチャにする機械――あれが最高に便利なのだと!」

「……言いました?」

「ああ、言った!」

「聞いてない気が……」

「なんだと?」

「す、すいません、一体いつの話です……?」

 アダコは高まる緊張と不安をどうにか抑えながら魔王へ問いただした。

 今、魔王が言っていることは、アダコの頭の片隅にも無いのだ。魔王と会話をしたのなら間違いなく覚えている筈である。

 それなのにアダコの記憶に無いということは、何か別の者に伝えたことと勘違いしているのでは、とつい勘ぐってしまう。

「この前、王室のパソコンはどうやって使ってるのかと聞きに来ただろう?」

「はい、それで、魔力を通して使われているというお話だったので……」

「ほら、その時だ!」

「えっ……?」

 魔王の言葉を聞いて、アダコの脳裏に当時の出来事が浮かんできた。

 その時は『魔力を使わずにパソコンを魔界で使うにはどうしたら良いか』ということで頭がいっぱいだった。そこで魔王から、魔力を使って良いという返事が得られたので、思わず気が抜けて以後の話は聞き流したのだった――ということを、アダコは今思い出した。

「とすると、あのとき……!」

 アダコは冷や汗を流す。記憶が本当なら、魔王の話を聞いていないどころか指示されたことをしていないということになる。

「思い出したか」

 魔王はふんぞり返って、フンと鼻を鳴らす。

(まずい――!)

 どんな仕置きが待っているのか――アダコは震え上がったが、何故か眼前の魔王は、特に怒った風でもない。

「つまり、特に見たり調べたりはしてないのだな?」

「……は、はい…………」

「まあいい。別に重要な話ではないしな」

 魔王はふてくされたように椅子にもたれ直すが、やはり怒っている様子は無い。アダコをあっさりと許した。

 何だったんだ、一体――アダコの心は強烈な不安から安堵へと落ちていくが、そこでどうにか踏ん張り当初の用件を進めることにした。

「すいません、話を本題に進めます」

「ああ」

「実は、パソコンを魔界で使用することに成功しました」

「おお! 本当か?」

 魔王は退屈そうな表情を一変させた。

「私も中々に苦労したのだぞ、あれを使えるようにするのにはな。流石に魔界選りすぐりの人材を組ませたチームだけのことはあるな……して、それから?」

 王室の最奥に鎮座するパソコンにチラリと目をやり、魔王は身を乗り出して次の言葉を急かす。

「はい……しかし、現状では単に人間界の道具を魔界でも使用出来るだけに留まります。我々に課せられた使命を果たすには、『どういった人間を抽出の対象とするか』という部分が肝です」

 説明をしながらアダコは魔王の表情をチラリと見る。その顔はあくまで真剣そのものという様子だった。

「この部分は、魔王さまにご判断頂かなければならないところかと。そこで私が魔王さまの意向を確認しに参りました」

「ふむ……」

 魔王は腕組みをしながら首を傾げ、難しく考え込む表情を作る。一見子供のようなその仕草からはしかし、周りの全てを平伏させるに相応しい圧倒的なオーラが放たれていた。アダコは逃げ出したくなるところをすんでのところで堪え、魔王の回答を待った。

「うーん……私が必要としている人材は……」

 圧倒的オーラに反してどこか間の抜けた声。しかし、その思考が本気であることは充分に伝わってくる。しばしの沈黙の後、魔王は快活に答えた。

「やはり、悪い奴だな! うん、圧倒的に悪い奴だ!」

 アダコは言葉に詰まる。原因不明の、言い表せない胸のつかえを感じる。

「それから、特殊な能力を持っていなければいけないな。いくら悪くてもそうでないと役に立たん。後は、そうさな……野望を持っているとなお良い。半端者では魔界は生き残れないからな」

 悪い奴、特殊な能力、野望。ズラリと並んだ言葉達。どう処理すれば良いのかアダコには分からなかったが、胸のつかえの正体は分かった。

「あの……魔王さま、それでは少し具体性に欠けるかと」

 アダコは直球で魔王に進言した。

 具体性の欠如。それこそがアダコの不安の正体だった。魔王の口から出た言葉はどれも具体的にどういう人間を発見したいかという部分まで掘り下げられていない。あくまで抽象的な表現に留まっている。

 しかし、魔王バイオレットの返事はアダコが想定しないものだった。

「貴様、それを考えることも含め貴様らの仕事だぞ」

「えっ、し、しかし……」

「グダグダ抜かすな! 良いか。今回の計画は人間界より悪の心を持つ者をスカウトし、魔界復興の足掛かりとするものだ。それに即した人材であれば何でも良い。これはと思う者は積極的に捕らえよ!」

「は、はあ……」

 もはや魔王は何を言っても聞きそうになかった。胸のつかえを抱え、アダコはこの結果をチームへ持ち帰ることにした。


「……と、いうわけだ。ここは一つ、発見する人間の対象について検討を行いたい」

 洞穴の中、三人は胡座をかいて焚き火を囲んでいた。アダコが舵取り役となり、会議がスタートする。

「アダコよ。なぜ対象の人間についてもっと具体的に詰めなかった。それを聞き出すのはこちらの作業では無いのか?」

「一方的に押し切られたんだよ……」

 それを聞き出すのはアンタの仕事では無いのか、というオウム返しを喉元で抑え込み、どうにか弁明する。

「俺も、答えを貰うぐらいの意気込みで行ったんだが……これだ。でもこうなった以上、こっちで考えるしかない」

「……どうにも解せんが、まあ仕方無い」

 どこか刺のある言い回し。アダコはひとまずそれを無視して話を進めることにした。そもそもなぜ他に適任がいるのにも関わらず自分が進行役を務めるのかも甚だ疑問。しかし、その疑問も一旦は無視する。

「魔王さまが打ち出した柱は『悪い奴』『特殊能力の持ち主』『野望』、この三点だ。このキーワードを掘り下げていく」

 イハとジンに交互に目をやり、アダコは意識して冷静に話を進める。

「まず『悪い奴』。これをどう定義するかだが、何か良い考えは無いか」

 場には沈黙の時間が流れる。難解極まる話だから当然。アダコは意見の噴出を待ちながら、自らも考えを巡らせた。

「悪の心を持つ輩……彼奴らの行動パターンが判別出来れば、何か見える物があるかも知れぬ……」

 イハは天を仰ぎながら呟く。その意見にはアダコも同意だった。悪事をはたらく者達の共通点――これを顕在化させれば、それが一体どのような人間なのかがきっと見えてくるに違いない。

「……金」

 不意に出た聞き慣れない単語。声の主はジンだった。

「カネ、か……」

 その言葉は知っている、と言わんばかりにイハが唸る。

「それが人間界で使用される等価交換のタネである、ということは理解している……して、その金とやらで一体何が分かるというのだ?」

 顎をさすりながら訝しげに問いただす。

「まあ、そうなんだよな……」

 イハが持つその感情は、アダコもまた同様に持っていた。悪人を見つける為に金というキーワードが一体何の役に立つというのか。全ての人間に普遍的な行動を計るのであれば、もっと他に適したものが――。

「――待てよ」

 瞬間、アダコの頭に閃きが走る。まるで頭のパズルが急激に組み上がっていくような感覚に陥る。

「確かに、金は全ての人間が共通して使う。人間にとって普遍的な価値は、ある」

「……その動きを押さえれば、良い人間、悪い人間の、区別がつく、かも」

 アダコの言葉にジンも同調した。

 人間界において金は絶対的存在。

 全ての者が金に付き従う。悪しき人間はその力を逆に利用するかも知れない。金を莫大にかき集めれば何でも出来る。その動向を追うことで、悪の心を持つ人間を炙り出せる可能性はある。

「面白いな。この観点なら、もしかしたら行けるかも知れん」

「待て」

 開けつつあったアダコの視界を遮る声はイハのものだ。

「着想は良いかも知れん。しかし、だ。実際にどうやってその情報を得る?」

 イハの言うことはもっともだった。どれだけ金が重要な情報になろうが、それを取得する術が無ければ空論に終わる。

 しかし、起案者であるジンは妙に落ち着き払っていた。イハの問いに微動だにせずぼそっと呟く。

「……ある。情報」

「何だと?」

 ジンは、眉間にシワを寄せ更に訝るイハを見ることはせずに、ただ俯いているばかりだった。

 そんなジンの二の句を待たずにアダコは思考する。人間達の金の流れ、それが集まる場所、設備。一体何処にそれはあったか。懸命にこれまで調べてきた人間界の知識から該当するワードを掘り出す。

 その結果、アダコにはようやく答えが分かった。

「……銀行か!」

 アダコの閃きに、ジンは黙って頷いた。

「人間達は銀行へ金を預けている。その内容が知れれば大きなヒントになるかも知れん。企みがあれば、金の動きは他と比べて異常性があるはずだ……そしてその情報は魔力で得られる。そうだろう、ジン?」

 相変わらず俯いたままのジンは、しかし再度頷いた。それは考えが一致した証。

 銀行のデータを得ることで人間達の金の流れを掴み、悪の心を持つ者を炙り出す。方針はここに決定した。

「そうと決まれば、行くか。人間界へ!」

 アダコの高らかな宣言に呼応するように、魔界には一層激しく雷が鳴り響いた。

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