71話〜「渡る世間は敵ばかり」
※残虐な表現があります
使者と兵士……いや。「襲撃者」への尋問はすぐに終わった。
ポーションで回復させた襲撃者だが、欠損部位が治らずにそのまま治癒してしまった。それを見た他の連中が慌てて喋りだしたのだ。
一撃で死ぬならまだしも、四肢欠損はこの世界を生きるのに不都合すぎる。
俺が足を奪った男は絶望と恐怖で総白髪になり、ガタガタと震えるだけで喋らなくなってしまったので、詳しい話は別の襲撃者から聞いた。
「なんと、薬師ギルドと王国が結託して1人を狙うなどと……」
そういう事だったらしい。
俺の薬の効果を知っている薬師ギルドが、俺の情報を王国に売った。
薬の情報を聞いた王国は、もはや敗戦濃厚な戦争の状況打破の為にそれを求めた。
その結果、俺が直近で交流を持ったトレノ・モレノの名で呼び出し、連行しようと考えたらしい。
元々王国は俺の技術を狙っていたが、まさかギルドが売るとは……
いや、もうギルド員じゃないからか?
結局は飼い殺しにされるのがギルドか王国かの違いなら、どちらでも変わりはないと思うが、とことんこの国は腐っていると思う。
「クサカベさん、この後はどうするおつもりでしょうか」
唐突なトレノの質問に俺は首を傾げる。
「どうするつもりって?」
「国と薬師ギルドがあなたの敵になった今、あなたはもはやこの国には居られない」
まあ、そうだろうな。
「元々この国は出て行くつもりだったからな。別にそれはいいが」
「あなたがここにいるとバレた今、国は出航制限を解除することはないでしょう」
まあ、そうだろうな。
「そこで提案なのですが」
まあ、そうくるだろうな。
「クサカベさんが持つ食糧調達の術を戴ければ、秘密裏に船を出しましょう」
「無理だ」
やや食い気味に答えるとトレノの表情が曇る。
「どういう事でしょうか? クサカベさんはこの国を出たくない、と?」
「そういう意味じゃないし、それを盾にするなら脅迫みたいなものだ。それがいいなら俺は力ずくで船を奪っていくぞ?」
あらかじめ言っておかないと、交渉のつもりで上に出られてもたまったものじゃない。
この手の世界でマウントを取られたら最後、有利な側にばかりうまくいくのが常だ。
それが分かっているのだろう。トレノの表情が苦いものになる。たぶん俺のことを「交渉が通じない愚か者」とでも思ってそうな顔だ。
「では、改めてお聞きします。どうするおつもりでしょうかしょうか?」
「船乗りの家族にだけ食糧を融通して船を出して貰えばいいだろう」
軽く言い放ってやる。
「そうでなくても、お前ら商人ギルドは俺が卸した食糧を貴族や豪商を中心に融通しているんだろう? 船乗りや冒険者、町の住人からの風当たりは弱くないはずだ。そんな状態で俺の融通に文句でも言ってみろ、それならお前が飯を出せとなるだけだ」
こいつらは別に慈善団体でもなんでもない。
俺は確かに町の為にと食糧を商人ギルドに流したが、それは別にこいつらなら平等に配ってくれると思ってたわけじゃない。
こいつらに流さなければ、無駄な搾取と混乱、略奪が起こるからだ。
だが、こいつらが搾取を行えばそれは逆にこいつらに返ってくる。
それが分かっているからこそ、トレノの顔色は悪い。
「……得体の知れない冒険者からの施しで、船乗りたちが感謝するとでも?」
「よく知った連中の搾取に慣れ親しんだ連中が、見知らぬ善意に感謝しないとでも?」
「受け取ったら罪になると触れが出るかもしれませんよ」
「そうなったらいよいよ炊き出しでも始めるか? 自分たちを救うものと、死なそうとする連中のどちらを信じるか試してもいいな」
「……町の住人があなたから略奪しようとするかもしれませんね」
「その時はこいつらと同じ目に遭うだけだな」
一部が欠損した襲撃者たちを顎で指してみれば、トレノは大きく溜息をついた。
「はぁ……交渉は不成立ですか」
「そもそも交渉のつもりはないな。お前がやってるのは脅迫、強権の執行だ」
笑ってやる。ギルドの長にまでなったくせに、まともな交渉ひとつできない奴だ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「権力を得て、権力に触れて、商人としての基本を見失ったのか? 商売の基本は交換だが、信頼なくして買う奴はいない。お前の出すものが悉く胡散臭い以上、それ以外を買える相手に交渉が成立するはずないだろ」
今までの俺なら選択肢が少なくて言われるがままになっていた可能性もあるが、鍛えた俺なら少しは違う可能性に期待できる。またルノールがこの場にいないのも大きい。あいつは人質にできそうな雰囲気があるから、向こうを強気にさせがちなんだよな。
「というわけで、お前が何を望んで俺を呼んだのかまず言えよ。俺から譲歩を求めるんじゃない、お前が譲歩するんだ。お前の望みに少しでも近いものが得られるよう、誠心誠意お願いしてみろ」
全力で上から目線にしてみる。トレノの顔が真っ赤になった後、青ざめていく。信号機みたいなやつだ。
「ぐ……ぐぐぐ……。おね…がいします……」
「船の手配と当面の資金だ。それと食糧の分配比率は俺が決める。外にいる難民たちも町に入れてやれ」
言い切った所でトレノがバッと顔をあげる。
「無理に決まっているだろう!難民を受け入れなどしたら暴動が起きる!略奪もだ!」
「寝床はともかく食糧は用意してやる。住居は木材で作れ。海辺だから長持ちはしないだろうが、それでも丈夫なやつを用意してやる」
塩を分解する例の木なら大丈夫だろう……確信はないが。
「な、なんだと……」
「ああ、それと輸送についている冒険者たちへの報酬はきちんと払えよ。俺が援助しているから割引だとか、そんな事をして俺に敵意を向けさせようとしても無駄だが、そんな事があったら誰よりもまずお前の四肢をもぎ取りに行ってやる」
十歳以上老けたように見えるトレノを置いて、俺は町を出る。
船が出るなら、もう別に色々と隠して時間稼ぎする必要もない。ルノールが帰ってくるまで無事でいればいいことで、俺が無事でない状況なんてまず普通に考えてあり得ない。ドラゴンに食われても死なない自信があるぞ。
俺は久しぶりにやる気を出しておく。
草食系スキルの本領発揮だ。この飢えた町に新しい特産品を加えてやろう。