76話~「SIDE:ルノール 少女の選択」
いささか残酷な描写があります
「皆さぁ~ん、ごはん出来ましたよぉ~」
今日のお昼は特製スープを作ってみました。
「おお、ありがとう」
「輸送依頼なんてのは目の前に御馳走ぶら下げて保存食をかじるようなもんだと思ってたが、いやありがたい」
冒険者のみんなも続々と集まって、それぞれの器にスープをよそっていきます。
このスープの材料は全部ケイトが持たせてくれたものです。『種なし野菜シリーズ』という、育てたらそれきりの“育て切り”野菜だそうです。
「うめえ!」
「最初に見た時は驚いたが、すごいな。あっという間に野菜が生えたんだからな」
「あれで種が残るなら食糧不足も解決だったんだがな」
そんな話が出ていたけど、ケイトの作った品種改造野菜は連続で植えると土を砂にしてしまうらしいので、魔力を使う促成栽培以外で量産仕様にはしないらしいです。
「しかし参ったね、男爵領にもあまり食糧がないってんだ。国内のほとんどが飢えてるんじゃないか?」
「戦争って言っても相手は帝国だろう? 勝って得られるものより失うモンの方が多い気がするが、上は何を考えてるのかね」
「王国は帝国が侵攻してきてるって言うが、実際はどうなんだろうな」
道中の話題は戦争についての事が多いです。
食糧を融通してくれたネヴァン男爵領の冒険者ギルドでも噂になっていましたが、王国はかなり劣勢だそうです。
「早く町に帰りたいですねぇ~」
ケイトとの旅は大変な事も多かったけれど、この国での失敗を糧に、海の向こうでは穏やかに暮らしたいです。できれば羊とかを飼いたいかな。
「そういえば聞いたか? ネヴァンの冒険者ギルドで噂になってたが、食糧を探していた冒険者が巨大な魔物に遭遇したらしい」
「ああ、聞いたな。冒険者ランクLv8のパーティーが全滅したって」
「やめろよ、そういう話を唐突にすると、高確率で遭遇しちまう気がするだろ」
その噂は私も聞き覚えがあります。
周辺一帯の魔物や動物を狩り尽くしてしまったせいで、それらを狙っていた強大な魔物が人里近くまで出てきてしまったという話です。
とはいえ、ここには腕利きの冒険者さんたちがいます。
「いざとなれば頼むぜ、坊主!」
「うるせえ、坊主って言うなハゲ」
ちょっと態度の悪い若い男性、少年くらいでしょうか?
彼は冒険者ランクLv9の、王国でも上位の冒険者だそうです。先日襲ってきた盗賊を1人で返り討ちにしたのは素直にすごいと思います。
「さて、食事も終えたし、旅程もあと2日といった所まで来た。残りも僅かだが、油断せずいこう」
護衛チームのリーダーみたいな人がまとめると、いつものように野営の見張りの順番を決めます。
私は食事とお風呂の準備に魔法を使い、野営用の簡易塹壕も魔法で作るので見張りは免除されています。でもあまり安眠はできません。
アプリちゃんはどうしてるでしょうか。
いつもは野営の時には寝る必要のないアプリちゃんが見張りをしてくれています。
幻惑魔法と何かを合わせたもので感知しているそうで、アプリちゃんがいるときに奇襲を受けたことは一度もありません。
私はあまり感覚が鋭くなくて、筋力とかはケイトいわく「同ランクの戦士くらい」はあるらしいけど、よくわかりません。
それほど前でもないですが、トロルを相手にした時は魔法で一掃しきれずに近づかれた所を攻撃されて死にかけました。
魔法の威力だけならそれなりに自信はつきましたが、私は1人では弱いです。だから早く帰りたいと思いました。
そんなことばかり考えていたからでしょうか。
街道沿いの森がざわざわと騒ぎ始めました。
「なんだ……気配がしない……?」
ケイトが木魔法を使っている時のような、そんな感じがしました。
でも、何か違います。
これはケイトじゃない。
「て、敵襲ッ!?」
次の瞬間、見張りの人が頷いたように見えました。
それが、首を折られたのだと気づいたのは運が良かったのでしょうか。
「逃げてぇ!」
それは木でした。
大量の木々が、根を触手のように這わせて動いていました。
「ト、トレントの群れだ!」
「ちくしょう、なんだってんだ!」
次々に起きてくる冒険者の人たちは流石です。
すぐに状況を把握した冒険者の人たちが態勢を整えて戦闘準備を始めましたが、私だけは嫌な予感が止まりません。
普段見ないようなモンスターの群れ。
夜に活動するとはいえ、本来は動きが鈍いはずのトレントの移動。
そして、冒険者ギルドで聞いた噂。
「これが噂の魔物なのねぇ~」
鈍い銀色に光る、動く大木。
『グリュエルトレント』
冒険者ギルドの昇格試験でテストに出されたこともある魔物です。
動物や魔物、人間を餌にする凶悪な魔物。
毒のある棘のついた枝を振り回す攻撃は、人間であれば骨まで砕かれる威力。
その銀色の樹皮は魔法を受け付けず、非常に強固で刃物にも強いそうです。
私は状況確認と時間稼ぎ、さらに視界確保の為に火魔法を使います。あまり得意じゃないんですけどね。
「撃ちますよぉ~! ファイアスト~ム!」
火魔法の炎の周りを風魔法で回して炎の勢いを増す、ケイトから聞いた使い方です。
ケイトは木魔法以外を使えないけど、私の魔法の使い方を考えるのは得意みたいです。
突然の炎に驚きはしたけど、グリュエルトレントはまるでダメージを受けていません。
困りました。
私の得意な属性は水と風ですが、これは樹木系の魔物への相性が良くないです。
しかもグリュエルトレントは魔法への抵抗が非常に強いので、時間稼ぎくらいにしかなりません。
どうしましょう。
私の魔法が効かないと気づいた護衛チームはすぐに行動を開始しはじめました。
無理に戦うことはなく、逃げる算段のようです。
なら、私は時間稼ぎに徹します。
気づいた時には、馬車は動き出していました。
護衛チームのみんなを乗せて。
「あれ……ぇ?」
おかしいなあ。私を忘れてるような気がします。
そして、敵は私だけを狙ってくるような気がします。なぜなら、馬車が逃げようとしている間もずっと魔物は私を追うように動いてきたからです。
もしかして、置いて行かれたのかな。
……考えても仕方ないかな。
どうにか逃げて、町に戻らないと。
相手は樹木系の魔物ですから。
ケイトがいればどうにでもなります。
ケイトがいれば助かります。
町まで2日。
先に行ったみんなが救援を呼んでくれるまで、なんとか生き延びればいいんです。
振るわれる毒の枝に刻まれた小さな傷を癒やし、解毒しながら、牽制の攻撃をしつつ、身を隠さなければなりません。
鞄にはケイトの特製ポーションが2本。
頑張ります。
だから、
早く助けにきてください。