第8話~「変化の兆し、見えない棘」
毒耐えた
毒耐えきれなかった
毒どうにかした
今日、また町民が死んだらしい。
いつ頃からか、家に町民がやってきて何かを言ってくるようになった。
「いつになったら、俺たちの生活は良くなるんだ!」
それほど大きな声じゃない。しかし、強い口調で。
その度にメンデルは申し訳なさそうに「まだ見つからない」と、「本当に、待たせてすまない」と言っていた。
メンデルが研究しているのは、この痩せた土地でもよく育ち、早くに収穫できる作物らしい。
そんな夢のようなものを研究しているというメンデルは奇跡の学者だの希望だのと言われていたらしいが、俺が来てからのメンデルにそんな言葉をかけてくる奴は見たことがない。
「メンデルさんがいてくれるから、私たちは諦めずにいられる」
とは誰が言っていたのか。
日に日に、メンデルの精神は追い詰められていっている。
俺という存在が何ができるわけでもないが、時折やってきては俺のほっぺをムニムニといじりまわして帰っていく。それくらいの事を、嫌がらずに相手するくらいしかできない。
メンデルの部屋の前に落ちていた作物の種を集めて[植物鑑定]で調べたりもした。
『小麦(変異種)』
通常よりも少ない日照量、水分で栽培できる小麦。成長も早いが、収穫量が減少する。
彼女の研究は確実に進んでいる。進んでいるが、おそらくこれでは足りないのだろう。
収穫量が減っているということは、同じ耕作地では必要量に満たないということになる。そしてそれは、やはり飢える人が出てくるということに他ならない。
だが、それでも彼女は諦めていない。
この麦も、おそらくは発展途上。他にも色々な作物を育てているのだろう。
外で育てると、あっという間にどこかの町民が盗んで食べてしまう。誰だってそうする。俺だってそうする。
だから自室を菜園のようにして研究を続けている。そのせいで彼女は、俺の危惧していた通りに、体を壊してしまっている。
俺も知らない毒。
過酷な耕作地であっても育つように、それらの生命力を研究し、毒を抜くための薬草とも配合し、人体に害が出ないかを確認する……自分の体で。
彼女は『錬金学者』と言っていた。
前世の錬金術とはまるで違う、魔法のような技術。ありえないほどの頻度で見かける変異種の数々は、メンデルの手で作られている。俺がそれを目にしたことは一度もないが。
ある日、町長がやってきた。
「確かに作物が収穫できたが、予定していたよりも少ない収穫量だった」
「次は耕作地を広げて対処したいと思うが、近々の食糧が足りない」
「このままだと町民全員には行きわたらない」
「……ある程度は見捨てる他ない」
などと言っていたのが分かった。メンデルが何と返したのかは分からなかったが、その後の彼女の憔悴ぶりを見る限りは、とても納得したわけではなかったのだろう。
「…君のように、どんな草でも食べられる体質があれば、誰も死なずに済むかもしれない…」
そんなことを言っていた。
俺には、どう返すこともできない。[草食系]なんてスキルは、きっと誰も持っていない。このスキルを分け与える方法も分からない。
喋ることもできない俺には、彼女の悩みを解決する方法がない。
ただ与えられるままに、俺はこの家で過ごすしかない。だから、俺は俺にできることをする。
裏口に生やしていた薬草は、もうなくなった。そこには新たに別の草が生えている。
『ザッカソウ(変異種)』
効果:体力増加・小
俺が、一日でも早く成長できるように植えたもの。メンデルの失敗作を拾い集め、栽培した。たった1本の根から栽培して、いまだに1本も食べていない。ひたすら増やすことに専念し続けた。本来なら、そんなことをしても無駄で、すぐに枯れてしまっただろう。だが、今の俺になら出来るという確信があった。
【[栽培]を獲得しました】
【派生スキル[促成栽培]を獲得しました】
【[栽培][促成栽培]を[草食系]に統合します】
今の俺なら、やれる。
彼女が育てた種を持って、畑に行ければ。そうすれば、きっと間に合わせられる。俺が植えれば、それが出来る。その為の体力を得られれば、やれる。
ただそれだけを目標に、裏口を草だらけにしていく。
その光景を誰かが見ていたことも知らず、
荒れ果てた土地に緑豊かに生える植物たちがどのように見えるかも、
それを見たものがどうするかも、
俺は、なにも考えていなかった。