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魔王の要件  作者: 小走煌
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これから始まる一大プロジェクト

 光の見えない、闇の世界。

 闇に覆われた空を更に隠すのは、うっそうと生い茂る無数の枝葉。

 その根幹には、一本の巨大な樹木がそびえる。

 人間界で例えるなら樹齢何千年か、はたまた何万年か。数多の生物の盛衰を見守ってきたであろう大木は、ただそこに佇むのみ。


 しかし、今。

 大地震わす轟音が辺り一面に響き渡る。

 大木は、一瞬にしていかずちに貫かれた。激しい音を立てて大木はその生涯を終える。その音はまるで落雷の余韻のようだった。

 稲光はいつまでも止まない。暴風吹き荒れる大地は、微生物の生存すら許さない程の瘴気で満ちている。

 男は、そんな世界を気怠げに、まるで自宅の廊下でも歩くかのようにゆっくりと歩を進めていた。

 獣が闊歩するこの魔界において、男はまるで人間のような出で立ちをしていた。そのままの姿で人間界に行っても問題無い程である。

 やがて男は巨大な壁の前でその歩みを止めた。視界には全景が映らない。おもむろに壁を見上げる。

 それは、壁ではなく扉――所謂城門そのものだった。何人の侵入も拒むであろう邪気。天に続いているのかと思わせる程の高さ。巨人が使用するのかと疑うその造形は、言い様のないプレッシャーを来訪者へ与える。

 しかし、並の住人ならば門の前に立つことすら不可能。そこに立っていられるだけで、男の実力が際立っていることの証明としては充分だった。

 男は無言で門へと歩を進める。部外者の侵入を阻むかと思われた門はしかし、ゆっくりと開きそれを受け入れた。

(まったく、立派な門だこと……)

 男は心の中で独りごちる。本音を――これもやはり心の中ではあるが――叫ぶと『開いて欲しく無かった』というのが正直なところだった。

 なぜなら、ここは既に王の城であり。

 この先に待ち受けるは魔界を統べる王そのもの。

 男は、魔王より直々に呼び出しを受け、今ここにいる。その事実を改めて認識し、寒くもないのに全身が大きく震える。

 しかし、開いてしまったものはしょうがない。男は深呼吸を一つして、意を決したように大股で城の内部へと入っていった。


「良く来た。魔界の名工よ」

 息苦しくなる程の禍々しさ。通された王室には、男が想像していた以上の邪気が満ち満ちていた。

 そして、そこに響き渡るのは低音響く厳かな声――。

 という男の予想は外れた。代わりに聞こえてきたのは、成熟し切っていない、あどけなさの残る甲高い声。

 そして、現れた姿は男の想像からかけ離れたものだった。

「あ……アナタが……魔王……?」

「いかにも。我こそ魔王バイオレットである」

 威厳が微塵も感じられない極小の背丈と外見。

(なんだかあれに似てるなあ……なんて言ったっけ、あのチビガキ……)

 男は微かな記憶を辿り、やがて一つの答えに辿り着く。

(……あれだ、人間だ! 人間のこどもだ!)

 そう、今目の前に立っている魔王のその姿は、人間界における『女子小学生』に酷似していたのだ。

 その瞬間、男の中でイメージが固定されてしまい、目の前の少女がとても魔界を統べる王とは思えなくなってしまう。

「貴様、何か失礼なことを考えておらぬか……?」

「い、いえ……滅相もないっ……!」

 勘の鋭さはやはり魔王と言ったところか。男は指摘を即座に否定しその場をやり過ごした。

「とくと目にしたであろう。神聖なる悪魔の城、その城門を。どうだ、見事な出来栄えだと思わんか」

「は……?」

「あれには人間界の技術が取り入れられている。『じどうどあ』というやつだ。素晴らしいだろう?」

「はぁ……」

 異世界、恐らく人間界の言葉だろうか。しかしその単語は男の耳に馴染みの無い言葉だった。

「ともあれ、よくぞ此処まで辿り着いた。貴様、改めて名を名乗れ」

「はっ。私は……」

 一瞬の躊躇いの後、男は声のトーンをやや落として言った。

「アダコ……魔界の技能者、アダコと申します」

「アダコ。やはり改めて聞いても、人間界の女のような名だな」

(ぐっ……そう言うなら改めて聞かないでくれよな……)

 男――アダコは、女性の名前に『子』という文字をつけることが多い人間界においては女性的な響きを伴うと判断されてしまうこの名前を気にしていた。人間界との親交があるわけでは無い為、本来なら気にする必要は無い。しかし周りの魔物がしきりにからかうので、アダコはこの名について指摘される度に不快感を覚えるようになってしまった。

「まあそう構えるでない、アダコよ。今回のミッションはチームワークが大事なのだからな」

 その王の言葉で、アダコは我に返る。

 今宵、アダコは王の呼び出しを受けてここにいる。それには何らかの理由がある筈なのだ。そして、その理由は未だアダコの耳に届いていない。

 一体、魔界を統べる王がこんなただのいち魔物――と自称しているものの実際はかなりの腕前である――に対して何の用があるというのか。

「アダコよ。貴様に一つのプロジェクトを担当して貰う」

「プロジェクト……」

 機械的でありながらどこか厳かなその言葉の響きにアダコは戦慄する。

(一体どんな恐ろしい計画を企てるつもりだ……この小学生魔王は……)

「……おい、貴様また」

「いえいえ滅相もない!!」

 アダコは思わず左胸をまさぐりながら弁明する。知らない内に、心臓に心を読む装置でも埋められているような気がしてならない。

「……まあよい」

 魔王は咳払いを一つ挟み、改めて宣言した。

「この魔界の復権が掛かった一大プロジェクト。貴様がそれを請け負うのだ。もし失敗した場合は……島流しの刑に処す!」

「え――ええええええっ!?」

 近傍の森に雷が突き刺さる。轟音と共に作り出された光によって王室が照らされ、自信に満ち溢れた魔王の顔がアダコの目に鮮明に映る。

「ま、魔王さま……し、島流しの刑はどうかご勘弁を……」

 島流しの刑。それは魔界において最も過酷な刑である。

 魔界の住人は自らの縄張りでしか生活をしない。縄張りはこの世に生まれ落ちた時から長年を掛けてゆっくりと作られる。島流しに遭うとそれをゼロから繰り返さなければならない。これは魔界の住人にとって困難極まりない作業となるのだ。アダコにとってもそれは例外では無い。

「案ずるでない。何も貴様一人に任せるわけではない」

 そう言って、魔王バイオレットは顎でアダコの背後を指す。アダコは急に現れた背後の気配にハッと振り返った。

 アダコは戦慄した。彼らがいつからそこに居たのか、全く気配を感じ取ることが出来なかったからだ。警戒するアダコの視線の先には無言で佇む二人の姿があった。

「この度貴様と組む者達だ。貴様と同じように私がスカウトした」

 尊大な態度を崩さず、魔王バイオレットはまるでマントをなびかせるように大げさに右手を広げて見せた。

「この三人で、成し遂げるのだ。魔界復権を!!」

 魔界には再び雷鳴が轟く。一体どんなプロジェクトが――アダコの胸中は言い知れぬ不安で渦巻いていた。


「……さて、魔王様」

 ゆっくりと口を開くのは、三人の中で最年長だというイハだった。

「魔王様の仰る魔界復権。それは我々にとっても同様の願い。それを成し遂げる為の計画であれば、喜んで私は駒となりましょう」

 まるで演説のような語り口にアダコは思わず眉をひそめる。

「……しかしながら、何事にも方法がございます。この三名でなければならない理由。どのような方法で魔界復権を成すのか。我々の計画を成功へ導く為、是非ともお聞かせください」

 ――いけ好かない奴かと思ったら、頭は切れるみたいだな。

 確認する点を押さえ、質問をする。未だ一言も交わしていないのに何気ない一つの行為で自らに好印象を抱かせたイハに感心しながら、アダコは魔王バイオレットの回答を息を詰めて待った。

「勿論、この三人であることに意味はある」

 魔王は、三人を交互に見据えながら語る。

「今回の計画は、人間界の優秀な人材を魔界へスカウトすること。それを実現するために、人間界の叡智を利用する!」

「人間界の叡智……ですか」

 イハが顎を触りながら、魔王の言の一部分を反芻する。

「優秀な人材を魔界にスカウトする――ということであれば、我々の魔力を以ってそれを執り行うことが可能である、と私は考えます。あえて人間界の力を使用することに何か意図がおありで……?」

 魔王は、即座に切り返した。

「魔界の力は信用出来ん」

 刹那、魔王の眼光はイハを鋭く捉える。イハは思わず後ずさる。唇は震え、声は出ない。

 直後、震えているのは唇だけでないことが分かった。魔王から放たれる圧倒的なプレッシャー。それを一身に受け全身が震えている。それはイハだけでなく、その場にいる全員が同じだった。

「かつて魔界はこの世の全てを支配した。それは圧倒的な魔力あってこそのものだ、そんなことは分かっておる。しかし今、魔界はかつての姿など見る影も無い程衰退し切っておる。こんな状況では、魔力にかつての神々しさは無い」

 現状を憂えるように魔王は語る。

「そこで私は人間界に目を向けた。悔しいが、そこには私の想像を超える技術があったのだ!」

 そう言い放ち、魔王は三人に背を向け王室の奥へと向かう。

 魔王の行く先に存在したのは、白とグレーに光る正方形の物体。

 収納が可能なのだろうか、引き出しが四つある。上面には整然と物が配置されており、清潔な椅子がセットで配置されている。素材は鋼だろうか。その物体は埃一つ無い清潔さを保っている。

 そして何より、その造形が王室に似つかわしくない。アダコもかつて人間界へ調査に降り立った際に目撃したことがある。それは紛れもなく、人間界で言うところの『デスク』だった。

「これを見よ!」

 しかし、魔王が自慢気に存在を主張したのはデスクでは無く、デスク上に配置された物体だった。

「い、一体、それは……」

「これぞ人間界の叡智、『ぱそこん』だ!」

「ぱ、ぱそこん……」

 ふんぞり返る魔王。立ちすくむ三人を尻目に物体に付属されたスイッチを押す。途端に、正面に設置されている長方形の物体に明かりが灯った。

「良いか。これで人間界のことは何でも分かるのだ。検索することによって、何でもな」

 魔王が、デスク上にあるもう一つの物体に両手を添え、指を忙しく動かす。カタカタという音が王室に鳴り響いた次の瞬間、長方形の物体には人間界のいかにも美味しそうな料理が次々に映し出される。魔王はそれを、はしたなくよだれを垂らしながら閲覧していた。

 アダコは『デスク』を目撃した時、今魔王が実演したような行為にも見覚えがあった。人間が皆視線を一点に集中させ微動だにせずただ指だけをひたすら動かしている、薄気味悪い光景。

「ほ、ほんとにこんなのを魔力の代わりにするんで……?」

 アダコはつい本音を口にしてしまった。瞬間、場は静寂に包まれる。

「……こんなの?」

 先程までのだらしない顔から急激に真面目な顔に戻った魔王は、アダコを鋭い眼光で睨み付ける。

「ひっ――!」

 その瞬間、アダコは自らの身体が震え上がるのを感じた。

 魔王はまるで本気では無い。歯向かう家来を脅して遊んでいるだけだ。それは魔王の気配から容易に察することが出来た。

 しかし、それでもなお、アダコの身体は震えが止まらない。

 魔界をその手に従えるに相応しい力。魔王バイオレットが持つ底知れぬ力の一端をアダコはその身にしかと感じた。

(前言撤回――小学生なんかじゃ全然ねえ!)

 それを感じた上で、アダコはこの人には歯向かうまいと肝に銘じた。

「……素晴らしい」

 不意に耳に入った真横からの感嘆の声に、アダコはひとまず震えを止めることに成功する。声の主はイハだった。

「この、人間の叡智を、逆に人間の破滅への一助としよう――という事ですな」

「その通りだ。年長なだけあって話が分かるな」

 先程までの鋭い目つきを解除した魔王バイオレットは、デスクから離れ三人の前に再び立った。

「魔王様のお考え、私共に大変明確に伝わりました……では魔王様。私共に改めてご指示を」

「……ああ」

 魔王バイオレットは、三人を指差し、高らかに宣言した。

「貴様らに命を授ける。優秀な人材を魔界へスカウトする、魔界の今後にとって非常に重大な命だ。人間の知識を使い、それを成し遂げよ。以上!」

「ははーっ」

 イハは片膝をつき、その忠義を魔王へ顕示した。

 かくして魔王からの命を受けた三人が、事の実行へ向け動き出す。


(――ん、終わり?)

 魔王の宣言で無事に締められたかに思えたこの場に、ただ一人、その内容に納得していない者がいた。

(おいおいおいちょっと待てよ!! それだけ? もっと色々とあるだろう詰めるべきことが!! こんなんで任されたって、何もできねーぞ!!!!)

 その正体はアダコ。彼の胸には今後に対するどうしようもない不安と、言い様の無い切迫感が渦巻いていた。

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