70話〜「高度な情報戦」
※引き続き残酷な描写があります
大変困ったことになった。
「・・・・・・」
「・・・」
「…………なんか喋れよ」
俺を襲った兵士どもに使者も含めた連中が黙りこくってしまった。
何が目的で俺をどこに連れていこうとしたのかも分からないので、俺自身も動くに動けない。
もしかして1人くらいボロボロにしたままで事情聴取した方が良かったのか?
打ち上げられた深海魚みたいになっていたさっきの兵士は回復したものの意識は戻っておらず、そんな兵士をちらりちらりと見ながら他の連中は距離をとったまま動こうとしない。
そんな状態がすでに10分近く続いている。
もうちょっと早くなんとかしたかったんだが、向こうがちらりちらりと動くものだからタイミングを見失ってしまい、向こうも似たようなもので警戒を解くに解けず、ずっと膠着状態になっていた。
「俺を狙ったのは誰で、どこに連れて行こうとして、何がしたかったんだ?」
「・・・・・・・」
喋れよ!
いや、まあ小説とかドラマでべらべらと事情を喋る連中とか見ていると「お前らどんだけ口が軽いんだよ」とは思うけど、実際に完全黙秘されるとかなりキツいものがある。
このまま宿屋に向かっても、きっとまた狙われるんだろうと思うとそうもいかない。
かといって、こいつらを全員倒そうとしたら手間だし目的が分からないから第二波が怖い。
そこで情報を聞き出そうとしたのに、まさかの完全黙秘だ。情報が途絶されてしまっては何もできない。ということはもう荒っぽいやり方をするしかないか?
「おい。それ以上黙ってるなら、この気絶してる奴を起こして、喋るまで痛めつけては治すのを繰り返してやろうか」
脅しのつもりで兵士の首根っこを掴んで持ち上げる。強化された筋肉のおかげで綿毛を掴んでるくらいの感覚だから、ちょっと振り回したら壊れそうだ。
そんな事を考えていたからか、使者と兵士の顔が青くなる。
おや? 仲間意識はあるらしい。それならもうちょっと押しておくか。
「さっきのポーションの効果を見ただろう。アレはまだまだある。死んでいなければ治るレベルの薬だから、こいつが自害しようとしても無駄だ。喋るなら痛い思いをする前にした方がいいと思うぞ」
しかしこれでも喋らない。
プロか? プロなのか?
だとすると理解に苦しむ。この兵士、動きといい武装といい、そこらの冒険者の方がいいものを装備しているんじゃないだろうか。
貴族やギルドなんかに雇われたプロならもっとマシな、というか上等なものを装備しているはずだ。
そしてあまりにも動きがないので、仕方ない。
俺は気絶した兵士の膝の裏に足を乗せて力を込める。真下にじゃなく、少しずらして地面にこするようにするのがポイントだ。
ごり、ごり、と骨が軋む音がすると、気絶していた兵士が悶絶し始める。気付けになったらしい。
「うぐ、あああああ!」
しかしまだ喋らない。
こいつら、何か制約でもかけられてるのか?
それなら試してみよう。
俺は力いっぱい膝の裏を踏み抜いた。
「ああああああああああああああああああああ!」
ごちゅっ、という音がしたと思った。
見れば兵士の膝と俺の足が地面にめりこみ、そこを境界線にして千切れていた。
「や、やめてくれ!!」
さすがに俺がそこまでやるとは思わなかったのか、真っ青を通り越して紫色になった使者が叫んだ。
「ようやく喋ったな。黙ってれば去ってくれると思ったか? それともどうにかなると思ったか? やめてほしいならさっさと喋れよ。転げ回られちゃ、次はどこを踏んじまうか分からないぞ」
言いながら俺は兵士の頭を、ごり、と踏みつける。
自分がどうなっているのか、これからどうなるのかを想像してしまったのか兵士は涙や鼻水やらを垂れ流しにし、下半身も粗相しながら嗚咽を繰り返すだけになってしまった。
そんな姿を見た他の連中も怯え、武器を捨ててこちらに投降の意思を見せ始める。
いや、別に投降とかいいから事情を話せと言ってるんだが。
「喋る気になったなら、さっさと喋ってくれるか。こいつはもうダメそうだし、次はそっちの誰に聞いたらいいか俺には分からねえんだ」
にやりと笑ってやれば、悪魔に魂を奪われたかのような顔でしゃがみこんでしまう。
おいおい。人を刺してでも言うことを聞かせようとした挙句に完全黙秘を貫こうとした連中の態度じゃないだろ。そこは毅然としてろよ。
とりあえず足元のやつにはポーションをかけておく。出血量がわりとシャレにならないので今にも死にそうだったから仕方ない。どうせポーションはいくらでも作れるしな。
俺を呼びに来た使者に事情を聞こうと近づいたところで、俺の警戒察知に引っかかる気配があった。
視線だけそちらに向けてみると、どうやら商人ギルドの方からトレノ・モレノが走ってきているようだった。
だが、なぜだ? こいつらの黒幕がトレノ・モレノじゃないのか?
商人ギルドの方から来ているということは、こいつらが案内しようとしていた方向とは違うということだ。
・・・つまりこいつらはトレノ・モレノの手の者じゃない?
よく分からなくなってきたな。
とりあえず戦意喪失している連中をまとめ、特製の草ロープで縛っておく。こんな事の為じゃなく用意しておいた革ロープの代わりだ。
使者1人に兵士3人をまとめて縛りあげておくと、走ってきたトレノ・モレノが息を切らせながら声をかけてきた。
「ハァ……ハァ……。く、クサカベ様、これはいったいどうした事でしょうか?」
肩で息をしながらそんな事を言うトレノ・モレノだが、これが演技だとしたらかなりのものだ。
「どうしたも何も、お前が呼んでいるというから着いてきたら変な場所に案内されそうになり、断ったらいきなり槍を向けてきたから返り討ちにしたんだよ」
「な、なんですと!?」
その驚いた表情には嘘くささは見当たらない。が、ちょっと演技臭さがなさすぎて怪しい気もするな。
「黙ってやられるのはお断りだから抵抗させてもらったが、こいつらはお前の部下か、トレノ・モレノ?」
試しに聞いてみると一人一人の顔をじっくりと見分していって、最後に首を横に振る。
「……いえ、この者たちは私のギルドに所属している職員ではありませんな」
「どういうことだ? こいつらはお前の指示だと言っていた。そうじゃないというなら、お前はなぜここに来ている」
用もないのにギルドマスターが門の近く、こいつらが向かわせようとしていたような“スラム街”の方に来ることなどあり得ない。
そう思っているとトレノ・モレノは首を横に振って肩を竦める。
「私があなたをお呼びしたのは本当です。が、こいつらは私の知る者ではない」
「……つまり、アンタの名を勝手に使っている、と?」
もしかしたらトレノ・モレノがこいつらを切り捨てようとしているのかもしれないので油断はできないが、表情だけ見れば嘘をついているようには見えない。見えないが、俺がそこまで人の機微を見分けられるかと言われたら、あまり自信はない。
だが、トレノ・モレノは懐から何かを取り出して俺の前に出してきた。
「なんだこいつは」
「あなたへの招待状の控えです。これの本紙を部下に持たせていたのですが、部下はおらず、この者たちがいたということですな」
「お前がこいつらを尻尾切りしていないという証拠にはならないだろう」
「そうですね。ですが逆に、ここに控えがあるのに本紙をこいつらは出してこなかった。それはデメリットはありますがメリットはないはずです」
確かにそうだ。俺が信用する為の材料になるはずのものを出さず、しかも見せなかった場合は控えだけが残って疑われるというデメリットがある。それでも出さなかったということは、つまり
「……招待状の事を知らなかった?」
「もしくは私の部下が出さなかったのでしょう。部下は・・・おそらくこの者たちによって殺されていると思いますが」
そうか。俺に何かをする為に誰かが死んだかもしれないのか。
そう考えるとこいつらを生かしておきたい気持ちが一気に薄れていく。さっさと情報だけ引き出して始末しておきたい。
「トレノ・モレノ、こいつらから情報を得たい。アンタの事もまだ信用できないが、あとで聞かせろ。アンタとこいつらに繋がりがないか、こいつらから情報を聞き出した後でアンタにも質問させてもらう」
念には念を込めて言っておくと、ぞくりとでもしたのか震えるようにしてトレノ・モレノが頷いた。
さて、では話を聞かせて貰わなければならない。
ポーションの数には限りがあるから、早く喋らないと治ることさえなくなるぞ、とか脅しておけばさっさと吐いてくれることだろう。