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草食系異世界ライフ!  作者: 21号
そして5年後編
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78話〜「悪夢の胎動」

 そろそろ就寝の時間だろうかという頃、いつもの宿のいつもの部屋で寝床の準備を始めたところでドアの向こうから妙な気配を感じた。

 俺の持っている<警戒察知>は割と便利なスキルではあるのだが、敵や味方の区別なく接近に対して反応する。

 なので、反応した上で対象に改めて警戒を行うことで特定が可能になっている。


 この気配は……看板娘ちゃんか。


「お客さんお客さん! すみません、起きてる!?」


 起きているかどうかを確認しているはずなのに、看板娘ちゃんは戸を開けて入ってきた。


「おいおい。なんの急用か分からないけど、せめてこっちがドアを開けるまで待ってくれよ」


 ちょっとした苦情を述べてみるが、看板娘ちゃんはそのふくよかな体を上下させながら息を切らせるばかりで言葉にならない何かを呟いている。

 その様子は少々普通ではなく、さすがに何があったのかと訝しく思っていると、隠れていたアプリがそっと飲み物をコップに入れて隠れ直していた。


「ほら、これでも飲んでちょっと落ち着けって」


 木のコップに入った飲み物を受け取って軽く飲んだと思うと、看板娘ちゃんの目が丸くなって輝き出し、残りを一気に飲み干してしまう。


「ぷはぁ! な、なにこれ! こんな濃厚で美味しい飲み物飲んだことないよ!」


 はて?

 一体アプリは何を飲ませたんだろうか。

 さすがに残った数敵を舐めるというわけにもいかないし、鑑定でもしてみようか。


『魔力濃縮リンゴジュース』

 ケイト・クサカベによって疲労回復効果を付与されたリンゴを元に、妖精アプリによる度重なる品種改良を経て魔力タンクと化したドリンク。生命力を過剰に回復する。


 おおぅ。何か怪しい一文が見えるが大丈夫だろうか。


「ただのリンゴジュースだよ。で、そろそろ落ち着いたか? 落ち着いたなら説明してほしいんだけど」


 夜の来訪者とはいえ、夜這いでも襲撃でもないとなれば何らかの問題でも起きたのかもしれない。

 ちらりと外を見てみるが、警戒察知には敵の気配は感じない。木魔法で警戒を広げたいが、この町は植物が少なくて射程内には情報源になる木がなかった。


「あの、こんなことをお客さんに言うのはどうかと思うんだけど、その、相談できそうな相手がお客さんしかいなくてね」


「相談できる相手に選んでくれるのは嬉しいな。けど、話してもらわないことには俺に何ができるかは分からないな」


 だいぶ焦っているのか、言葉を選びながら看板娘ちゃんが次第に落ち着きながら喋り出す。


「実は、お客さんが町に運んできてくれた食糧らしきものを積んだ馬車が、町の外に向かって出ていったの」


「食糧を積んだ馬車が?」


「うん。食糧不足の今、お客さんくらいしか食糧を大量に持ち込んでくれる人はいないし、あれは間違いなくお客さんの持ってきてくれた食糧だと思う」


 それは確かに気になる。

 食糧不足解消するだけの食糧を提供したつもりではあるが、余裕が出来るような状況ではない。

 それに俺は難民たちの受け入れも指示した。彼ら全てに食糧を融通すれば、外に持ち出す余裕などあるはずがない。


「まさかトレノ・モレノ……難民の受け入れを拒否して追い返したんじゃないだろうな?」


 その可能性も考えられる。

 使う分は同じかもしれないが、受け入れて恒常的に食糧支援するよりも問題が起こりにくく、町の住人も安心するだろう。

 だがそれは俺との約束に反している。


「その馬車が出ていったのはいつ頃だった?」


「そんなに経ってないと思うけど、やっぱりお客さんが知らない話なの?」


 看板娘ちゃんも、疑わしいとは思っても言いづらかったのだろう。俺がやってる行動は色々と意味不明なことが多いから、もしかしたら理解した上でやらせてる行動だと思ったのかもしれない。


「ああ、俺は知らない。ありがとうな、看板娘ちゃん。ちょっと調べてくる必要があるみたいだ」


「そっか、よかった。ところで」


 看板娘ちゃんのふっくらした頬がさらにぷんとむくれる。


「私の名前、そろそろ覚えてくれてもいいと思うんだけど」


 しまった。


 そういえばずっと聞くのを忘れたまま今に至ってしまった。


(お父様、リコッタちゃんよ)


 おお我が娘よ! ナイスアドバイスだ!


「分かったよリコッタちゃん。わざわざありがとうな」


 俺がそう言えば看板娘ちゃん、リコッタちゃんはニカッと笑って頷いた。

 そして飲み干したコップの方を名残惜しそうにちらりと見た後、「お騒がせいたしました」と店員らしく頭を下げて出ていった。


 さて。

 トレノ・モレノに事情を聞きたいところだが、まずは町の外に持って行かれたのが食糧だけなのか、難民もなのかを調べるのが先決か。


 ちょこちょこと手伝ってくれたアプリだが、何か思うところでもあるのかベッドの下で荷物の整理をしていた。


「アプリ、何か気になることでもあるのか?」


 尋ねてみるが、アプリ自身も何が気になるのか分からない様子で首をひねっていた。


「よく分からないんだけど、今朝からずっと魔力の流れがぞわぞわするのよね」


「魔力の流れが? 俺があげてる魔力以外に?」


 アプリには毎日3食、俺の魔力をあげているはずだが。


「それは、その、間食みたいなものよ。でも、その魔力がね、何かおかしいの。何がおかしいのかは分からないんだけど……」


 警戒だけはしておいた方がいいのかもしれない。


 どこかで大規模魔術の行使でもしようとしているのかもしれない。


……もしかしたら、先日の畑作りで色々とやりすぎたせいで地脈みたいなものが乱れてしまった可能性も否定はできない。地脈とかあるのかは分かってないが。


「もしかしたら例の野菜たちのせいかもしれない、か。影響でそうなものは今回は置いていこうか」


 栽培と木魔法を併用して壁の表面にもう一枚の壁を作り出し、壁と壁の間に貴重品……というか、危険そうなものを隠しておく。

 勝手に宿屋の部屋を改装しているようで気が咎めるけど、あとできちんと直しておくから許してもらおう。


 最低限の装備と準備を整えて、アプリの入った皮袋を担いで外に出る。

 町の外はすでに陽が落ちかけており、火の少ない町はすでに眠っているように静かだった。

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