77話〜『トレノ・モレノ』
港町カティラの食糧不足を補う為、ルノールを含めた冒険者の一団はネヴァン男爵が治める領都へと食糧調達に向かった。
先に話を通していたものの、戦争による疲弊と戦況の悪化が進み、下位貴族でしかないネヴァン男爵も王国からの重税に苦しんでいた。
腕の立つ冒険者たちで魔物を倒し、少ない食糧を融通してもらった事で一旦の区切りとしてカティラへと戻ろうした一団を強大な魔物が襲った。
グリュエルトレントと呼ばれるそれは冒険者ギルドの情報網において「接触禁止対象」と呼ばれ、極一部の限られた者でしか対処できないとされており、そんなものに遭遇した一団は逃走を余儀なくされた。
しかしグリュエルトレントという魔物は1体で行動するようなものではなく、その眷属とでも言える植物系のモンスターを引き連れてやってくる。
強い魔力を持つ生き物を捕らえて捕食する凶悪な魔物から逃げる為、冒険者の一団は各個逃走を図り、逃げ遅れたルノールだけが戦闘へと突入した。
それらの情報をまとめ、一団のリーダーであり依頼主である商人ギルドのマスターと懇意にしていた冒険者は魔術を使った連絡手段で緊急事態を報告していた。
「なんということだ……接触禁止対象だと?」
商人ギルドのマスターであるトレノ・モレノはここ最近多発する問題に追われている最中に訪れた凶報に頭を抱えていた。
突如として大量の食糧を町に持ち込んだ無名の商人ケイト・クサカベを狙った襲撃事件があり、その裏を調べていたところでケイト・クサカベと共に食糧探索に行っていた部下が「妖精の楽園」を発見し、大量の食糧調達を可能にしたのは吉報だった。
だが楽園を築いていた妖精は部下の行動によって逃亡し、行方不明になってしまった。
妖精の行動原理から言って、もう同じ場所には戻ってこないだろう。
つまり、部下が見つけたという楽園の管理は人間の手に委ねられた。これからも食糧が採れるような畑であり続けるかは我々の肩にかかっているということだ。
各地からやってきた難民たちについては凶報だ。
町のキャパシティを軽く超える数の難民を食わせるだけの食糧がなく、町の住人と難民たちの間で略奪や殺戮が始まるかと思われていた。
だが、それは妖精の楽園で手に入れた食糧によって回避することができた。
これだけでも、妖精の楽園を発見してくれたケイト・クサカベには感謝すべきだろう。
彼を狙ってやってきた刺客は薬師ギルドの人間だというが、彼らは特殊な薬物で記憶をぼかしてしまっており、ろくな情報は得られなかった。
ここまでの情報だけでは大したことも分からないが、それでもトレノ・モレノにとって大事なことはいつでも「この町を守ること」に他ならない。
だから、このグリュエルトレント襲来についても、取るべき行動は決まっていた。
「町を救い、町の被害を最小限に抑えるために出来ることを……」
部下を呼びつけて指示を出す。
「未だ町に入りきれていない難民のいくらかを街道沿いにネヴァンへ向かわせなさい」
食糧を積んだ馬車に乗せ、彼らを囮に町への侵攻を逸らす。
トレノ・モレノが考えた作戦はそれだった。
難民を食わせるに足りる食糧が得られるとはいえ、戦争はまだ終わらず、王国内の情勢は日々悪化している。
ならば、このまま余裕を持っていられるはずもない。
難民には可哀想だと思うが、トレノ・モレノにとって守るべきはあくまで港町カティラであり、そこに住んでいた民である。
万が一、町にたどり着かれたときの為に冒険者は出せない。
それどころか、下手に騒ぎ立てたら町にも動揺が走る。難民たちを囮にしたこともバレて大騒ぎになってしまうかもしれない。
だから、トレノ・モレノはそれを隠蔽することにした。
もし魔物がたどり着いてしまったとしても、戦力を温存しておけばどうにかなるかもしれない。
戦力を出したところで、彼らが敵を誘導して撃退しようとは考えるか分からない。逃げ場があるまま戦えば、戦場をここに移してしまうかもしれない。
各個撃破されるのを待つくらいならば、ここを最終防衛ラインとして戦う方がいい。
辛い決断をすることになるが、仕方ない。
これは町を守るために必要なことなのだ。