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草食系異世界ライフ!  作者: 21号
そして5年後編
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75話〜『妖精の楽園が遺したもの』

 『妖精の楽園』を作り出していた妖精(という設定)のアプリをみすみす逃してしまった男はしばらく項垂れていたが、やがて意を決したように頭を上げて計算を始めた。


「これだけの食糧があれば、難民と町の住人の両方をしばらく保たせる事が出来ます。あとはこの土地が栽培に適しているかどうかですが……」


 うん、悪くない判断だ。

 ここで妖精を逃した責任追及を逃れるために俺を殺そうとしたりする可能性も考えてはいた。幻惑魔法はあくまで入ってくる悪意を阻害するだけで、内部で目覚めた悪意には無反応だ。


「妖精がいなくなってしまったから、今見てたみたいな速さでの収穫は期待できないだろうけど、土はそのままみたいだし、いけるんじゃないか?」


 他の荒野と違い、この辺りの土は充分に栄養と水分を含んだ状態で塩抜きもされている。

 塩を結晶化して排出するマングローブもどきの寿命が心配だが、無理をしなければ30年くらいは持つんじゃないだろうか。あとは流石に知らない。


「楽観視はできませんが、そうですね。ここの情報を一旦町に持ち帰り、トレノ様に報告します」


「アイツがどう出るかだな」


 悪戯っぽく言ってみると男の顔が苦いものを噛んだような顔になる。


「あの方も悪意だけではないんですよ。町を守ろうという気持ちが先行して態度が悪いかもしれませんが」


「……まあ、俺を狙った連中もトレノとは関係ないようだし、敵じゃないって言うならそれでいい」


 船が出るまでの辛抱だ。


「荷車はここに置いていきます。一度、難民を町に受け入れない事にはこれだけの食糧を町に持ち込むこともできないでしょう」


 町の正門は難民たちのキャンプで埋め尽くされているからな。あそこを通り抜ける以外に大量の食糧を持ち込むというのは正直現実味がない。


「それじゃあ、戻ってギルドに行き、それから難民を誘導した上でまたここに来る感じか。時間がかかりそうだな」


「クサカベさんはこちらでお待ちしてくださって結構ですよ。私だけでも大丈夫です。絶対に説得してみせます」


 これだけの食糧を前にすれば意思も固まるか。彼も難民を死なせたいわけじゃない。分け合えるだけのものがないから見てみぬふりをしていただけで、みんなが助かるならそれを選びたいわけだ。


「ああ、頼む。途中ではぐれてった連中はどうする」


「あの連中は放っておきます。ここに来れたとしても利益を優先しておかしな行動に出かねません。それならばトレノ様に報告し、先に手を打っておくべきですから」


「なら、任せた。俺は荷車に野菜を収穫して載せておこう。時間があれば種類ごとに分けて収穫しておく」


「ありがとうございます」


 礼を言いながら男はすぐに馬に乗って駆け出していった。


 それを見送ると、木々の向こうから妖精が姿を表す。


「お父様、もう行ったのかしら」


「ああ。それより良いダンスだったな、フェアリーダンスっていうのか? なかなか可愛かったぞ」


「ありがと。それよりあれで本当に良かったの?」


 正直言えば色々と爪が甘いが、それほど神経質に隠そうと思ってるわけでもないので別に気にしない。

 王都や薬師ギルドの連中が横槍を入れてきている以上、どんな噂が立とうが連中は無関係に襲ってくる。

 だったら逆に感謝される方が狙いにくいかもしれない。


 だから、胡散臭いけれど追及しづらい形で情報を小出しにしていく。

 アプリには悪いが、妖精の楽園というのはこの際ありがたい。

 この世界では実際に妖精が作り上げた植物の楽園があちらこちらに存在している。


 その規模は妖精の力だったり土地の魔力だったりに依るが、そこから得られる恩恵は人間が齎すものとは次元が違う。


 今回は潮風を防ぎ、大地を富ませる妖精がいた、ということにしておけばいい。本人はいなくなってしまったわけだしこれ以上は調べようもない。


 俺とアプリの繋がりを調べようとすればどこかで見られていることもあったかもしれないが、それを知っている連中はだいたい敵だからどうでもいい。


 あとはルノールが帰ってくるのを待って出港だ。


 ここの食糧についてはトレノ・モレノがうまく捌いてくれるだろう。ああ見えて町の有力者だ。

 領主がもう少し活動的であればいいのだが、港町カティラの領主というと噂には聞くが実物を見たものはほとんどいない。

 こういうときのお約束は知り合いが領主だったりするんだが、俺の知り合いというとトレノ・モレノ以外は冒険者ギルドの受付や宿屋の看板娘ちゃんくらいだ。


 ぶちぶちと野菜を収穫し、日持ちしそうなものはそのままうず高く積み上げてゆき、葉野菜などは荷車に積んでいく。

 他の行方不明になった連中の荷車にも載せておきたいところだが、連中は幻惑魔法に惑わされたあとどこに行ったか分からない。

 おそらくは街道沿いに森の中を突き進み、どこかで街道の三叉路あたりに出ているとは思うが。


 そしてトレノ・モレノに連絡にいった男もそれほど早くは戻ってこないだろう。

 妖精を逃した、という事実は大量の食糧にも勝る価値がある。

 その価値はすでに失われているからどうしようもないんだが、トレノ・モレノが「得られるはずだった利益」に固執して現実を見失うような小物であれば、ここに来ることは出来ないだろう。


 ああ、さっさと国を出たい。

 ルノールが戻ってくればすぐにでも密航するのに。アイツはどこで何をやっているんだろう。

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