92話〜『悪い予感』
ジーニーの村に入ることが叶わなかった俺たちだったが、ジーニーがもう少しだけ交渉したいというのでその場を任せ、俺は森の中へと入っていた。
草食系スキルに付随する情報処理能力が沈黙している今、鑑定に頼らないで現在位置の把握くらいできるようにと試行錯誤する為だ。
とはいっても草食系スキルには頼るんだが。
「とりあえずは植物への干渉を試してみよう」
道中も度々試してはいたが、腰を据えてやってみる。
樹木に手を当て、根を生やすように魔力を……魔力? 魔力ってどう動かすんだっけ?
……思い出した。いきなり足踏みしかけたけどどうにか森の木に魔力を送ることに成功した。こんな事も忘れかけてるんだな。
しかし森の木は異常なまでに魔力の通りが悪く、凄まじい抵抗に遭ったような違和感を覚える。それと這わせた魔力が吸われる勢いが普通の樹木とは比べられないほどに早く、なのにその魔力が向かう先が『木』じゃなく『根』の方だということにもおかしさを感じる。
……どうもこの森は根っこで繋がってるか何かするのかもしれない。
膨大な量の断片的な情報の中で得られたのは、ぼんやりとした森の輪郭。超広大な森がどこまでも広がっていて、そこに生えている木々のひとつひとつには頓着していない。そんな森の意識が見えたところで魔力をとじて接続を解除する。
「なるほどねぇ……よくわかんねえな」
言うなればこの森はひとつの粘菌みたいなものなんだろうか?
例えが合っているかは分からないが、ひとつの意志のもとに全体が動いているような、巨大な生物の身体のような感覚がつきまとう。おかげで現在位置の把握すらおぼつかない。規模がでかすぎる。
「森、森、森、森、ここも森、あそこも森、森……」
広大無辺な森の中でピンポイントに自分の場所を把握するのは難しいが、ジーニーの村のように少しだけ拓けている場所があればなんとなくだが分かる。
それによるとジーニーの村からそれほど離れていないところに2つほど空白部分がある。これが人間の村なのか、単に木々が拓けているのか、ゴブリンの巣なのか分からないのが問題だが。
「ちょっと見るだけ見てくるか」
ジーニーからは数日ほど時間がほしい旨を言われ、なんなら1人で移動しても構わないとは言われている。なにせジーニーが交渉材料にしている俺のバナナは森の奥にしっかり根付いているので、直接赴けばジーニーの言葉が嘘ではないと分かるのだし。
そこでよそ者の俺が首をつっこむと余計な面倒がかかりそうだし、緑色のこの姿を門番?みたいな人は誰何せずにいてくれた(目に入ってなかったのかもしれない)けど、せっかくの交渉だから不安要素は無い方がいいしな。俺、不安要素だしな。はは……
というわけで、やってきました空白地点。
「……廃墟だけどな!」
確かに人間が住んでいたような形跡はあったが、ジーニーの村と変わらないくらいの規模で、おそらく家々の造りも変わらないだろうその村はすでに滅んでいた。
それから各家を回ってみると、見えてくるものがある。
どうやらこの村が滅んでからそれほど長くは経っていない。具体的に何週間とか何ヶ月と聞かれても答えられる知識はないが。
「これ…魔物に襲われたな?」
3軒目の家を見たところで予想が確信に近くなる。
滅んだ村だと思ったのは住居が荒れていたからだが、どうにもそれが風化などによる変化ではなく破壊によるものに見えた。しかし1軒目と2軒目の家ではそれほどの破壊が見られなかったが、3軒目にして発見した。してしまった。
そこにいたのは、おぞましいオブジェだった。
複数の木がねじれまとわりつくようにして、寄り添う子供たちを取り込んでいた。
子供たちは恐怖に歪んだ表情のまま皮と骨だけのような姿でそこにあり、それらを巻き取るように絞め上げていたのは先日見かけたゴブリンだった。
しかしそのゴブリンは食うでも犯すでもなく、触手のように伸びた手足を蔦のように巻きつけて子どもたちを絞め殺し、そのまま彼らの遺体から体液などを啜っていたような状態だった。
ゴブリンの身体から子どもたちを離そうとするが皮膚の下にも蔦のような根のようなものが這っているのか皮膚が裂け、迂闊にも引いてしまった子供の乾き切った皮がべりべりと破けて骨と共に引き抜かれる事態となってしまった。
こうなっては遺体を無事に回収する方法もない。そもそも脳まで座れているのか、落ち窪んだ眼窩の奥には何も見えない。
そこで俺はルノールを思い返した。
蘇生させたはずだが、大丈夫だろうか。
ここにいる子供たちよりも失われていたものが多かったルノールを復活させられたなら、ここで亡くなっている子どもたちも蘇らせられるだろうか。
そんな事を考えたが、俺の中の草食系スキルはそれを不可能だと言っている気がした。理由は分からないが、これは不可能だと。ルノールを蘇生できたのは何か特別な理由があるのだと。
そうして遺体どうするか考えていたところでふと気づいた。
ここを襲った魔物はこれだけだろうか? と。
その時ふいにジーニーの村を思い出した。
先祖代々食糧難に喘いできた村。そこに食糧を携えた村の若い者が帰ってきた。なのに強く拒絶する村人。そして魔物に襲われて滅びていた近くの村……
遅い。
気づくのが、反応するのが遅い。
これはきっと間に合わない。間に合ってない。
そんな後ろ向きな考えに足を止められそうになりながら、俺は元きた道をたどってジーニーの村へと走った。