74話〜「ダンシングフェアリー」
カオス農園発表1日目。
耕作地に商人ギルドの連中を案内した。
見事に『悪意や敵意に反応して幻惑する魔法』に引っかかり、同行した5人のうち4人が途中で迷子になっていたのは苦笑するしかなかった。
「な、なんという……」
最初にカオス農園を見た商人は目の前に広がる原生林のような光景に息を飲みつつぼそりと呟いて後ろを見た。
もちろんそこには同行者4人はおらず、かろうじて見えたのは幻惑された1人が木に向かって話しかけながらどこか違う方向に歩いていく姿だった。
「な、なんという……」
一応、俺からは最初に「敵意や害意、悪意がある奴は農園に近づけないぞ」と言っておいたのだが、自身が騙す側にいると思っているせいか人の言葉を信用しないで着いてきたらしい。
別に危険な魔物がいるわけでもないのでそのまま放置し、ついてこられた1人だけに適当な説明をしておく。
「ここは『妖精の楽園』だそうだ」
「妖精の楽園?」
ざっくりしすぎた説明を理解する前に、目の前に変化が訪れる。
「あ、あれは妖精!? まさか、こんな所に!?」
もちろんアプリです。
今回、この畑のギミックというか、種と仕掛けはアプリのおかげという事にしてもらう事にした。
商人ギルドから派遣されてきた男が呆然と見ている間、アプリには踊りながら花や野菜などの植物を<瞬間栽培>してもらうことにしている。
「踊りながら、って……別に妖精はダンスが得意ってわけでもないと思うけど」
と乗り気ではなかったアプリに新しい服と装飾品を約束して踊ってもらったのだが、これが思いの外に効果があったようだ。
「ケイトさん! ここは素晴らしいですよ! そうか、妖精の楽園か。だから今まで見つからなかったのか……いや、だとしたら何故今になって見つかったのか……」
ちっ、思ったより面倒くさい奴だ。
「食糧危機で冒険者たちが狩りを繰り返した結果、魔物がほとんどいなくなったじゃないですか。天敵がいなくなったから、じゃないですかね」
天敵がいなくなったら姿を表すのかと言われるとそんな事はないと思うが。
「なるほど……。いや、だが、だとしたら我々が食糧を得ようとしたらまた姿を隠してここに来られなくなってしまうのでは……」
面倒臭いなコイツ。
いっそガバッと襲いかかったところをアプリが逃げだし、一時的に接収したここの食糧で困難を乗り切れればいいかなと思ってたのに。
トレノ・モレノの部下だろうけど、悪意や敵意がないせいか、ここを無理に奪うのではなく長期的に利用できないか考えているらしい。
友好的な利用、協力関係。
その考えは嫌いじゃないんだが、ここにずっといるわけではないアプリとそんな協力関係を結んだところであまり意味はないわけで。
「きゃあ! ニンゲンだわ! 怖い! 早く逃げなきゃ」
ものすごい大根役者が怯えたふりをしながらこちらに気づいたような仕草を見せてきた。
いや、気づいていたんだけどね。
さっきからずっとチラチラこっちを見ては『いつまで踊ればいいのよ!?』って感じで視線飛ばしてきてたし。
慣れないダンスをしながら瞬間栽培で野菜を育てるのは思ったより負担だったようで、逃げ足もどこかぎこちない。
が、驚いた商人の男が「待て、待ってくれ!俺たちは敵じゃないんだ!」と近寄ったので、これ幸いにとアプリは更に叫ぶ。
「いやー!やめてー!おーかーさーれーるー!私を片手に欲望の限りを尽くされるー!」
ひどい言われように男が絶句する。
そもそも本来の妖精がどんな生態をしているのか知らないので、人間嫌いの妖精というとこんな感じではないだろうか? という相談はしていたのだが。
「近づかないで変態!」
徐々に顔色の悪くなっていた男が立ち止まったところで南瓜のような野菜を男に叩きつけてアプリが逃げ出す。
羽の生えた妖精なら飛んで逃げるのかもしれないが、ウチのアプリさんには羽など生えていないので割と全力で走って逃げる。
男に南瓜がぶつかって呻いた瞬間、熟練のスプリンターみたいな動きでアプリが離れていくのが見えた。さっきのダンスもそうだが、サイズが小さいだけでアプリの身体スペックはかなり高いようだ。
その一部始終を特に何をするでもなく見守っていた俺は、まだ痛みに呻いている男に声をかけにいった。
「逃げちゃいましたが、ここはどうなるんでしょうね」
青ざめる商人の肩をポンポンと叩いて、爽やかな笑顔を向ける。
「せっかく見つけた場所ですが、妖精がいなくなったらどうなるんでしょうね、ここ」
俺、知ーらない。