69話~「いわゆる張り手」
※やや残酷描写があります
商人ギルドのマスターであるトレノ・モレノが呼んでいるとの事で、俺はこそこそと隠れるように町の中へと案内された。
「すみません、他の難民たちへの示しもありますので」
特別扱いで町へと入ることを許される、というのは難民たちにとっては不愉快極まりない事だろうと、俺は偽装されることになった。
頭から布を被せられ、腕には手錠を掛けられ、衛兵に追い立てられるように町へと送られる。
ようするに俺は指名手配されていた犯罪者のように連れて行かれる事になった。
夜闇に紛れているとはいえ、馬車まで動かしているから目立たないわけじゃない。犯罪者に向けられる侮蔑の視線と、町に入れるという羨望の視線が8対2くらいの割合で刺さる。
唯一の救いは、俺がいた場所は難民たちから離れていたから、布を被せられた今の状態では誰だか分からないだろう、という事くらいだ。
そのまま町の中へ入ると、俺の体を衛兵が動かそうとする。
「ん? 商人ギルドに行くんじゃないのか?」
商人ギルドに向かうのだと思って歩き出そうとした俺は急に違う方向に引っ張られたので疑問を投げかける。
「いいから歩け」
「どこに行くか教えろよ。呼んでるのはそっちだろ」
態度の悪い衛兵に使う礼儀なんてない。
動こうとしない俺にイラついたのか、衛兵が槍を構える。
「黙ってついてこい。お前に選択権はない」
「ほう、そうかよ」
なんだか分からないが随分と扱いが悪い。
まるで本当の犯罪者のような扱いにカチンときた俺は腕に力を込める。
「そういう事なら好きにさせてもらうわ」
無闇に鍛えた力を込めれば、腕にかけられた手錠が「ぎぃん」と音をたてて壊れる。
「き、貴様! 暴れるつもりか!?」
「お前がそうするように仕向けたんだろ?」
ブライアンの手綱を奪い取り商人ギルドへ向かおうとすると、後ろに控えていたトレノ・モレノの使者が慌てだす。
「ま、待ってください!」
「待たねえよ。お前、さっきまで止めるつもりなかったって事は共犯だろ? トレノ・モレノがどういうつもりか知らないからな、直接聞かせて貰うのが手っ取り早い」
ギルドマスターの指示ならトレノ・モレノを黙らせればいいし、そうじゃないならこいつらの行動を盾にすればいい。どうせ船が出るまでの辛抱だ。
「くっ……仕方ない、少し思い知らせてやれ!」
使者の宣言と同時、周囲の衛兵たちが動き出す。
というかコイツらは衛兵じゃないな。
格好だけが衛兵っぽいが、恐らくは商人ギルドの私兵だろう。町の衛兵にしては見覚えがない。
「いいのか? 俺は手加減が下手だぞ」
「口が動けば充分だ、やれ!」
動きを止めようとしたのだろう、兵士の槍が俺の足を狙って突き立てられる……が
「なっ!? さ、刺さらない!」
「そう簡単に刺されてたまるかよ」
ワイバーンの牙に比べたら爪楊枝みたいなもんだ。
俺の体は元々とんでもない生命力だけが有り余っていたが、それを意識してからはずっとトレーニングに勤しんでいた。
ダメージを与えただけ、回復したらパワーアップする。
地球に於いても超回復とか言われてたそれを、俺は生命力に任せてやりたい放題だった。
結果として、制御に失敗してあちこちにぶつかりまくった俺の体はまず防御力がとんでもないことになっていた。
「な、なんなんだコイツは! 槍が、槍が刺さらない!!」
「お前らの力が弱すぎるんだろ」
力が弱くても金属の穂先を突き刺せば人間には刺さると思うが、緑色の肌にいくら槍を突き立てても刺さらない光景はきっとオーガでも相手にしている気分かもしれないな。
「それじゃ反撃するぞ」
反動で吹っ飛ぶのを繰り返して、ようやく手に入れた攻撃方法を試そう。
すり足で近づき、少しだけ腰を落として重心を下げたら、今度は手を開いて相手の懐に当てて、持ち上げる。
「う ごっ!」
兵士の体が一瞬ぶれたように見えた次の瞬間、上空へと吹っ飛ぶ。
かなり手加減したつもりだが、このパワーの弱点は強弱ではなくオンオフといった感じの出力設定で、飛び上がった兵士は縦に3回転ほどした後で地面へと叩きつけられた。
「あ……な…なんだ……と?」
地面に寝そべった兵士からはじわりと血が流れ出てくるのが見えた。
持ち上がる瞬間、眼球やら内臓やらが押し出されているのがちょっと見えたからマズいかなとは思ったが、案の定やりすぎたらしい。まあいいか。
びくんびくんと跳ねる兵士の元に歩み寄って仰向けにしてみると、右目が飛び出して口からは血泡と内臓らしきものが飛び出し、俺が押した胸元は鎧がめり込んでいた。
「あー、やっぱやりすぎたか。手加減が難しいんだよ……」
念のためにと用意してある自分たち用のライフポーションを取り出して魔力を込める。
こういう魔力の後乗せみたいな事は普通できない。
できないというか、ポーションに魔力を後乗せしても、込められた魔力の百分の一も効果に反映されないから意味がない。
だけど俺の馬鹿みたいな魔力なら、百分の一になっても充分すぎる効果を載せられる。
そして出来たポーションを手にするが
「・・飲めなさそうだな」
生きてるのか死んでるのか分からない兵士の口からは内臓が飛び出ているので飲もうにも飲めないだろう。
「まあいいか。無理やりで」
別に優しくする必要もないと思い、強引に口に押し込む。
回復効果で内臓が体に引き込まれ、その隙間から更にポーションを流し込んで回復させる。
「うっ、ぐうううう」
「あ、鎧がめり込んでるから回復した直後にダメージ受けてるのか」
兵士の鎧を素手で剥ぎ取る。
パワーが増したのはいいが、金属製の鎧がアルミ缶みたいに形を変えて一部分だけむしりとれるのは何とも言えない違和感を感じる。
ダメージソースがなくなった兵士はすぐに呼吸を落ち着かせたが、意識だけはまだ戻らなかった。まあ、騒がれるのは面倒だからこれでいいが。
「で、お前らはどうするんだ?」
その光景を一部始終見ていた他の兵士と使者は真っ青な顔で沈黙していた。
これは、何というか。
今までにもこういう襲撃みたいなのはあったが、ほとんど逃げるだけだった。
そのせいで、どうにもこの後の展開に続かない。
町に居られなくなったり船に乗れなくなったりしたら面倒だからと治療を施したが、そもそもこいつらの目的が分からないままだ。
真っ青な顔をしたまま黙ってしまった連中を前に、俺はどうしたらいいか悩みながら答えを待つことになった。