68話~「飯テロ回」
そろそろ陽が落ち始めるだろうという時間になると、馬車群から聞こえるざわめきの種類が変わった。
さっきまでは門の中に入れないことに対する愚痴や不満、苦情を町に向けていたが、今は食事の準備を始めており、それについてのざわめきが中心となっていた。
難民である彼らはどんなものを食べているのか興味があったので、立てかけた木切れにボロ布をかけただけの簡易テントを出て様子を見てみる。
「ほう……なるほどな」
俺は関心の溜息をついて彼らを見た。
彼らが食べていたのは、いわゆる雑草と言われる草や葉っぱ、それに木の根といった主食と、濁った水のスープだった。
馬車のどこからも煙が出ていないところから、恐らくは火を使っていないのだろう。薪も貴重な資源であり商品だから、そうそう気軽に使えないのは分かる。
何よりも俺が関心したのは、彼らが食べている雑草や葉っぱに木の根といった植物だった。
桂斗がこの異世界に生まれてからこれまで、あまり草や木の根といったものを食べている人間に出くわしたことはなかった。
それゆえに俺は彼らに親近感を覚えていたのだが、よく考えてみれば<草食系>なんてスキルを持っているわけでもなければ極貧というわけでもない連中が草や木の根なんかを食べるわけがない。
一番最初に訪れたメンデルの居た町は現在の難民たちのように飢えてはいたが、そもそもあの辺りにはろくに草も生えていない上、似たような毒草も多かったから参考にはならなかった。
そんな謎の親近感から難民たちの食事を眺めていた桂斗に対し、彼らは鋭い視線を向けてくる。
当然だろう。
いくら貧乏とはいえ、桂斗の格好は冒険者と商人の間くらいの布の服に深くフードを被っている。怪しいか怪しくないかで言えば露骨に不審人物と言える。
「おい、何をジロジロと見ている」
俺自身が「ちょっと見すぎかな」と思った直後、難民の1人がそう言って立ち上がった。
「草や木の根を食べる俺たちが面白いか」
周囲の難民たちも草をかじるのを止め、こちらを警戒するように見ているのが分かる。というか警戒察知に敵意が反応しまくっている。
だが俺としては心外だった。
「いや、面白くはないな。そんなことより」
彼らが食べている草を指差す。
「それ、俺にも一口分けてくれないか」
実は彼らが食べていた草は俺が食べたことのないもので、興味があったのだ。
「……はぁ?」
「うん!なかなかうまいなコレ。苦くて、臭くて、ほんのりと土の臭いが残ってる」
「お前、どんだけ貧乏だったんだよ……」
難民の彼らが嫌々食べていた草や木の根を美味そうに頬張ると、かなり強張った表情を浮かべられる。
確かに貧乏だが、俺としては好きで草を食べてるんだが。
「そいつは俺らの村の周りで採れる草でな。食えるには食えるが、よほどの事がなけりゃ食べないくらいまずい。食えればいい、くらいのもんなんだが」
「毒のある草よりはよっぽどうまいぞ?そもそも食用できる草というのがあまりないからな。食用に足るってだけで嬉しいもんだ……おいブライアン、そっちは俺の草だぞ!お前の飼い葉はそっちの桶のやつだ!」
馬と真剣に草を取り合う俺の姿を難民の連中は、それは哀れなものを見るように見ていた。
自分より下のものを見ると安心したり冷静になったりする事はあるというが、まさにそれなのか。陽が落ちるまではカティラの愚痴を言い続けていた難民たちが随分と落ち着いたように見えた。
ちなみに俺が持ち込んだ草を代わりに提供した所、丁重にお断りされた。一口かじった瞬間に嘔吐寸前までえづいていたので、基本は食用ではないのかもしれない。だからルノールは食ってくれないのか。
「いや、ありがとう。こんなにうまい草を食べたのは久しぶりだ。お前らも大変なのに悪いな」
「いや……お前ほどじゃないかもしれないから、気にするな」
同情に近い視線を向けられるが、俺としては肉より草だからな。草食系スキルのおかげで飢えずに済んでるから文句は言えない。
人心地ついたところで周囲を見渡すと、難民とは言っても彼らの格好はそれほどみすぼらしいものではなかった。
食事だけは貧相だったが、馬車の量や格好を見れば、彼らがただの貧民や難民でないことは何となく分かる。分かるが、はて。
「あんたら、どこから来たんだ?」
「俺たちはグルカンだけど、ほとんどの人たちは王都からだよ」
「王都から?これだけの人数が?」
確かに身なりは悪くないと思ったが、まさか王都から港町まで逃げてきているとは思わなかった。
「理由は色々あるだろうけど、とりあえずこの国はもう長くねえ。戦場がどんどん国内に食い込んできてるが、それよりも王家がな」
「諦めが悪い王様の命令で、国民全員が剣をとれ、だとさ。女も老人も、子供も関係なくね」
「重税で苦しめられて、最後は国の為に死ねって、俺らは別に国の為に生きてるわけじゃねえからな。生きてけねえなら、国を捨てるしかねえだろうと」
黙って聞いているとあちこちから声があがってくる。
相当腹に据えかねていたのだろう、国民の声だ。
正直俺にとっても王家だの貴族だのは迷惑をかけられた記憶しかない。
彼らが何らかの施政を行って住みやすくなっているところもあるんだろうが、だからといって彼らの為に民が犠牲になるなどとは本末転倒だ。
「お国が国民を見捨てたなら、そりゃ国を見捨てるしかないわなあ」
「俺たちだって故郷を離れるのは苦しいし、辛いさ。だが、命がなけりゃ苦しむことも悲しむこともできねえからな」
彼らの人間臭さは俺にとって不快なものじゃなかった。国だ組織だの為に命を奪うのを良しとする奴らよりは、命の為に組織や国を捨てる方がよっぽど生き物らしい。
「それで、町に入れたらどうするつもりだったんだ?」
俺が質問すると、彼らはほぼ同時に答えた。
「国を出て新天地探しだ!」
「南に渡って安全な場所で暮らすさ」
「北の山なら戦火も届くまい」
「ここで戦争が落ち着くまで暮らしたい」
見事にバラバラだった。
「おいおい、意見統一くらいしてないのか?」
「出身も目的も違う連中の集まりだ、そんなの出来てるわけないだろ」
開き直られてしまった。
だが、だいたいの意見は「戦争に巻き込まれたくない」ということだ。
彼らはカティラに害を成そうという存在じゃない。
だが、あの町に住むには衣食住の全てが足りない。
さてどうするか。
いや、俺がどうするもこうするもないんだが。
そんなことを考えながら彼らのキャンプを離れ、自分の簡易テントに向かう。
そしてテントに近づくと、それを待っていたかのように近づく気配がする。敵意は感じないが、隠れるようにしているのは分かる。
「クサカベ様。トレノ・モレノ様の指示により、お迎えにあがりました」
ついに呼び出しだ。
この呼び出しがどんな結果をもたらすのかは分からないが、どうにかマシな選択肢を選び取りたいものだ。