72話〜「くっ……とか言ってる暇はない」
町を出てすぐ、俺は町に戻った。
「すまんブライアン、忘れてた」
荷馬車ごと戦場に放り出したまますっかり忘れていた。
当の本人はどこ吹く風というか、ぜんぜん気にせずに半分寝入っていたが。
「お父様、私の事は途中まで覚えていたみたいだけど、現在忘れていないかしら」
「そんなことないぞ」
アプリの入った革袋は尋問の際に持ち出していたので、一応は持ち歩いていた。
途中から肩にかけたままなのを忘れてトレノとの会話をずっと続けてしまい、町を出てから声をかけられて思い出したのだが真実は闇の中だ。
「で、聞いてたけど、どうするの? 馬鹿正直に栽培で食糧を作るだけのつもりじゃないんでしょ?」
「それでもいいんだけど、どうせなら定期的に得られるものがあった方がいいだろ」
馬車を転がしながら俺は種子を量産していく。
この種子は野菜の種だが、俺のオリジナル野菜も混じっている。
たとえばキャベツみたいな野菜とか、トマトみたいな野菜、ニラやネギなんかもそれぞれ用意して小分けにしている。
「それ、お父様の前世にあったっていう野菜なんでしょう?」
「<鑑定>する限りだとこの世界にもあるっぽいんだけど、この国は貧しいうえに農業があまり発達してないから野生のマズいのしか見つからないんだよ」
それっぽいものを見つけては食べてみたが、どれもこれも地球で食べたものとは比べ物にならないほど味気ないものだ。
とはいっても草食系スキル持ちの俺ならどれも美味しく食べられるが、俺がうまそうに食べるのを見ていたルノールが「私も食べるぅ〜」と言って口にした直後に「おえぇ〜」と言って吐いてたのを見る限りは食物として致命的な不味さなのだろうということは分かった。
それから品種改良を重ね、俺のオリジナルなのか地球のコピーなのか分からない野菜たちが大量に出来たわけだが、これは市場に流していない。
こんなもん市場に流したら「幻の野菜」みたいな感じに騒動になってしまう。
だから逆に「ここでしか採れない幻の野菜」として活躍してもらおう、という考えが浮かんだのだ。
「なるほどね。それなら余所で見つからなくてもしょうがないし、どこかにある可能性も期待だけは出来るわけね」
「そうだな。俺が市場に流しても偶然見つけたと言い張れる」
「この国で商売することはもうないと思うけどね」
町を出て獣道に入り、例の畑の近くまでやってきた。
略奪を行っていた難民たちは近くでキャンプをしているようだが、畑を守っているようにも見える。
「残り少ない食糧を奪われないようにしているのか?」
「『次』がなかったら結局のところ死ぬしかないもの。それより、ここでいいのかしら?」
アプリの質問に俺はどう答えたらいいか迷う。
別にどこでも良かったんだが、一度調節したのでここを中心にする方が楽だと思ったのだ。
だが実際のところは難民たちが占拠してしまっており、何か行動をしようにも邪魔でしょうがない。
「よし。ここはアプリの出番だな」
「あの人数を遠ざけるだけの魔力となると、ちょっと今のじゃ足りないわ。少し分けてもらえるかしら」
アプリを乗せて魔力補充してもらおうと手を伸ばしたら、なんだか嫌そうな顔をしてアプリが鼻をつまんでいる。
「お父様……なんだか臭いわ。血の臭いみたいだけど、あまり良いものを食べてない感じ」
さっきの尋問のときについたのか。そういえば手を洗っていなかった。
しかし考えてみれば水が手元になかった。
ボーリングツリーを植えるという手もあるが、こんな近距離で2本目のボーリングツリーを植えたら水脈が枯渇しかねないし地盤沈下の危険性もある。
考えて、そこらの低木に手を当ててみる。
「うん、これならいけそうだ」
木の幹を押し開くように隙間を開ける。
まるで木の洞のように開いたスペースに、同じく木魔法で作った大きめの器を載せる。
「おっ、いけるいける」
木が吸い上げた水分を垂らすように、洞の上部には鍾乳石のような突起が出ており、そこからじゃばじゃばと水が流れ出てくる。
器いっぱいの水が出たところで水を止め、それで手を洗う。透明で冷たい水は井戸で汲んだものよりも上等に感じる。
「さすがお父様、よく分かってないと思うけど、それはただの水じゃなくて、お父様がたまに使ってる『世界樹の雫(偽)』の低品質品よ」
「そうなのか?」
世界樹の再生にチャレンジした時は雫を搾ることを考えていたが、そこらの木で試したことはそういえばなかった。
「そこらの薬師ギルドが販売しているポーションより上質な回復薬としても使えるし、地脈から吸い上げた魔力が染み込んでいるから魔力回復薬にもなるわ。農地に撒けば栄養のある水として土の回復を早めることもできるでしょうね」
「万能薬じゃねーか」
「万能でもないわ。まず、そんなことをしたら木は枯れるわ。それに薬効があるといっても強力な栄養剤といった域を出ないから、瞬時に傷を治すような効果もないもの」
「万能薬じゃねーじゃねーか」
「だからそう言ったわ」
そんなコントをしながら、アプリに魔力を補充していく。
この雫は鑑定したところ『常緑樹の雫』というらしいが、こいつにも魔力があるならこれを飲めばいいんじゃないかと提案したところ、
「お父様は回復するからといって人間の体液を飲もうと思う?」
と言われたので素直に魔力を供給するだけのマシーンになることにした。樹の雫って植物の尿なのか?
やがて魔力を補充しつつアプリが幻惑魔法で難民たちを操り始めた。
ゾロゾロと列を成して畑を離れていく姿はゾンビのようで気持ち悪かったが、その原因のひとつは彼らの痩せ細った体のせいもあるだろう。
彼らがその場を離れれば、あとは遠慮の必要もない。
栽培スキルと木魔法を併用し、一気に広範囲の地面を開墾していく。農業、生産スキルとしてかなり優秀じゃなかろうか。魔力がガンガン消費され、数値の変動が9桁目くらいまで動いてるから普通の人間にはとても不可能だとは思うが。
ちなみに俺のステータスを鑑定すると魔力の桁数が多すぎて数字が地面にめりこんでしまっている。
最近は鑑定が気を利かせてくれたのか、中略されているのでなんとか見えるようになっている。
ちなみに増減する数値を見ていて気づいたのだが、どうやら俺の生命力や魔力は1から9で繰り上がるのではなく、9の次にA、B、と続いてからFで繰り上がるらしい。
……つまり普通に数えた場合の1.6倍くらいの数値があるということで。
もう深く考えない事にした。
っと。
ちょっと余計な事を考えていたら予定より広い範囲を開墾してしまった。
荒野が水分を含んだ農地に生まれ変わったが、このままではまだ塩分が多すぎる。
次に塩分を吸い上げる木を植え、魔力を込めていく。
すると大地に伸びた根が次々に塩分を吸い上げていき、魔力に呼応した樹木は大きく伸びていく。
不思議なことにこの木だが、ある程度まで伸びると枝が伸びなくなった。細い木の幹が天を突き、その周りに白い結晶が枝のように伸びている。
見た目よりも動きのいいアプリが興味津々に木に登って結晶をいじりまわし、ボキッとへし折って落としてくる。
それを受け取って鑑定してみれば、すぐにその正体が分かった。
『海水塩結晶』
もう一度見上げると、50m以上の幹から伸びた白い結晶が夜露に濡れ、幻想的に輝いている。
「これ全部、塩の塊か」
予想外の副産物に複雑な気分になるが、これもまあ便利といっては便利だ。
もう畑の土は充分に農業に耐える良質な土になっているが、今から普通に植えたのでは間に合わない。
魔力を存分に込めた種をそこらじゅうにばら撒いていく。促成栽培は込められた魔力の量に応じて早く収穫できる。アプリの持つスキル『瞬間栽培』はこれの進化系みたいなスキルだが、あっちは品質が常に普通になるのに対し、促成栽培は土次第では上質や良質な物が出来上がることがある。
そうして一晩中種を撒き続けていたが、そろそろ終わろうかという明け方近くになってアプリが近づいてきた。
「お父様、だいぶ連続してスキルを使っているけど魔力は大丈夫なの?」
「ああ。たぶん星全体を開墾しても俺の魔力ならなくならないんじゃないかな」
そんなことを言いながら、何となく自分の事を鑑定してみる。鑑定してしまった。
−−−−−−−−−−−−
ケイト・クサカベ
LV:13
年齢:10歳
種族:人間……?
職業:農夫 商人Lv7 農夫Lv11
生命力:緑
魔力:緑
スキル:<草食系>
<鑑定解析>
<身体強化・真>
<警戒察知>
<調合>
<錬金>
<魔力掌握>
<努力次第>
オンリースキル:< >
特殊スキル:<生成栽培>
<種子創生>
称号:種付け師
−−−−−−−−−−−−
またしても種族が人外に……いや、まだかろうじて人間か?
そして生命力と魔力が色になっている。
実際にはカラーバーになっているというか、よーく見ると細かい数字が書いてあるんだが、虫眼鏡か顕微鏡で見ないといけないくらい小さく書かれていて分かりにくい。
オンリースキルとやらのところにはうっすらと<樹系図>の文字が見えるが、どうも現在は使えないのかグレー、というよりは半透明になってしまっている。
そんなことより称号だ。
見られたら誤解されかねないものがついてしまっていた。確かに畑に種を撒いていたが、だからってこれはないだろう。いや、しかし称号そのものを鑑定すれば誤解は解けるかもしれない。
ーーーーーーーーーー
『種付け師』
多くの生命誕生に関わった者。
『性豪』『絶倫』『繁殖』スキル取得。
ーーーーーーーーーー
どういうことなの……