65話〜「営業時間外に大量持ち込みした奴への対応」
〜前回〜
畑に集まるフレンズたち
フレンズ狩猟クエスト
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「はあ。大量の食糧を、ですか?」
完全に頭のおかしい奴を見る目でこちらを見てくるギルド職員の男に俺は頷きを返した。
業務終了も近いギルドはすでに片付けに入る直前だったのだが、そこで無理を言って受け付けてもらったのに、言うに事欠いて昨日積荷を降ろしたばかりの個人商人が今日も食糧を大量に持ってきたなどと言い出したのだ。おかしくないわけがない。
だが、俺が指示した通りに裏手に行けばすぐ分かる。偽装を解かれた荷台の上には大量の肉や野菜や果物が積まれている。
「な、なな、ななな!」
「嘘は言ってないぞ。で、買ってくれるんだろう?」
正直言えば別に商人ギルドに売る必要はない。だが俺の所属は主に商人ギルドであるし、商人ギルドのギルドランクは上がると色々な特典があるので贔屓にしていて損はないのだ。
「す、すぐに対応いたします!」
そう言って職員は建物に戻り、少し待つと中から従業員たちが出てきて大慌てで食糧を運び始めた。
この町での食糧の価値といったら、現在では同じ重さの銀に匹敵するんじゃないかとさえ言われている始末だ。こんな無防備にギルドの裏でやりとりしていたら、殺されて奪われてもおかしくない。
そこからは早いもので、数量と重量、質と種類を確認した職員たちの内訳を確認して契約書にサインするお仕事だ。
「で、ではこちらで少々お待ちください」
そうして案内されたのは、通常の受付カウンターの裏にあった扉を抜け、その先の階段を上がった2階の部屋だった。
見た感じ、おそらくはギルドマスターあたりの部屋だろう。応接室かもしれないが、似たようなものが出てくるのは間違いない。
どっしりした重厚なソファーに座り、出されたお茶をすする。なかなか良い葉を使った紅茶のようで、草食系の俺にはかなり嬉しい美味しさだ。
しばらくゆっくりしていると、紅茶がなくなりかけたタイミングで扉が開かれた。
すぐ出てきたのはさきほどのギルド職員の男性で、焦った様子で扉の奥の誰かに話しかけている。そして扉の向こうから、もう一人の姿が見えてくる。
「お待たせしてしまったようで申し訳ない」
そこにいたのは、低姿勢ではあるが力強い目をした壮年の男性だった。
「ああ。待ったが、別にこれから何があるわけでもないからな、別に構わない」
ギルド職員の男性が俺の物言いにギョッとした様子を見せる。やはり権力持ちの誰かだろう。おそらくはギルドマスター、次点で副マスター、大穴は領主だろうか。
「そう言ってもらえると助かりますね。では先に自己紹介をさせてもらいましょう。
私は商人ギルドのマスターをしております、トレノ・モレノです」
「商人ギルドLv5商人、ケイト・クサカベだ」
「クサカベさん、この度は困窮する我らの町への支援ありがとうございます」
そう言って頭を下げるトレノの姿に驚いたのはギルド職員の方だ。
俺は商人であるなら、金を払うわけでもない行為にそれほど大仰な意味があるとは考えない。
目の前のトレノという男も俺と似たような考えなのか、自分が頭を下げたことに対する感情のようなものは特に見えてこない。
「クサカベさんに持ち込んでいただいた食糧があれば、町の住人の飢えは大幅に解消されることでしょう」
「あれっぽっちでか?」
俺が少し挑発気味に言ってみれば、トレノは苦笑いのような顔を浮かべる。
「ええ、ええ。確かにあれだけでは足りないでしょうが、危機的状況に陥っている方々への支援と考えるなら非常に助かるのもまた事実です」
「過剰な評価は、その裏にあるものが不安になるんでね。礼はありがたく受け取るが、それ以上はいらないぞ」
暗に「余計な仕事をする気はない」とアピールしてみたが、おそらくわざと気づかないふりをしているのだろう、うんうんと頷いてくる。
「こちらとしても礼を返したいのは山々ですが、未だ町は飢え、船は出る時期を見失っていますので。残念でなりません」
「そうか。それじゃあこの町で待つのは面倒だな」
俺に何かさせようという魂胆だろうが、それを先に潰しておく。この町を離れれば楽だ、という事を匂わせておけば余計な仕事を押し付け辛くなる。
そんな俺の考えを見透かしたのか、さらにトレノの苦笑いが深くなる。
「そうでしょう。町はいつまでも外に出られず、ひどく歪な状態でいつまでも続いていくような困窮に喘いでいます。他所で事が済むのであれば、この町になど居続ける意味もありますまい」
ちっ。
俺は思わず舌打ちしてしまう。
俺が船を待っているのを理解した物言いだ。
正直、ただ船に乗るだけならこの町からじゃなくたっていいはずだった。
だが、外洋に出て大陸を目指すに辺り、この王国からより遠くに向かうのであればこの港から出る外洋船が最も効率的で安全なのだ。
「……ともあれ、今日は本当にありがとうございました。クサカベさんのような商人が来てくださったことを商売の神に感謝しましょう」
そう言って、トレノは話を切り上げて早々に去っていった。
それを追いかけるようにギルド職員も出ていけば、残るのは完全に部外者の俺一人だ。
おそらくあのギルドマスター、トレノは何も諦めていないだろう。
求めているのは商品である食糧そのものか、それとも謎を含んだ俺自身か。
分からないが、警戒しておくに越したことはない。
そして、どうせなら「あの場所」を見つけてもらおう。
ギルドを出てからついてくる気配をくすぐったく感じながら宿へと向かう。
明日もまた行けばいい。そこで追っ手の連中が一緒にあそこを見つければ商人ギルドの共有財産にでもしてもらえば、貢献度も上がるし一石二鳥だ。
さっきいきなり言わなかった理由、向こうがどういう対応をするのかを確認する為にもちょうどいい機会だ。
今回の結果に充分な満足を感じながら宿へと戻り、ベッドに横になってウトウトとする。思ったより疲れていたようだ。
まぶたをとじれば、アプリの声が聞こえてくる。お疲れ様とか、そんなことを言っているようだ。
よし、明日もがんばろう。