83話~「ルノール・トレント」
口の中に残る木の根の味が意識を現実に引っ張ってくる。
「何が起きてるんだ……?」
鑑定の結果見えたのは、ルノールの名前。そして……
「同化か」
俺の腕の中で冷たくなっているのは間違いなくルノールだ。
だが、目の前にいるモンスターにもルノールの名前が見えている。
となれば、やることはひとつ。
「こっちのルノールにも<鑑定>をすればいい──」
鑑定───
名称:ルノール
種族:不明
状態:死体
やはりこちらもルノールだ。当然のことながら生命活動は完全に停止しているので状態は死体になっている。だが、ここまでは分かっている。ならば、必要なのはここから先の情報だ。
「<鑑定解析>!」
解析結果──
状態:死体(魂なし)
詳細:肉体内部に魂が存在しない為、蘇生に失敗している状態。魂の現在地は不明
──解析終了
魂が存在しない?
もう一度ルノールの表情を見るが、末期の少女の表情から見てとれるものは特にないというか、ちょっとホラー感がある。
さっきまでだいぶ損壊していたので直視していなかったこともあるが、即席過剰ライフポーションによって身体の欠損が補われたルノールは綺麗な体をしていた。
そう、綺麗な身体だ。
半精霊と化していたルノールの肉体はその半分近くが魔力を帯びた精霊と同一であり、どんなに再生してもその部分だけは精霊状態を維持するために欠損したままだったはず。
にも関わらず、今のルノールの身体は“全身綺麗に”再生されていた。
「お父様!」
状況に混乱して考え込んでいたのか、ふいに腰のあたりに衝撃を感じてそちらを見れば、皮袋に入れっぱなしだったアプリがひたすらにパンチを繰り返していた。
「どうしたアプリ、今は構ってやれそうにないんだけど」
「別にこのタイミングで寂しくなったアピールをしてるわけじゃないわよ!そうじゃなくてお父様、あのトレントからルノールの気配を感じるわ」
そう言ってアプリが指を指す先にいるのは、超ジャンプをしていた時にも見かけた巨大なトレントだ。
「私は鑑定スキルとかは持ってないけど、同じ植物系の魔物の事なら何となくわかるわ。アレは、ルノールの魔力と一緒に魂を吸収したのよ」
便利な能力だとは思うが、今までそんな能力は聞いたことがなかったが唐突にどうしたのだろうか。
「お父様が何か言いたげなのは分かるけど、今はそれどころじゃないと思うの。ねえお父様、そのルノールに蘇生は試してみた?」
「蘇生はまだ試してないな。ここらの地面全体にモンスターの根が伸びてて世界樹が芽吹かないんだ」
もともと育成環境にうるさい世界樹は、清浄な環境で大量の魔力を与えないと芽吹かない。
トレントの根が張り巡らされている状況は決して清浄とはいえず、更に与えた魔力は根を通してトレントに吸収されてしまう。
この状況ではとてもではないが世界樹を育てることができない。
「魔力の過剰供給でトレントを枯らせる手も考えたが、鑑定で見えた結果といいアプリの勘といい、コイツをそのまま倒すのも拙そうだな」
「そうね。たぶん、このまま倒せばルノールの魂も一緒に昇天するんじゃないかしら」
その言葉を聞いた瞬間、背筋がゾッとする。
何度か、死ぬような目にあった。
ルノールは一度死んでいるし、致命傷を受けることも何度もあった。
だけど、それでも俺のスキルはそれを覆してきた。
だが、ここに至ってそれが出来ない可能性が出てきた。
「……どうしよう」
冗談をまじえて喋れる程度に落ち着いていた。それが、まるでこれから殺されるホラー映画の登場人物のような滑稽さだったと感じてきた。
ルノールが死ぬ。
これまで一緒に過ごしてきた仲間が、家族のような存在が、死ぬ。
蘇生もできない、本当の死。
「……どうしよう、アプリ」
怖い。
死ぬかもしれない。
そうだ。何を忘れていたのか。
不死身に近い体力があったって、もしかしたら死ぬかもしれない。
無尽蔵みたいな魔力があったって、蘇生できないかもしれない。
「お父様……?」
初めて、この世界に生まれてから本当に初めてかもしれない。
恐怖で足がすくむ。
モンスターが怖いのか、死んでしまったルノールの姿が恐ろしいのか。
何もかもが分からなくなっていく。
「……ルノール」
腕の中で冷たくなっているルノールの反応はない。
目の前にいるトレントも先程から動きはない。
状況に流されるままに気づいていなかったが、トレントはじっと立ち尽くしたまま微動だにしていなかった。ただ木の根だけが蠢き、足元を揺らしている。
「なあアプリ、どうしたらいい」
頭の中がぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。
情けないと思われても、今は誰かに頼りたかった。
「そうね……」
だが、アプリはそんな俺を相手にしてもいつもと変わらない。それがひどく心強くて、ひどくみじめな気持ちになる。
「まずはルノールの魂が、具体的にどこにあるのかよね。お父様、お父様の力で、あのトレントを支配できないかしら」
「支配……木魔法で操作するってことか?」
「方法は何でも構わないんだけど、トレントが壊れないようなら」
だとすると木魔法は悪手だろう。
木魔法は他の魔力の影響や干渉を強く受けるが、過剰に魔力を供給すればどんな状況でも使用はできるだろう。
だが、そうすると抵抗していた対象にダメージを与える可能性がある。
これほど根を伸ばすトレントに強制力を持たせようとすれば、まず間違いなく本体にダメージを残す。下手をすれば本体が自壊して消滅させてしまうかもしれない。
「……あるとすれば、俺のスキルかな」
<草食系>スキルなら、何か出来るかもしれない。
問題があるとすれば、このスキルは未だに謎が多いということだろうか。
「ではお父様、あのトレントをどうにかして支配して、どこかにあるであろうルノールの魂を<種子創生>で種にしてください」