73話〜「桂斗の性事情」
不名誉な称号システムの事は心の棚にしまいこんで、俺は黙々と準備を続けた。
たまに眠くなることもあるが、基本的に何か行動をしている間は眠気に邪魔される事もないので、一晩中畑作りに勤しんでいても別に問題はない。
新しく称号とセットでついてきたスキルは実に俺向きと言えなくもないが、正直言うと少し不安ではあった。
今更だが、俺と一緒に旅をしているのは美少女といって過言ではないルノールと、2次元美少女のフィギュアみたいなアプリである。
最近はルノールも女性らしく成長してきており、まじまじ見ることはないが下半身さえ裸で見たりしなければ成人男性にとっても魅力的に見えるだろう。
アプリは……そういう嗜好の持ち主にはたまらないだろう。一度、夢の中に出てきたアプリは横に切ったリンゴの中からダンスしながら出てきたりとフリーダム極まりないイメージが定着しているが。
とにかく、健全な男子であれば性的にハッスルしても特におかしくはないであろうパーティーと数年に渡って旅をしてきた俺は、この称号に文句を言いたい。
この体に生まれてからこの方、俺は童貞だ!
というか、性的に興奮した記憶がない。
そう考え始めると、自分の緑色の体に疑問を持ってしまう。
この体は本当に人間なのだろうか。
鑑定結果でも疑問系だった。
この緑色の体は草食系がどうこうではなく、本当は人間ではないんじゃないか。
「朝の畑で下半身をじっと見つめてるようだけど、そんな種を撒いても畑にお父様は生らないと思うわよ」
「そんなもん畑に撒き散らすわけねーだろ!」
アプリのボケに思わず突っ込んでしまった所で、自分が何をしていたのかに気づく。
「いきなり下半身を触りだして、ルノールや私の名前を呼びながら下半身を凝視しだしたら何事かと思うわ。お父様のことは嫌いじゃないけどそういうのはよくないと思うの」
頬が朱色に染まってたりはせず、そのキツめの瞳には突き刺すような冷たさが宿っていて、これで俺の事をお父様と呼んでくれていなかったら俺は心に傷を負っていたかもしれない。
ぐううううう
「お父様、品がないわよ」
くだらないやりとりをしていたせいか腹が減ってきたらしい。
俺は畑に植えた作物の中からほうれん草のような草を選び、種をまきつつ千切っては口に放り込む。
まろやかなえぐみと、夏の水槽で一週間放置したザリガニのような香り、そして口の中に残るどろりとした苦味が何とも言えない不協和音のハーモニーを奏でてくる。
「品が無いと言ってる側から拾い食い……いえ、道草を食べるのは、さすがお父様だわ」
「そんなに時間がないんだ、仕方ないだろ」
その時、ふと下腹部に違和感を感じた。
「ん? なんだ。なにか今……」
「お父様、そんなにアピールして……私ではサイズが違いすぎるから、せめてそういうのはルノールのいる場所でしてくれるかしら」
「そういう意味じゃねーよ!」
下腹部からゴロゴロした感覚が伝わってきて、何というかこれは、痛い。
「痛っ……なんだこれ」
体内に何か異物があるような感覚。
それを魔力で固めるイメージをすると、さらに痛みが増してくる。
「痛い痛い痛い!違う、こうじゃない!」
内部の異物を体外に排出するイメージで魔力を構成すると、唐突にふっと痛みが消えて、目の前に何かがぽとりと落ちる。
「あぁ痛かった……なんだこれ」
ーーーーーーーーー
『ミスリル結石』
ケイトの体内で生成されたミスリルの塊。
高濃度の魔力を受けた植物を大量に摂取した事で生成された高純度のミスリル。
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なんてこった。
どうやらこれは俺の中で生まれて体内をローリング・ストーンしていたものらしい。
「なあアプリ、俺は体内でミスリルを作れるようになったみたいだ」
「そう。さすがお父様ね。ところでそろそろ時間のようだけれど」
さすがはアプリだ、俺の話を全く聞いていない。
俺はあまり触りたくないがミスリル結石を拾っておく。1センチくらいのミスリル結晶は体内にあったとは思えないほど攻撃的な鋭さで刺々しかったが、この世界に生まれてからミスリルなんて鉱物を見たことは数えるほどもない。
嬉しさ半分、謎の物悲しさ半分でミスリルを手に取った俺は最後の仕上げにかかる。
アプリに魔力のパスを繋ぎ、無制限に引き出す事を可能にしておき、アプリの幻惑魔法を最大威力で周囲に放つ。
これでこの畑は敵意や悪意があるものが近づくと、そうとは見えなくなるように周囲の木々が幻覚を引き継いでくれる。
これは俺の木魔法とアプリの幻惑魔法の合わせ技で、結界みたいな事ができないかと試行錯誤しているときに見つけたものだ。
残念ながら魔物にはあまり効果がないのと、あくまで周囲のものに幻覚を見せるだけなので野営なんかの時に使うには距離感が不便だったりしたのだが。
これで準備は整った。
あとはトレノの仕事だ。ここにある食糧をそのまま運べば、入り口にいる難民たちが殺到して大変な騒動に発展するだろう。
難民たちを受け入れ、予定通りの場所に案内し、食糧の搬送経路を準備していなければ全てが空回り、悪影響になる。
俺とアプリは最後に大きく伸びをして、出来上がったカオスな農園を後にした。