67話〜「町の封鎖」
地方の難民たちによる畑の略奪行為を目にして踵を返した俺たちを待っていたのは、町の入り口に大挙する難民たちによる人と馬車の壁だった
「現在、入場規制を行っている!これを守らずに門を越えて町へ入ろうとしたものは容赦なく罰する!」
そんな叫びが門の向こうから聞こえてくる。
門の前に集まった馬車は、畑への行きに交差した馬車群だというのは分かった。
ざっと見て四十を超える馬車の数、その中にいるであろう難民たちの数は五百を超えるかもしれない。
当然のことながら、港町カティラにそんな人数の難民を受け入れるだけの余裕はない。
この入場規制が早期に解かれることはないだろう。終戦の足音が見えてこない現在、難民を受け入れてしまえば、よその地域からも更に難民が訪れかねない。
それを受け入れなければ、なぜ自分たちだけが受け入れられないのだと暴動が起こるだろう。
しかし受け入れれば、ろくな食料がなければ土地が余っているわけでもない港町の容量を超えた分はスラム化し、略奪が横行するようになるだろう。
どちらに転んでも利がない。
となれば、受け入れないのが最も賢い選択となる。それが人道的かどうかは別として、そうするしかないという結論になるだろう。
困ったことに、それは現在町に入れていない俺にも該当する。
町の中に宿をとっているとはいえ、特別扱いで俺だけ入れてもらうというのも難しい。
なにしろ俺はただの旅人、ただの流れの商人なのだ。この町の住人というわけではない。
そんな俺を受け入れるというなら、この難民たちも「自分は商人だ」とか「自分は旅の途中で寄っただけ」などという名分を掲げて入れてしまう。
思考の迷路に迷い込みそうになっていると、街道の向こうからまた誰かがやってきた。
まだいたのか。いや、さっきの略奪難民かもしれない。
しかしよく見てみれば、そこにいたのは俺を追って畑まで来ていた商人ギルドの連中だった。
まさか難民締め出しを行っているとは思わなかったのだろう。大量の馬車の群れにぎょっとしたと思うと、俺の顔を見かけては少し考えたあとに門の方に向かっていった。
当然のことながら彼らは町の住人で、そこは入場規制など関係ない。
少々申し訳なさそうな顔をしながらも、彼らは町へと入っていった。
僅かに開いた門を抜けて閉じる直前、こちらにちらりと視線を向けているように見えたのは、おそらく気のせいではないだろう。
困ったことになった。
ルノールも待たなければいけないのに、町にも入れなくなった。
当のルノールは町の冒険者ギルドで受けた輸送依頼だから、入ることが出来るだろう。
だがそこに俺はいない。
俺を待ってくれても戻れないのだから、それは行き違いだ。
このままここでルノールの帰りを待つという事も考えなくはないが、そうなるといつ帰ってくるかも定かではないというのがネックになる。
「お父様、こうなったらルノールがいるであろうネヴァン男爵領に向かったらどうかしら」
アプリの意見は、どこかでルノールと合流して一緒に町に入るという考えだった。
これは良い考えだと思うが、少しだけ不安なのは依頼を受けたわけでもない俺が共に町に入れて貰えるかが分からない。
「商人ギルドのトレノ・モレノなら、俺が持ってきた食材の価値を理解しているはずだから、どうにか連絡できれば中に入れて貰えるかもしれない」
俺の意見は、俺の有用性を利用してもらうことで町へと入れてもらおうという作戦だ。これにも問題はあり、向こうがその利点を認めなかったり、信じない、または独占を目的に俺と敵対するような可能性がゼロではないということだ。
しかしまあ、どちらにしても問題はある。あとは好みの問題ではないか、なんて俺は考える。
「さっきのギルドの連中、何か考えがあるようだったからな。ちょっとだけ待ってみて、何も動きがないようなら明日にはネヴァン男爵領に向かってみよう」
何にせよ向こうからのアプローチ待ちだ。こちらから擦り寄ってしまうと、後で面倒なことになる。ルノールには結局のところ「会えば何とかなる」という考えで問題ないだろう。極論してしまえば、俺たちは終戦を待って森に隠れ住んだって構わないのだ。
今はまだ待つしかない。
そう決めた俺は少し離れた場所で野営の準備を始めた。今回はすぐに戻るつもりだったから大したものを用意していないが、錬金や調合に栽培を駆使すれば問題ない。
革袋にもぐり込んでいたアプリが周囲を見回し、ふぅっと溜息をついたのを苦笑混じりに流して、今夜の予定をたてることにしよう。