88話〜『俺のバナナを食べるんだ』
ここからは俺のステージだ!
なんて勢いこんでみたものの、俺の腕から生える木をじっと見つめている熱い視線×2。そう、俺も見つめる俺の腕。
えっ、っていうか何これ?
明らかに皮膚を突き破ってるし、正直言うとテンション高めで誤魔化してるだけでかなり痛いんだけどコレ。血も出てません?
そんな俺の事を恐ろしいものでも見たかのように後ずさりしながら見つめるジーニーさん。おっと逃がさんぞ。
「えっ、それ……まさか、樹化してるの?」
はい初耳いただきました。ジュカとはなんぞや。語感から言って呪化か樹化、たぶん後者かな。
「いや……自分にも分からないんだけど、たぶん…大丈夫だと思う?」
我が身に降りかかる謎の事態は日常茶飯事です。
「どうして疑問形なの……大丈夫ならいいけど……」
その目は知ってる疑いの眼差し。でも本当に大丈夫なんだよなあ…なにせ生命力的な奴は殺しても死なないレベルで増えまくってたし。目覚めてから見れてないけど。
「そんな事より果実だ……って、なんだこれ?」
腕から生えた木から目を逸らしてみたものの、樹に成った果実が気になった。ギャグじゃないぞ。
「何って、果実よ……ああ、この匂い、嫌……」
少女の口からだらりと流れる唾液、一部の層には価値がありそう……すぐに思考が逸れる癖をどうにかしたい。ジーニーからすれば、どんなに美味そうな香りがしても食べれば死ぬんだから生殺しもいいとこだろう。さっさと処理しないとね。
「じゃあ、どれどれ……」
樹が倒れた時にそこらに転がった果実のひとつを手にとって見る。
「これはあれか、アケビとかその辺の果実かな……」
地に落ちた時の衝撃で割れたのか、種子の詰まった実が甘い匂いを漂わせている。
記憶の中ではこれらに毒性はなかったと思ったが、転生して以後は前世の記憶も当てにならないし、そもそもこの大陸……たぶん同じ大陸だと思うけど、この大陸は食糧に不自由しているので植生が変わっている可能性も高い。
となれば、まずは実地試験だ。
「あっ、ちょっとそれには毒があるって!」
「まぁまぁ大丈夫大丈……ヴッ」
口に入れた瞬間、なんともいえない甘みと旨味。そして脳内に流れるアラート。あ、これ『最大HPに対する割合ダメージ』系のヤバい毒だ。
「ぐぉおおおおおああああああ!」
「だから言ったのに……」
半ば諦めにも似た表情で俺を見るジーニー。まあ「毒だ」って言われてるのに食ったやつのことを心配するとか人が良すぎて心配になるレベルだもんね。
「ぐ……ぐあああああ……甘い……もう一口……」
「まだ食べるの!?」
実を言えばもう毒はほとんど解毒済みだし解析も済んでたのでふざけてるだけだったりするんだが。
「……うん。濃厚な甘みの中に胃袋を焼くような毒がアクセントになっててなかなか旨かったけど、強いて言うなら毒は余計だったかな」
「どうしてそんな冷静に感想言えるの……」
解毒済みだからです。
ともかく毒については分かった。
これは『生物を分解する』という性質の毒だ。一旦栄養として吸収されたかと思えば、体内で急激に細胞を壊していく。体組成の大部分が人間離れしてる俺は毒にとって天敵というか対象外っぽかったのがダメージが少なめに済んだ理由かな。割合ダメージだから、ぶっちゃけると数万人くらい死ぬようなダメージ食らった気がするけど。
「ね、ねえ?」
異世界産の毒アケビを齧りながら考え事をしていたら、ジーニーが涎をぼたぼたと垂らしながらにじり寄ってきていた。ちょっと怖いぞ。
「ああ…悪い悪い。これは毒だけど、なんとかなりそうだよ」
「ほ、本当に!?」
本当に。だからその落ちた毒アケビに手を伸ばさないように。腕から生えた木が急に硬度を失って蔦のように伸びて毒アケビを回収する。「ああっ!」だからジーニーさんそれはまだ毒だってば。
「今からコレの毒を抜いて食べれるようにするから」
もはや何が何だか分からないといった顔でこちらを見るジーニー。ごめん、俺もこれについてはよくわからないままやってるんで説明しにくい。こういう時にアプリやルノールがいると説明が楽なんだけど……ああ、人付き合い苦手なのを克服したい。
「要するにこいつを別の、毒のない果実に変えてしまえばいいんだよな。スキルのアナウンスが全然聞こえないからちょっとだけ不安だけど……まあ大丈夫だろ」
視界に映る生命力ゲージのおかげで不安が抑えられてる感じはする。これもスキルの一種のはずだしな。
そしてまずは『草食系』の発動に必要なエネルギーを確保する為、腕から伸びた蔦で倒木と、こぼれた果実から生命力やなにやらを全て吸い上げる。別に自分の生命力でやってもできそうなんだけど、それやると自分自身が樹になりそうな嫌な予感がするのでやめておく。
「えっ……木が、枯れていく……?」
吸ってるからね、生命力。
ちなみにへし折ったのは果実に手が届かないっていうのもあるけど、地面に繋がったままだとトレントのように引っ張り込んでくる可能性もあるんじゃないかと思ったからなんだよね。
で、吸ったエネルギーを体内で種子に変えて地面に植える。
パッと見だと腕を地面に刺したら木が生えてきたように見えるんだろうな。手のひらの中に作った種は小さすぎて見えなかっただろうし。
「?……!?」
もはや言葉にならない驚愕を繰り返すジーニーを横目に、毒抜き果実の育成を進める。しかし毒抜きアケビを作ろうと思ったところで『見た目が一緒だと誤って毒アケビを口にしそうで怖いな』と思い直したせいか、出来上がったのはバナナの木だった。
「鬱蒼とした森の中に1本だけ生えたバナナの木ってシュールだな……」
しかも記憶にある通りの品種改良されて甘みたっぷり肉質柔らかなやつだ。皮ごと食べれる品種も作れなくはないけど、周囲が毒まみれだから皮には毒を吸って外に出さない効果をつけておいた。うむ、いまだ腕は衰えていないな。こんなピンポイント栽培した記憶はないけど。
「え……これ、食べれるの……?」
バナナを見たことがないのだろうか? いや、こんな森に住んでてバナナを見たことがある方が不思議か。
俺はさっそく成ったばかりのバナナを一本もぎとり、皮を剥いて少女の口に突き出した。
「ああ、うまいぞ。ほら、俺のバナナを食ってみろ」