64話〜「全てが上手くいくとは限らないけれど」
〜前回〜
小麦のお届け
るろうにルノール
足りない食糧
「あれ? またお出かけですか?」
荷物をまとめて宿を出たら看板娘ちゃんに出くわした。この娘、けっこうな頻度で宿の外で会うんだけど宿の中だとあまり見かけないんだよな。個人的にはぶさ可愛いと思うんだけど、やはり客は美人を求めるからあまり顧客獲得に繋がらないのだろうか。
「ああ。先日森の奥で作物が育ちそうな場所を見つけたし、どこかで野菜とかが育つような場所が見つかるかもしれないと思ってね」
かなり失礼な事を考えていたのはおくびにも出さずに看板娘ちゃんと軽く会話する。
そういえばこの娘の名前を聞いたことがなかったが、ここまで聞いてないのに今更聞くのも勇気がいるな。やめておこう、精神的に疲れそうだ。
「うーん。たぶんそんなのあったらとっくに利用されてると思いますけど、見つかるといいですね」
あ、これは完全にアホを見る目だ。
でも仕方ないな。この町に長年住んでいる人間たちでもそんな情報は持っていないんだ。そんなものが見つかっていたら現在の食糧難だって今ほどひどくはなっていないはずだ。
「見つかったら、真っ先にここに売りに来るよ」
ここの料理はなかなか旨いから嘘や社交辞令ではない。残念ながら俺にとってはそこらの草をそのまま食べた方が美味しく感じるので今となってはさほど興味はないんだが。
「あはは、期待しないで待ってますね」
そう言って看板娘ちゃんは宿の方に戻っていった。箒を持っていたから掃除をしていたんだろう。
俺はそのまま宿の裏手に向かい、厩舎にいるブライアンに声をかける。
「ブライアン、今日もよろしく」
「どるるるる」
かつてはマイペースだったブライアンも再会してからは随分と大人しいもので、こうして一声かけるだけで言葉を理解しているかのように行動してくれる。
考えてみれば、一番最初にメンデルの居た町を出てからずっと一緒に旅を続け、その後もルノールのいた町でもしばらくは一緒にいた。多少なりの意思疎通ができてもおかしくないくらいの期間を共に過ごしていたのだから、不思議ではないだろう。
自分から厩舎の入り口に向かってくるブライアンに近づき、繋げてあるロープを解く。
それにしてもブライアンはデカくなった。
俺が自分用に用意していた体力強化用の草や、栄養価を極端に高くした野菜を食べさせていたらドンドン大きくなっていき、今では毛色も黒く変色して威圧感が増している。
「お前に乗ったら他人のことを『うぬ』とか言っちゃいそうだな」
「ばるるるる」
ドヤ顔のような笑ってるような顔で嘶いたブライアンはそのまま蹄を鳴らしながら荷馬車の方に向かっていく。本当に頭の良い馬で、自分から馬具に繋がろうとするから手間がない。
「お父様、ブライアンは私たちの言葉をわかってるわよ?」
と、そこでアプリから一言が入る。
「そうなのか?」
「あれ、前に言わなかったかしら。でも最近はほとんど喋らないし、ずいぶん落ち着いてるから分からないでもないわね」
アプリが鬣を撫でるとブライアンは気持ち良さそうに鼻を鳴らす。
別に言葉が通じようと通じまいと、仲間は仲間だ。
特に気にする事もなく御者台に乗って準備を終わらせる。今日は少し試したいこともあった。
「さあ、行こうか二人共。ルノールが帰ってくるまでに食糧事情を改善しようぜ」
「そんなことしたら、せっかく食糧を手に入れる為に離れたルノールが戻ってきたときに恨まれるわよ」
「ぶるる……」
2方向から非難されてしまった。いや、自分でもどうかと思ったが。
「それくらいの心意気で、ってことにしといてくれよ」
言い訳じみた事を言いながら鞭を走らせてブライアンの足を進ませる。ブライアンがデカくなりすぎて前が見えにくいのが難点になりつつあるな。
町を出て獣道のところにまで来たところで、俺は警戒察知を全開にする。
どうにも生命力チートに頼りすぎていたのか警戒がおざなりになっていたが、そもそもこのスキルは育てないとどんどん衰えていくから気をつけなければいけないのだ。危ないところだった。
「うん、誰もいないな」
そして次に獣道に向かって『木魔法』を使用する。
獣道の周囲に密生していた木々が道を開けるように開いていき、ブライアンと荷馬車の両方が余裕で通れるくらいの幅が開いていく。
その道を進んでいくと、今度は通り抜けた先から元の獣道に戻っていく。
「成功だな。これなら帰りもここを使えそうだ」
「便利ね。でもどうして前回は使わなかったのかしら」
うっ、と俺は胸を押さえる。いや特に意味はないんだが。
「いや……ちょっと木魔法の事を忘れてたというか、そこまで頭が働かなかったというか」
「考えてなかったのね」
はい。
木魔法は持っているが、この魔法の用途がいまいち分からなくて多用していなかったが故の弊害だ。
そもそも珍しすぎて情報に乏しい魔法で、過去に魔術師ギルドで聞いた時もほとんど情報が手に入らず困ったものだったんだ。
俺の持つ木魔法は過去の使用者があまりおらず、数少ない使い手のほとんどが森林戦闘のエキスパート、純粋なエルフは精霊魔法を使うからハーフエルフなどと言った種族が使う魔法として知られ、主に森の中で罠を仕掛けたり探知したりといった補助的な使い方をする、ということだけが広まっていた。
おかげで俺は木魔法を持っていてもほとんど使うことがなく今まで来ている。
索敵やトラップ設置ができるのはありがたいが、森という環境はルノールの魔法を十全に使いづらい環境であり、危険極まりない場所だった。
おかげで鍛えることもなく今に至ってしまったので、使い道をすぐに思いつかなった。というのは言い訳だろうか。
「まあいいじゃないか。ほら、もう見えてきたぞ」
俺を責めるのはこれくらいにしてくれ、という気持ちを込めて前を向くと、そこには驚きの光景が広がっていた。
「おい……嘘だろ?」
あまりの驚きに俺は言葉を失いそうになる。
アプリにブライアンも驚きを隠せないようで、ぼんやりとそれを眺めるに至ってしまう。
なにしろそこには、
「お父様……お肉がたくさんいるわ!」
アプリ様いわく『お肉』
つまり野生動物が、荒野に突然現れたオアシスの如き畑のところに集まっていた。
鹿、兎、鳥、狼や牛のような奴もいる。
そのどれもが野菜をかじり、水を飲み、思い思いに幸せを享受していた。
「なんだか、とても狩りづらい雰囲気ね」
前回の帰り際にばら撒いておいた野菜の種も促成栽培で育っていたが、どうやら俺たちが来る前に動物たちが気づいて集まってきたのだろう。
この周辺ではほとんど食糧がなく、冒険者たちも率先して獲物を狩る為に隠れ潜んでしまって全然見つからなかったという野生動物たちが一同に会しているこの状況は町からしたら願ってもない機会だろう。
「でもなあ……」
草を食ってれば満足な俺とブライアンに、甘味と綺麗な水以外は嗜好品となってしまうアプリ。
俺たち3人にとって、この光景を台無しにしてまで食糧を求めようという熱意がないのも事実で
「やりにくいなあ……」
仕方なく、アプリに幻惑魔法を使ってもらい少しずつ間引いていくことにした。
畑の周辺全体に感覚を鈍くする幻惑魔法を使い、集まった動物たちの中でも数が多そうで大きい猪や鹿、牛のようなやつから優先的に誘導していく。
こちらの方に旨そうな餌があるような幻覚を見せて近寄ったところに植えておいた麻酔効果のある花に木魔法をかけて睡眠花粉を散布する。
回りくどいが、大騒ぎにしても町から目立つだろうし、何よりも根絶やしにしてしまったりしたら今後が大変だろう。
いつかはバレるだろうが、木魔法と栽培を併用して道を逸らすようにして畑の周りをさらに囲えば、ここは動物たちの天国にすることも可能だろう。
「というか……なあ?」
「ええ……ルノールの立場がないわね」
せっかくルノールが畜産狙いで遠くの町に出ていっているというのに、ここで肉を大量に確保できてしまったら彼女の努力が台無しになってしまう。
だが、獲らないという選択肢もないだろう。なにしろ町は飢えているのだ。
「あとで謝ろう」
そうして時間はかかったが荷台1台が山盛りになるまで動物たちを狩ったら、次は野菜や果物の番だ。
作っておいた畑はすでに動物奇想天外になってしまっているので、さらに丘の方に向かって畑を広げることになる。
今度はボーリングツリーではなく木魔法を使って強引に根を伸ばし、土壌改善を狙う。
元が荒野だから本来なら水分も足りないが、その隣でダラダラと垂れ流しにしている地下水脈からの水が周囲にも影響しているので、塩分を吸い上げるくらいなら問題はない。
土を均すのには鍛えたばかりの筋肉に頑張ってもらった。
固い木を栽培し、木魔法で鍬の形に圧縮成形する。木鍬を使って地面を均すが、異常なパワーになった俺にとって荒野の大地は豆腐みたいなものだ。
あっという間に耕し終えた大地に適当にばら撒いた野菜と果物の種が沈み、次の瞬間には気持ち悪いくらいに生えてくる。
残念ながら大地の栄養が足りていないので味自体は俺が作ったにしては普通だが、こういう時はむしろ利点だと考えるべきだろう。
そうしてもう一台の荷馬車もいっぱいにすれば完了で、今回はもう帰るだけなのだが。
「ちょっと早すぎるよな……」
さすがにどんな言い訳を用意したとしても、昼前に出た俺が夕方には食材を満載した荷馬車で帰ってきたといったら騒ぎになるだろう。
・・・ま、いいか。
何か言われたら、ここの事を喋ってしまおう。見つけた、ということで。
動物たちには悪いが安住の地ではなかったということで納得してもらおう。
最後に野菜や果物を少しだけ残し、ボーリングツリーの周りに集まった動物たちにはアプリの魔法で恐ろしい人間たちが襲ってくる幻覚を見てもらった。
これで逃げてくれれば幸いだが。
あとは戻るだけだ。
荷物を満載した荷馬車では獣道は通れないが、そこは来た時と同じように木魔法で道を広げて通る。警戒察知には相変わらず何もかからないし大丈夫だろう。
結局、閉門の直前に戻っていた俺を迎えた門番はさすがにこの速さで食糧を持ち帰った俺を訝しんだ。
が、すぐに表情を変えて俺を通してくれた。
「いいのか? 俺、メチャクチャ怪しいと思うけど」
「別に悪いことをしたわけじゃないんだろ?」
それはそうだが、それでいいのか門番。
「お前の持ってきた食糧は町を救ってくれる。つまり、お前は町を救う英雄だ。英雄を捕らえる奴がどこにいる」
物語とかじゃ頭の固い門番がけっこう捕まえてると思うが、それを言っても仕方ない。
「ただ、言い訳は自分で用意してくれよ? 俺にはどんな魔法を使えば半日で荷台いっぱいの食糧を2台分も用意できるのか分からん」
「ああ、そうだな。何か考えるべきか」
「お前がいいなら、嘘はつかずに素直に話すべきだと思うがな。騒ぎにはなるだろうが」
何がいいかなんて分かりはしない。完全に騒がれたくないなら何もしなければいいが、これからこの国を離れるなら立つ鳥が跡を濁しまくってもいいだろう。
「色々と助かる。そうだ、これ賄賂だから貰ってくれ」
そう言ってリンゴを3つと幾つかの野菜が入った木箱を渡す。この木箱は戻る前に急遽作ったものだから別に渡しても構わない。
「いいのか?」
「家族にも分けてやれよ。どうせ門番の安い給料じゃ大したもの食わせてやれてないんだろ」
「うるせえ、と言いたいところだがその通りだよ。悪いな、助かるぜ」
「お互いさまだろ」
妙に気が合う門番とそんなやり取りをして町に入れば、さすがにこの時間はもう静かなもので助かった。
この町は本当ならこんな時間でも活気に溢れているはずだが、今は色々と資源不足で人の波が過ぎ去るのが早い。
アプリの幻惑魔法も併用して荷馬車を商人ギルドの裏に停めて布を被せておく。
さあ、あとは届けるだけだ。
どんな顔をするかは分からないが、そろそろ寝ようかという連中の目を覚まさせてやろう。