91話〜『滅びゆく村』
魔物が蔓延る危険な森の奥から3日かけてようやくジーニーの村が見えてきた。
ここまでの道のりは長かったが、ジーニーが言うほど魔物らしい魔物も現れなかったので俺は拍子抜けしていた。
ジーニーたちにとって魔物というのは会話にならず樹木になりかけてるような奴らの事を指すらしく、○○ツリー、といった感じで俺の知っている魔物の名前にツリーを付けただけの色違いモンスターみたいな名付けがされていた。
森を歩いて初日はゴブリンツリーとやらを1匹見かけたが、物は試しに身体能力に任せてぶん殴ってみたら俺の右腕と共に頭が爆散したのでひどく驚いた。腕が一緒に爆散したことを。もう2度と素手で全力パンチなんか打たないと心に決めた瞬間だった。
どうやら身体操作系のスキルは働いているっぽいんだが、防御力を高めたりする強化系のスキルは働いてないらしく、殴ったり蹴ったりする度に全身複雑骨折したので、それを見ていたジーニーからはちょっと……だいぶドン引きされてしまった。特にキックで足先の肉が削ぎ落とされて骨に血管が巻き付いただけ、みたいな惨状になった時は本当に治るのか不安になったものだ。すぐに再生が始まって元通りになっていった時は吐いてたからねジーニー。
それよりもジーニーの村だ。
「ジーニー、あれがお前の村なのか?」
ぼろぼろの柵にわずかばかりの家屋が並び、どこか陰鬱な気配の漂う村全体を見渡しても出歩いている者はおらず、かすかに聞こえる火の音だけが人の気配を感じさせてくる。要するに閑散としている。
「……ああ。ここが私の村だ」
村が見え始めた辺りからだんだんと俯きがちになっていったジーニーだが、村を前にしてからは口調がきつくなって声も低く落としている。どうも彼女は村の中では厄介者という立ち位置らしく、甘えるような態度を見せるとすぐにでも追い出されてしまうので男のような口調をしていたらしい。
俺としては口調なんてどうでもいいが、ここに来るまでに数を増やして腕に抱えたバナナに少し力が入ってしまっている。それ柔らかいからあんまりぎゅっとしないでほしいけど。
「……ジーニー、か?」
村の柵が途切れる場所、おそらく村の入口と思われる場所のすぐ近くの家から出てきた男が真っ先にジーニーに目線を向けて声をかけてきた。その目からは決して良い感情は見えない。
「ああ、私だ。食糧を持って帰ってきた」
腕に抱えた大量のバナナをちらりと見た男は一瞬だけ嬉しそうな顔をしたが、すぐに険しい顔つきに戻って睨むようにこちらを見る。
「……森の奥から採ってきたなら、どういうものかは知っているだろう。お前、もしや村を憎んでそれを持ち帰ったんじゃないだろうな」
その口調は落ち着いているが強い怒りの感情が窺える声だった。
どうやら男はかなり怒ってはいるが、当初のジーニーと同じように極度の飢餓状態で怒鳴る元気もないだけらしい。
「違う! 確かに私は村を出され、食糧を探す為に森に……最期の果実を採りにいっていたが、それとこれとは別だ!」
「それを確認する方法が俺にはない。森の果実は毒、それが村に伝わるもので、絶対に忘れてはいけないことだ」
「知っている! だがこれは、これだけは違うんだ! これはそこのケイトが作ったもので、毒はない!」
「それで食って死んだらお前は大喜びか?
……いいから去れ。そしてもう2度と、村に帰ってくるな。一晩くらいは母親のところに行ってもいいだろう。だが、村のみんなの前でそんなものを出してみろ、最期の果実を食べて死んだ家族がいる者も少なくない。殺されかねんぞ」
ずっと険しい顔で睨んでくるし、会話中も俺の方に視線を向けたままジーニーと会話しているのでちょっとシュールだ。
「これがあれば、みんな飢えずに済むのに……」
「……それなら、お前が食べろ。それだけあれば、腐るまでの間は食っていけるだろう」
やっぱりこの男は悪い奴ではなさそうだ。
「……分かった」
両手に抱えたバナナを見つめ、「おいしいのに」と呟くジーニーを見ても男は反応しない。省エネと言えば聞こえはいいが、彼らは緩やかな滅びに身を任せているだけだろう。
そうして結局、俺たちは3日かけてやってきら村に入ることができず、新たな作戦を考えることになった。